2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「へえ〜、あんたが卒アルなんて言い出すなんてねえ。びっくりだわ」
母さんの声が、電話越しに笑いを含んでいた。
「え、なんで? 普通に取っておいてあるやつだよ〜?」
「そうだけど……あんた、過去とか人とか、興味なかったじゃない」
(……図星だな〜)
笑ってごまかす。
自分でも意外だった。
実家に電話して、卒業アルバムを送ってくれなんて、今までなら考えもしなかった。
でも、今回は必要だった。
"同じ高校の、あの人"が、誰なのかをちゃんと知るために。
SNSも使ってない。
検索にも引っかからない。
店で顔は見たけど、名前も連絡先も何もわからない。
だから、最後に残された情報──"白鳥沢の卒業アルバム"を頼った。
数日後、届いた封筒を開けて、埃のにおいと一緒に懐かしい白い装丁が顔を出した。
開く手が少し震えていたのは、別に緊張してたわけじゃない。
ただ、妙に現実味が増す気がして。
ページをめくる。
バレー部のページも、行事のページもどうでもよかった。
探しているのはただひとつ──“あの顔”。
写真は静かに並んでいる。
懐かしくも他人のような名前たち。
誰一人、顔を思い出せないまま視線を滑らせて──
(……いた)
写真の中で、今より少し幼い表情をした、でも目だけは変わらない彼女の姿を見つけた。
「……苗字、○○」
声に出すと、急に実感が湧いた。
名前の響きが、体に落ちてくるような感覚。
知らなかった"記号"が、ひとつ意味を持った瞬間。
(これで、やっと"知れた"な〜)
同じ学年で良かった。
在校時期がズレていたら、調べる手段さえなかった。
卒アルを閉じ、テーブルに置いた。
見た目は静かでも、心の中ではどこかで“勝った”ような気分になっていた。
それから数日後。
午後の仕込みを終え、カウンターに出たそのとき──
ドアのベルが鳴って、顔を上げる。
……いた。
不思議と、何の迷いもなかった。
彼女の姿を目にした瞬間、周囲の空気がふっと変わった気がした。
(来てくれたんだ)
心臓がひとつ跳ねた。
驚きと嬉しさ、そして……安堵。
同時に、自然に"どう振る舞うか"が浮かんでくる。
彼女がショーケースを眺めている間に、さりげなく近づいて声をかけた。
「こんにちは〜。また来てくれて嬉しいな〜」
笑顔はいつも通り。
でも目は、彼女の指先と表情を観察する。
前回と同じチョコを選ぼうとしているのか、それとも違うのか。
小さな変化に、彼女の"意識"が滲む気がする。
会計を済ませようとしたタイミングで、さらりと聞いてみた。
「そういえば、前に名前聞いてなかったよね〜?」
そう言って、レジ画面をチラッと見せる。
「ギフト対応だとお名前あると便利で〜」と、適当な理由を添える。
「えっと……苗字です」
(うん、知ってる)
でも、知らないふりで、首を傾げて見せた。
「へぇ〜、苗字さん……。なんか、聞き覚えあるような、ないような?」
彼女が微笑んで「それはないですよ」と返してくるのを見て、内心で頷く。
(大丈夫、まだ警戒してない)
彼女が店を出る前、迷ったようにバッグの中を探る仕草をした。
そして、少しだけ間を置いて、小さな紙を差し出してきた。
「……この前の、試作品の感想です。うまく言えないので、書いた方が早いかと思って……」
「うわ〜〜嬉しい! えっ、手紙? まさか手紙? 俺、ファンレターとか久々だな〜」
笑って受け取りながら、内心ではもう、沸騰するような熱が胸の奥を占めていた。
(書いてくれたんだ……)
"ちゃんと考えて"、"ちゃんと伝えよう"としてくれたという事実が、もうたまらなかった。
文字の滲んだ感情。
紙に乗った温度。
それを読む前から、手紙の内容より──"書いた"という行為が何より嬉しかった。
店の奥に戻るとすぐ、厨房の片隅で封を切った。
そこに書かれていたのは、プロの批評でも、ありきたりな「美味しかった」でもなかった。
言葉に迷いながらも、自分の感覚を必死に表現しようとした軌跡。
"わからなさ"を肯定してくれた最後の一文に、喉がぎゅっと詰まった。
(……ああ、やっぱり、君は俺のチョコを食べる人だ)
彼女のことを、もっと好きになった。
もっと知りたい。
もっと見ていたい。
できることなら──俺の世界から出て行けなくしてしまいたい。
この時から、俺の中で少しずつ"仕掛け"が始まっていた。
たとえば──彼女がまた来たときのために、彼女の好みに合わせた新しいチョコを、ショーケースにひとつだけ並べておく。
たとえば──彼女の味の傾向や言葉選びを記録して、組み立て直す。
たとえば──また来たとき、自然に話しかけられるよう、共通の話題を用意しておく。
無理に誘わない。
引かせない。
でも、確実に距離を詰めていく。
俺のことを、"ちゃんと"見てもらうために。
君の優しさを、俺が逃さないように。
もう、名前を知った今──
引かせるか、落とすかの二択でしょ?
母さんの声が、電話越しに笑いを含んでいた。
「え、なんで? 普通に取っておいてあるやつだよ〜?」
「そうだけど……あんた、過去とか人とか、興味なかったじゃない」
(……図星だな〜)
笑ってごまかす。
自分でも意外だった。
実家に電話して、卒業アルバムを送ってくれなんて、今までなら考えもしなかった。
でも、今回は必要だった。
"同じ高校の、あの人"が、誰なのかをちゃんと知るために。
SNSも使ってない。
検索にも引っかからない。
店で顔は見たけど、名前も連絡先も何もわからない。
だから、最後に残された情報──"白鳥沢の卒業アルバム"を頼った。
数日後、届いた封筒を開けて、埃のにおいと一緒に懐かしい白い装丁が顔を出した。
開く手が少し震えていたのは、別に緊張してたわけじゃない。
ただ、妙に現実味が増す気がして。
ページをめくる。
バレー部のページも、行事のページもどうでもよかった。
探しているのはただひとつ──“あの顔”。
写真は静かに並んでいる。
懐かしくも他人のような名前たち。
誰一人、顔を思い出せないまま視線を滑らせて──
(……いた)
写真の中で、今より少し幼い表情をした、でも目だけは変わらない彼女の姿を見つけた。
「……苗字、○○」
声に出すと、急に実感が湧いた。
名前の響きが、体に落ちてくるような感覚。
知らなかった"記号"が、ひとつ意味を持った瞬間。
(これで、やっと"知れた"な〜)
同じ学年で良かった。
在校時期がズレていたら、調べる手段さえなかった。
卒アルを閉じ、テーブルに置いた。
見た目は静かでも、心の中ではどこかで“勝った”ような気分になっていた。
それから数日後。
午後の仕込みを終え、カウンターに出たそのとき──
ドアのベルが鳴って、顔を上げる。
……いた。
不思議と、何の迷いもなかった。
彼女の姿を目にした瞬間、周囲の空気がふっと変わった気がした。
(来てくれたんだ)
心臓がひとつ跳ねた。
驚きと嬉しさ、そして……安堵。
同時に、自然に"どう振る舞うか"が浮かんでくる。
彼女がショーケースを眺めている間に、さりげなく近づいて声をかけた。
「こんにちは〜。また来てくれて嬉しいな〜」
笑顔はいつも通り。
でも目は、彼女の指先と表情を観察する。
前回と同じチョコを選ぼうとしているのか、それとも違うのか。
小さな変化に、彼女の"意識"が滲む気がする。
会計を済ませようとしたタイミングで、さらりと聞いてみた。
「そういえば、前に名前聞いてなかったよね〜?」
そう言って、レジ画面をチラッと見せる。
「ギフト対応だとお名前あると便利で〜」と、適当な理由を添える。
「えっと……苗字です」
(うん、知ってる)
でも、知らないふりで、首を傾げて見せた。
「へぇ〜、苗字さん……。なんか、聞き覚えあるような、ないような?」
彼女が微笑んで「それはないですよ」と返してくるのを見て、内心で頷く。
(大丈夫、まだ警戒してない)
彼女が店を出る前、迷ったようにバッグの中を探る仕草をした。
そして、少しだけ間を置いて、小さな紙を差し出してきた。
「……この前の、試作品の感想です。うまく言えないので、書いた方が早いかと思って……」
「うわ〜〜嬉しい! えっ、手紙? まさか手紙? 俺、ファンレターとか久々だな〜」
笑って受け取りながら、内心ではもう、沸騰するような熱が胸の奥を占めていた。
(書いてくれたんだ……)
"ちゃんと考えて"、"ちゃんと伝えよう"としてくれたという事実が、もうたまらなかった。
文字の滲んだ感情。
紙に乗った温度。
それを読む前から、手紙の内容より──"書いた"という行為が何より嬉しかった。
店の奥に戻るとすぐ、厨房の片隅で封を切った。
そこに書かれていたのは、プロの批評でも、ありきたりな「美味しかった」でもなかった。
言葉に迷いながらも、自分の感覚を必死に表現しようとした軌跡。
"わからなさ"を肯定してくれた最後の一文に、喉がぎゅっと詰まった。
(……ああ、やっぱり、君は俺のチョコを食べる人だ)
彼女のことを、もっと好きになった。
もっと知りたい。
もっと見ていたい。
できることなら──俺の世界から出て行けなくしてしまいたい。
この時から、俺の中で少しずつ"仕掛け"が始まっていた。
たとえば──彼女がまた来たときのために、彼女の好みに合わせた新しいチョコを、ショーケースにひとつだけ並べておく。
たとえば──彼女の味の傾向や言葉選びを記録して、組み立て直す。
たとえば──また来たとき、自然に話しかけられるよう、共通の話題を用意しておく。
無理に誘わない。
引かせない。
でも、確実に距離を詰めていく。
俺のことを、"ちゃんと"見てもらうために。
君の優しさを、俺が逃さないように。
もう、名前を知った今──
引かせるか、落とすかの二択でしょ?
