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休日なんて、あっという間だった。
何もしていないわけじゃないのに、何もできなかったような気分。
結局また、仕事に飲み込まれる日々が始まって、電車に揺られ、キーボードを叩き、ため息をつき、ため息を誤魔化して笑って──その繰り返し。
ようやく週末が見えてきた木曜の夜、ふと思い出して、買ったままになっていた紙袋を手に取った。
小さな箱のチョコ。
あの店の、あの人からもらった試作品。
なんとなく、そのままにしておくのも悪い気がして、
「また今度にして」と言われた"今度"が、いつなのかもわからないまま、
部屋の静けさの中で、私はそっと箱を開けた。
カカオの深い香り。
形はシンプル。でも、どこか不思議な空気をまとっている。
これが"方向性を迷ってる"チョコなのか。
(……方向性って……チョコに?)
正直、思わず笑ってしまった。
私はそんなに繊細な味の違いなんてわからないし、ましてやプロでもない。
たぶん、自分が選んだチョコだって、見た目がシンプルで「失敗しなさそう」ってだけで決めたようなものだ。
──でも、口に含んだ瞬間。
「……っ、なにこれ……」
思わず呟いた声が、部屋の空気を震わせた。
ビター? いや、甘みもある。
でも甘すぎない。いや、どこか花の香りのような、果物の皮のような──
苦味? 酸味? コク?……全部があるようで、全部じゃない。
何かが複雑に混ざっていて、でも、どこにも尖っていない。
わからない。でも、確かに美味しい。
(……あれ、ちょっと悔しいかも)
正直、チョコレートの"味の繊細さ"なんて私には縁のない話だと思ってた。
でもこれは──ちゃんと記憶に残る味だった。
気づけば二つ目のチョコに手を伸ばしていた。
試作。方向性。
彼が迷っていたという、その意味が、少しだけわかった気がした。
ひとつ目は驚き。
二つ目は、考える余地。
でも、後味だけがふわっと残らずに消えて、代わりに"なにこれ"という感想だけが残る。
美味しい。でも、わからない。
その"わからなさ"に、逆に惹かれてしまうなんて、自分でもおかしかった。
(……これに感想、って……)
語彙力なんて、正直ない。
美味しい。 以上。
そう言えば終わってしまいそうな自分にため息をつく。
だけど、
「ちゃんと、空腹のときとか、気持ちが整ってるときに食べてもらいたいから」
──そう言って、彼はわざわざ厨房から出てきて、これを手渡した。
考えてみれば、不思議な話だ。
名前も知らない、ただの客に、方向性を尋ねるなんて。
(……私が"知ってるけど知らない"存在だったから……?)
そこに価値があったのかもしれない。
彼にとって、私は"他人すぎない他人"で──
だからこそ、遠すぎず、近すぎず、評価できるとでも思ったんだろうか。
不思議と、何かしてあげたい気持ちになっていた。
疲れていたはずなのに、ペンを取って、メモ帳を開いた。
最初は箇条書きで、気になった風味のこと、感じた違和感、印象に残った後味について書こうとした。
でも、気づけば文章になっていた。
「最初に食べた瞬間、正直『何これ』って思いました。でも、食べていくうちに……」
「甘いのに、優しくない味というか。苦いのに、怖くない。味の輪郭が曖昧なのに、ちゃんと印象に残る」
「最初は、自分にはわからないって思ったけど、きっと"わからなさ"も味の一部なんですよね」
「方向性って言ってましたけど、"このままでいい"って、私は思います。……素人だけど。」
いつの間にか、それは感想ではなく、"手紙"になっていた。
読み返して、恥ずかしくなった。
何を書いてるんだろう、私。
これ、ただのお客さんが、もらったチョコの感想書いてるだけなのに。
(……でも、渡さないのも、ちょっと……失礼かも)
渡すかどうかはわからないけれど、ルーズリーフに丁寧に折り目をつけて、
ふだん持ち歩かないお出かけ用のバッグにそっとしまった。
持っていくかは、その日の気分で決めよう。
彼がまたお店にいるかもわからないし、もし不在なら、そのまま捨てたっていい。
それでも──
このチョコを口にしたときの"なにこれ"という驚きと、
それでも伝えたくなった気持ちだけは、どこかに残っていた。
何もしていないわけじゃないのに、何もできなかったような気分。
結局また、仕事に飲み込まれる日々が始まって、電車に揺られ、キーボードを叩き、ため息をつき、ため息を誤魔化して笑って──その繰り返し。
ようやく週末が見えてきた木曜の夜、ふと思い出して、買ったままになっていた紙袋を手に取った。
小さな箱のチョコ。
あの店の、あの人からもらった試作品。
なんとなく、そのままにしておくのも悪い気がして、
「また今度にして」と言われた"今度"が、いつなのかもわからないまま、
部屋の静けさの中で、私はそっと箱を開けた。
カカオの深い香り。
形はシンプル。でも、どこか不思議な空気をまとっている。
これが"方向性を迷ってる"チョコなのか。
(……方向性って……チョコに?)
正直、思わず笑ってしまった。
私はそんなに繊細な味の違いなんてわからないし、ましてやプロでもない。
たぶん、自分が選んだチョコだって、見た目がシンプルで「失敗しなさそう」ってだけで決めたようなものだ。
──でも、口に含んだ瞬間。
「……っ、なにこれ……」
思わず呟いた声が、部屋の空気を震わせた。
ビター? いや、甘みもある。
でも甘すぎない。いや、どこか花の香りのような、果物の皮のような──
苦味? 酸味? コク?……全部があるようで、全部じゃない。
何かが複雑に混ざっていて、でも、どこにも尖っていない。
わからない。でも、確かに美味しい。
(……あれ、ちょっと悔しいかも)
正直、チョコレートの"味の繊細さ"なんて私には縁のない話だと思ってた。
でもこれは──ちゃんと記憶に残る味だった。
気づけば二つ目のチョコに手を伸ばしていた。
試作。方向性。
彼が迷っていたという、その意味が、少しだけわかった気がした。
ひとつ目は驚き。
二つ目は、考える余地。
でも、後味だけがふわっと残らずに消えて、代わりに"なにこれ"という感想だけが残る。
美味しい。でも、わからない。
その"わからなさ"に、逆に惹かれてしまうなんて、自分でもおかしかった。
(……これに感想、って……)
語彙力なんて、正直ない。
美味しい。 以上。
そう言えば終わってしまいそうな自分にため息をつく。
だけど、
「ちゃんと、空腹のときとか、気持ちが整ってるときに食べてもらいたいから」
──そう言って、彼はわざわざ厨房から出てきて、これを手渡した。
考えてみれば、不思議な話だ。
名前も知らない、ただの客に、方向性を尋ねるなんて。
(……私が"知ってるけど知らない"存在だったから……?)
そこに価値があったのかもしれない。
彼にとって、私は"他人すぎない他人"で──
だからこそ、遠すぎず、近すぎず、評価できるとでも思ったんだろうか。
不思議と、何かしてあげたい気持ちになっていた。
疲れていたはずなのに、ペンを取って、メモ帳を開いた。
最初は箇条書きで、気になった風味のこと、感じた違和感、印象に残った後味について書こうとした。
でも、気づけば文章になっていた。
「最初に食べた瞬間、正直『何これ』って思いました。でも、食べていくうちに……」
「甘いのに、優しくない味というか。苦いのに、怖くない。味の輪郭が曖昧なのに、ちゃんと印象に残る」
「最初は、自分にはわからないって思ったけど、きっと"わからなさ"も味の一部なんですよね」
「方向性って言ってましたけど、"このままでいい"って、私は思います。……素人だけど。」
いつの間にか、それは感想ではなく、"手紙"になっていた。
読み返して、恥ずかしくなった。
何を書いてるんだろう、私。
これ、ただのお客さんが、もらったチョコの感想書いてるだけなのに。
(……でも、渡さないのも、ちょっと……失礼かも)
渡すかどうかはわからないけれど、ルーズリーフに丁寧に折り目をつけて、
ふだん持ち歩かないお出かけ用のバッグにそっとしまった。
持っていくかは、その日の気分で決めよう。
彼がまたお店にいるかもわからないし、もし不在なら、そのまま捨てたっていい。
それでも──
このチョコを口にしたときの"なにこれ"という驚きと、
それでも伝えたくなった気持ちだけは、どこかに残っていた。
