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引っ越し当日、私は張り切っていた。
結婚式を終えて、新居での生活が始まる。
家具やカーテンの色、
ちょっとした雑貨の配置まで、
あれこれ考える時間が楽しくて、
「新しい生活だね」って笑って言ってくれた彼の顔が、ずっと心の中にある。
でも、当日──想像していたよりも、
私は手持ち無沙汰だった。
「危ないから、いいよ。
○○ちゃんは軽いものだけお願い〜」
「えっ、でも私だって運べるよ?
見て、これくらいなら──」
「それ、角落とすと割れちゃうからさ。
ねっ、お願い。俺がやるから」
優しい声で制されて、気づけば私は、
玄関近くで雑貨を片付けたり、
小さな段ボールをひとつ、またひとつ開けたりしてるだけだった。
寝室は、クイーンサイズのベッドが一つだけ。
壁際には覚くんの服がぴしっと揃っていて、
向かいには、私のクローゼットスペースがあった。
お互いに"自分の部屋"があるとはいえ、
寝るときはいつも一緒だということ──
その事実だけで、少しだけ心がふわっとなる。
けれど、
思ったより早く片付けが進んでしまって、
私は、ぽつんと時間を持て余した。
リビングの角に、積まれたままの段ボール。
覚くんが「あとで開ける」って言っていた、
積まれた箱の山。
『あれ、少しくらい整理しても……怒られないよね?』
そんな軽い気持ちで、上の箱を一つだけ、開けてみた。
中には──
厚手のノートが、ぎっしり。
全部、背表紙に日付や場所、
見慣れないコードのような文字列が書かれていて、
その隙間に挟まれるように、
小さなメモリーカードやUSBが何十枚も並んでいた。
一瞬、何かの資料かと思ったけど、
次の瞬間──
背中に、ぴたりと刺さるような視線を感じた。
「……何してるの?」
びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、そこに彼がいた。
表情が……なかった。
いつも柔らかく笑ってくれるはずの彼が、
無表情で、ただ私を見下ろしていた。
目が、細く笑うでもなく、怒るでもなく、
ただ真っ直ぐに。
「……あ、ごめん、勝手に開けちゃった。何か資料かと思って」
声が震えないように言ったつもりだったのに、
自分でもわかるくらい、声が上擦っていた。
「これ……仕事の……?」
私は箱の中をちらと見ながら、彼の顔を見た。
けれど彼は何も言わず、ただ数歩、私に近づいてくる。
──音を立てない足取り。
「○○ちゃん」
「……うん?」
「俺、あれ片付けるって言ってたよね」
語尾だけ、ほんのすこしだけ強くなった声。
「うん、でも、暇だったから……」
「"暇だったから"って言って、人の物を勝手に開けるの?」
冷たい声じゃなかった。
でも、妙に静かで。
"優しい音の皮をかぶった何か"のような、
それは──
私は反射的に蓋を閉じた。
「ごめんね、ほんとごめん。
手伝いたかっただけで……怒ってる?」
そう聞くと、彼はふっと表情を崩した。
「ごめんごめん。怒ってないよ〜。
でも、ほんとあれは俺の大事な資料だから。
中身見たらびっくりするかもでしょ?
変な趣味だな〜とか思われたら恥ずかしいし」
「……うん」
頷くと、彼は優しく笑って私の頭を撫でた。
まるで───何もなかったかのように。
「ね、○○ちゃん。
ほかの荷物、一緒に片付けよっか〜。
ほら、君の部屋、まだ可愛いぬいぐるみ並べてないじゃん?」
その笑顔に、なんだか逆らえなくて、
私はまた彼の後をついていった。
でも、胸の奥で、
ほんの小さな"引っかかり"が残っていた。
あの表情。
──無表情だった覚くんの顔。
"怒ってない"って言ってたけど、
本当に……そうだったのかな。
背中を向けたままの彼の横顔を見つめながら、
私はその引っかかりを、喉の奥に呑み込んだ。
何でもない。
そう、思いたかった。
……でも、何かが──違った。
結婚式を終えて、新居での生活が始まる。
家具やカーテンの色、
ちょっとした雑貨の配置まで、
あれこれ考える時間が楽しくて、
「新しい生活だね」って笑って言ってくれた彼の顔が、ずっと心の中にある。
でも、当日──想像していたよりも、
私は手持ち無沙汰だった。
「危ないから、いいよ。
○○ちゃんは軽いものだけお願い〜」
「えっ、でも私だって運べるよ?
見て、これくらいなら──」
「それ、角落とすと割れちゃうからさ。
ねっ、お願い。俺がやるから」
優しい声で制されて、気づけば私は、
玄関近くで雑貨を片付けたり、
小さな段ボールをひとつ、またひとつ開けたりしてるだけだった。
寝室は、クイーンサイズのベッドが一つだけ。
壁際には覚くんの服がぴしっと揃っていて、
向かいには、私のクローゼットスペースがあった。
お互いに"自分の部屋"があるとはいえ、
寝るときはいつも一緒だということ──
その事実だけで、少しだけ心がふわっとなる。
けれど、
思ったより早く片付けが進んでしまって、
私は、ぽつんと時間を持て余した。
リビングの角に、積まれたままの段ボール。
覚くんが「あとで開ける」って言っていた、
積まれた箱の山。
『あれ、少しくらい整理しても……怒られないよね?』
そんな軽い気持ちで、上の箱を一つだけ、開けてみた。
中には──
厚手のノートが、ぎっしり。
全部、背表紙に日付や場所、
見慣れないコードのような文字列が書かれていて、
その隙間に挟まれるように、
小さなメモリーカードやUSBが何十枚も並んでいた。
一瞬、何かの資料かと思ったけど、
次の瞬間──
背中に、ぴたりと刺さるような視線を感じた。
「……何してるの?」
びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、そこに彼がいた。
表情が……なかった。
いつも柔らかく笑ってくれるはずの彼が、
無表情で、ただ私を見下ろしていた。
目が、細く笑うでもなく、怒るでもなく、
ただ真っ直ぐに。
「……あ、ごめん、勝手に開けちゃった。何か資料かと思って」
声が震えないように言ったつもりだったのに、
自分でもわかるくらい、声が上擦っていた。
「これ……仕事の……?」
私は箱の中をちらと見ながら、彼の顔を見た。
けれど彼は何も言わず、ただ数歩、私に近づいてくる。
──音を立てない足取り。
「○○ちゃん」
「……うん?」
「俺、あれ片付けるって言ってたよね」
語尾だけ、ほんのすこしだけ強くなった声。
「うん、でも、暇だったから……」
「"暇だったから"って言って、人の物を勝手に開けるの?」
冷たい声じゃなかった。
でも、妙に静かで。
"優しい音の皮をかぶった何か"のような、
それは──
私は反射的に蓋を閉じた。
「ごめんね、ほんとごめん。
手伝いたかっただけで……怒ってる?」
そう聞くと、彼はふっと表情を崩した。
「ごめんごめん。怒ってないよ〜。
でも、ほんとあれは俺の大事な資料だから。
中身見たらびっくりするかもでしょ?
変な趣味だな〜とか思われたら恥ずかしいし」
「……うん」
頷くと、彼は優しく笑って私の頭を撫でた。
まるで───何もなかったかのように。
「ね、○○ちゃん。
ほかの荷物、一緒に片付けよっか〜。
ほら、君の部屋、まだ可愛いぬいぐるみ並べてないじゃん?」
その笑顔に、なんだか逆らえなくて、
私はまた彼の後をついていった。
でも、胸の奥で、
ほんの小さな"引っかかり"が残っていた。
あの表情。
──無表情だった覚くんの顔。
"怒ってない"って言ってたけど、
本当に……そうだったのかな。
背中を向けたままの彼の横顔を見つめながら、
私はその引っかかりを、喉の奥に呑み込んだ。
何でもない。
そう、思いたかった。
……でも、何かが──違った。
