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「でも、今なら、俺のこと……ちゃんと見てくれる?」
その言葉に、反射的に笑顔が引きつった。
言い方のせいだろうか。
声のトーンのせいかもしれない。
あるいは、その奥に、なにか計算された熱のようなものを感じたからかもしれない。
どこか軽い。
気軽で、少し浮ついた感じがする。
こういう空気をまとった人、昔から苦手だった。
「……そうですね」
あいまいに笑ってそう答えたのは、角を立てたくなかったからだ。
ショコラティエとして成功して、テレビでも取り上げられて、それに、見た目も悪くない。
多分、女性に困ったことなんてない人だ。
思い返せば、白鳥沢学園はスポーツの強豪校で、バレー部にいた人は今でもプロとして活躍していた。名前はちゃんと覚えていなかったけれど、ニュースで見たことは何度もある。
バレー部に限らず、水泳、陸上、柔道……オリンピックに出た人も少なくない。
だから「バレー部の天童覚が有名だった」と言われても、正直、それだけでは特別な感情は湧かない。
でもテレビで、ショコラティエとして単独で取り上げられ、料理の工程からインタビューまで、自分の言葉で話していた姿には、少しだけ興味を持った。
──あの番組での天童覚は、真剣で、職人で、繊細で、でも独特の世界を持っていて。
それが今、この目の前の、軽く笑いながら距離を詰めてくるようなこの人と、どうしても繋がらなかった。
(……もしかして、テレビ用のキャラだったのかな)
そう思えば、すっと熱が引いた。
やっぱりナルシストなのかもしれない。自己プロデュースが上手なだけなのかもしれない。
「それじゃ、ありがとうございました」
紙袋を軽く持ち上げて、私は出口に向かおうとした。
「……あっ、ごめん。ちょっとだけ待っててもらっていい?」
不意に天童が声をかけてくる。
「え……?」
「すぐ戻るから〜。ほんと、すぐ」
言うが早いか、彼はすたすたと厨房の奥へ戻ってしまった。
困惑しつつ足を止めると、数分後──
「はい、これ」
戻ってきた天童が差し出してきたのは、手のひらに乗るほどの小さな箱だった。
黒いマットな紙箱に、リボンもラベルもなかった。
「今、新作の方向性ちょっと迷っててさ〜。知ってるけど知らない、くらいの距離の人に味見してもらえるとありがたいなって思って」
「……え?」
「これ、まだ売ってないヤツなんだ。もし、良ければ……味の感想、聞かせてくれると嬉しいな〜」
差し出される手。
私は戸惑いながらも、反射的にそれを受け取っていた。
でも、箱を開けようとした瞬間──
「……あ、ごめん! やっぱ、それ、今じゃなくていいや。うん、また今度!」
「え?」
「今は……だめ。ちゃんと、空腹のときとか、気持ちが整ってるときに食べてもらいたいから」
「……?」
何を言っているのか一瞬わからなかった。
気持ちが整っているとき?
戸惑っている間に、彼は「ありがとね〜」と笑い、ひらひらと手を振りながらまた厨房へと戻っていってしまった。
私は──小さな箱を手の中で持て余しながら、そっと店を出た。
帰り道。
人通りの少ない裏通りを歩きながら、紙袋とその中の箱を見下ろした。
渡された試作品。ちゃんと包まれているし、渡すつもりで用意してあったのかもしれない。でも。
(……なにがしたいんだろう、この人)
味見のお願い?
距離感の近さも、急な態度の変化も、どこか妙に引っかかる。
テレビに出てた人と話せたというミーハー心は、たしかにあった。
でも、もらった以上は、また行かないといけない──そう思った瞬間、胸の奥で少しだけ、面倒だなという感情が生まれた。
知ってるようで、知らない人。
笑ってるのに、なぜか目が怖い人。
初めて会ったはずなのに、向こうはなぜか何かを確信しているような態度で。
紙箱の中のチョコレート。
まだ開けていないのに、ほんのりと甘くて苦い香りが、鞄の奥からじんわりと香ってくる。
あの人は言った。
「ちゃんと見てくれる?」
私は──あの人の何を、見ることになるんだろう。
その言葉に、反射的に笑顔が引きつった。
言い方のせいだろうか。
声のトーンのせいかもしれない。
あるいは、その奥に、なにか計算された熱のようなものを感じたからかもしれない。
どこか軽い。
気軽で、少し浮ついた感じがする。
こういう空気をまとった人、昔から苦手だった。
「……そうですね」
あいまいに笑ってそう答えたのは、角を立てたくなかったからだ。
ショコラティエとして成功して、テレビでも取り上げられて、それに、見た目も悪くない。
多分、女性に困ったことなんてない人だ。
思い返せば、白鳥沢学園はスポーツの強豪校で、バレー部にいた人は今でもプロとして活躍していた。名前はちゃんと覚えていなかったけれど、ニュースで見たことは何度もある。
バレー部に限らず、水泳、陸上、柔道……オリンピックに出た人も少なくない。
だから「バレー部の天童覚が有名だった」と言われても、正直、それだけでは特別な感情は湧かない。
でもテレビで、ショコラティエとして単独で取り上げられ、料理の工程からインタビューまで、自分の言葉で話していた姿には、少しだけ興味を持った。
──あの番組での天童覚は、真剣で、職人で、繊細で、でも独特の世界を持っていて。
それが今、この目の前の、軽く笑いながら距離を詰めてくるようなこの人と、どうしても繋がらなかった。
(……もしかして、テレビ用のキャラだったのかな)
そう思えば、すっと熱が引いた。
やっぱりナルシストなのかもしれない。自己プロデュースが上手なだけなのかもしれない。
「それじゃ、ありがとうございました」
紙袋を軽く持ち上げて、私は出口に向かおうとした。
「……あっ、ごめん。ちょっとだけ待っててもらっていい?」
不意に天童が声をかけてくる。
「え……?」
「すぐ戻るから〜。ほんと、すぐ」
言うが早いか、彼はすたすたと厨房の奥へ戻ってしまった。
困惑しつつ足を止めると、数分後──
「はい、これ」
戻ってきた天童が差し出してきたのは、手のひらに乗るほどの小さな箱だった。
黒いマットな紙箱に、リボンもラベルもなかった。
「今、新作の方向性ちょっと迷っててさ〜。知ってるけど知らない、くらいの距離の人に味見してもらえるとありがたいなって思って」
「……え?」
「これ、まだ売ってないヤツなんだ。もし、良ければ……味の感想、聞かせてくれると嬉しいな〜」
差し出される手。
私は戸惑いながらも、反射的にそれを受け取っていた。
でも、箱を開けようとした瞬間──
「……あ、ごめん! やっぱ、それ、今じゃなくていいや。うん、また今度!」
「え?」
「今は……だめ。ちゃんと、空腹のときとか、気持ちが整ってるときに食べてもらいたいから」
「……?」
何を言っているのか一瞬わからなかった。
気持ちが整っているとき?
戸惑っている間に、彼は「ありがとね〜」と笑い、ひらひらと手を振りながらまた厨房へと戻っていってしまった。
私は──小さな箱を手の中で持て余しながら、そっと店を出た。
帰り道。
人通りの少ない裏通りを歩きながら、紙袋とその中の箱を見下ろした。
渡された試作品。ちゃんと包まれているし、渡すつもりで用意してあったのかもしれない。でも。
(……なにがしたいんだろう、この人)
味見のお願い?
距離感の近さも、急な態度の変化も、どこか妙に引っかかる。
テレビに出てた人と話せたというミーハー心は、たしかにあった。
でも、もらった以上は、また行かないといけない──そう思った瞬間、胸の奥で少しだけ、面倒だなという感情が生まれた。
知ってるようで、知らない人。
笑ってるのに、なぜか目が怖い人。
初めて会ったはずなのに、向こうはなぜか何かを確信しているような態度で。
紙箱の中のチョコレート。
まだ開けていないのに、ほんのりと甘くて苦い香りが、鞄の奥からじんわりと香ってくる。
あの人は言った。
「ちゃんと見てくれる?」
私は──あの人の何を、見ることになるんだろう。
