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「……あのさ、○○ちゃんって、誰にも名前で呼ばせないタイプ?」
ショーケースの奥、照明の落ちた厨房寄りのカウンターで、彼はそんなふうに、唐突に尋ねてきた。
ふとした瞬間だった。
今日のチョコの感想を話し終えて、じゃあそろそろ、と立ち上がろうとしたそのタイミングで。
いつもの彼らしい、冗談めかした、軽やかなトーン。
でもその瞳の奥だけは、冗談を言っていない色をしていた。
「え、どういうことですか」
笑って返すしかなかった。
顔がこわばるのを、自分で分かった。
「"さとり"って、呼んでくれたことないな〜って思って」
(――"覚")
名前を口に出されるたびに、何かがずしんと胸に沈む。
それは、甘さとか、恥ずかしさとか、そういうものじゃなくて……
もっと、重たくて、触れられたくない記憶を掘られるような感覚。
だから私は、自然と目を伏せて、
テーブルの縁を指でなぞった。
「……恋人でも、名前で呼ばれるの、苦手だったんです」
自分でも、なぜその言葉が出たのか分からなかった。
でも、天童さんは驚いた顔をせず、むしろほんの少し──目を細めた。
「へぇ。じゃあ、なんて呼ばれてたの?」
「"○○"って……呼び捨てされたの、たぶん、一度もないです」
「じゃあ、"○○さん"?」
「うん……あと、"ねえ"とか、"あなた"とか……」
他の人になら、絶対に言わなかった。
職場の人にも、昔の友達にも、そんな話したことなかったのに。
気づけば、ぽつぽつと話していた。
私が"名前を呼ばれる"ことに抵抗がある理由。
呼び捨てにされると、尊重されていない気がしてしまうこと。
"女"として扱われるよりも、
ちゃんと"人"として言葉を交わしていたいって、ずっと思ってきたこと。
そういうのって、他の人には絶対に伝わらないから、
いつも面倒くさがられてきた。
でも、彼は違った。
変に肯定も否定もせず、
からかうでもなく、ただゆっくりと相槌を打ってくれた。
「なんか、いいな〜って思うけどね、そういうの」
「……え?」
「"○○ちゃん"って、俺、何回呼んだかなって思ってさ。
なんか、それがすごく……大事なことだったんだなって、今わかった気がした」
冗談めかしてるのに、目だけは、やっぱり静かに光ってる。
逃げられない。
でも、怖くはなかった。
そういう言葉を、誰かにちゃんと届けてもらうのが、初めてだった。
そのことの方が、怖かった。
私はまだ、彼の名前を呼んだことがない。
一度も、"覚さん"と
いつも、「天童さん」か、
名前を避けて話しかけるか。
それを、ずっと見抜いていたんだろう。
わかっていて、追い詰めることなく、
そっと踏み込んできた。
呼べない私と、呼びつづける彼。
その距離がどれくらいあるのかも、
もう分からなくなっていた。
「……私、多分、名前で呼ぶの、無理です」
そう言ったとき、
彼は笑いながら、こんなふうに言った。
「うん、いいよ〜。そのうち、勝手に出ちゃうだろうから」
(……勝手に?)
それって、どういう意味?
わかるようで、わからなくて、
でも、なぜかその予感が──心の奥をずっと締めつけていた。
ショーケースの奥、照明の落ちた厨房寄りのカウンターで、彼はそんなふうに、唐突に尋ねてきた。
ふとした瞬間だった。
今日のチョコの感想を話し終えて、じゃあそろそろ、と立ち上がろうとしたそのタイミングで。
いつもの彼らしい、冗談めかした、軽やかなトーン。
でもその瞳の奥だけは、冗談を言っていない色をしていた。
「え、どういうことですか」
笑って返すしかなかった。
顔がこわばるのを、自分で分かった。
「"さとり"って、呼んでくれたことないな〜って思って」
(――"覚")
名前を口に出されるたびに、何かがずしんと胸に沈む。
それは、甘さとか、恥ずかしさとか、そういうものじゃなくて……
もっと、重たくて、触れられたくない記憶を掘られるような感覚。
だから私は、自然と目を伏せて、
テーブルの縁を指でなぞった。
「……恋人でも、名前で呼ばれるの、苦手だったんです」
自分でも、なぜその言葉が出たのか分からなかった。
でも、天童さんは驚いた顔をせず、むしろほんの少し──目を細めた。
「へぇ。じゃあ、なんて呼ばれてたの?」
「"○○"って……呼び捨てされたの、たぶん、一度もないです」
「じゃあ、"○○さん"?」
「うん……あと、"ねえ"とか、"あなた"とか……」
他の人になら、絶対に言わなかった。
職場の人にも、昔の友達にも、そんな話したことなかったのに。
気づけば、ぽつぽつと話していた。
私が"名前を呼ばれる"ことに抵抗がある理由。
呼び捨てにされると、尊重されていない気がしてしまうこと。
"女"として扱われるよりも、
ちゃんと"人"として言葉を交わしていたいって、ずっと思ってきたこと。
そういうのって、他の人には絶対に伝わらないから、
いつも面倒くさがられてきた。
でも、彼は違った。
変に肯定も否定もせず、
からかうでもなく、ただゆっくりと相槌を打ってくれた。
「なんか、いいな〜って思うけどね、そういうの」
「……え?」
「"○○ちゃん"って、俺、何回呼んだかなって思ってさ。
なんか、それがすごく……大事なことだったんだなって、今わかった気がした」
冗談めかしてるのに、目だけは、やっぱり静かに光ってる。
逃げられない。
でも、怖くはなかった。
そういう言葉を、誰かにちゃんと届けてもらうのが、初めてだった。
そのことの方が、怖かった。
私はまだ、彼の名前を呼んだことがない。
一度も、"覚さん"と
いつも、「天童さん」か、
名前を避けて話しかけるか。
それを、ずっと見抜いていたんだろう。
わかっていて、追い詰めることなく、
そっと踏み込んできた。
呼べない私と、呼びつづける彼。
その距離がどれくらいあるのかも、
もう分からなくなっていた。
「……私、多分、名前で呼ぶの、無理です」
そう言ったとき、
彼は笑いながら、こんなふうに言った。
「うん、いいよ〜。そのうち、勝手に出ちゃうだろうから」
(……勝手に?)
それって、どういう意味?
わかるようで、わからなくて、
でも、なぜかその予感が──心の奥をずっと締めつけていた。
