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休日。
雲一つない空の下、予定もなく、目的もないまま歩いていた。
東京の街はどこへ行っても人がいて、どこを向いてもきらきらしていて、私はそれが少し苦手だった。だから、何かが欲しいわけでも、何かを探しているわけでもないのに、少しだけ人の少なそうな通りを選んで歩いていく。
住宅街とギャラリーの間を抜けるような道。小さなカフェの並び。
ふと、ある看板が目に留まった。
──"LIONCEAU(リヨンソー)"
そこには、聞き覚えのある店名が、控えめなフォントで静かに掲げられていた。
「……たしか、ここ……」
思い出す。テレビで見た特集の一コマ。
情熱大陸の枠内で、静かに、だけど不思議な存在感を放っていたチョコレート職人の姿。
白鳥沢学園。私と同じ高校。
あの頃、私は普通科、彼はバレー部。名前は知っていた。天童覚。レギュラーで、少し変わってて、でも強くて──
正直、校舎も違えば話したこともなかった。だけど、同じ高校の卒業生がテレビに出ていたというだけで、なぜか妙に印象に残っていた。
「……たしか、ここの店……あの人の……」
そのまま吸い寄せられるように、私は扉を開けた。
ベルの音が静かに鳴る。
店内は思ったよりずっと落ち着いていて、派手さはないのに洗練されている。甘いけれど、どこかスモーキーなカカオの香りがふんわり漂って、心が少しだけ緩んだ。
ショーケースの中には、いくつものチョコレートが並んでいた。
どれも可愛らしくて、繊細で──でも、どこかひと癖ありそうで。
私はその中から、艶のある深い茶色のガナッシュに目をとめた。ビターな香りと、ほんの少しだけ花のような香りが混ざっている。
「これ……と、こっちもください」
口数少なく選んで、会計を済ませ、紙袋を受け取る。
帰ろうと、くるりと背を向けたその瞬間。
「ねぇ、もしかして、白鳥沢?」
その声に、足が止まった。
店員さんの声ではない。もっと──軽く、でも芯に刺さるような、不思議な響き。
振り向けば、カウンターの奥から現れたのは、あのテレビで見た本人だった。
天童覚。白衣を脱いで、シンプルなシャツにエプロン姿。飾り気はないのに、どうしようもなく目を引く。
「……はい?」
「だよねぇ? 同じ学年だった人、だよね〜?見たことある顔だなぁって思ったんだけど……気のせいじゃなかったんだ〜」
その瞬間、ぞくりとした。
言葉は柔らかくて、笑顔も浮かべているのに、どこか──見透かすような目をしている。
「……えっと、はい。普通科だったので……お話ししたことはなかったと思いますけど……」
「だよねぇ、俺も全然覚えてない。でも、なんか……不思議と気になっちゃって」
それは、ありふれた社交辞令のようにも聞こえたけれど、どうしてだろう。
彼の視線は、まっすぐ私の瞳を覗き込んでいた。
「チョコ、好きなんだ?」
「甘いのはちょっと苦手ですけど……チョコは、好きです。ビターなのが」
「ふ〜ん……いいね、それ」
まるで何かが確定したように、彼は静かに笑った。
そして私が感じていた違和感の正体に、そのとき気づく。
チョコを買って帰るだけの客に、店の奥からわざわざオーナーが出てくるなんて、普通はない。
しかも、まるで──
まるで、"ずっと待っていた"みたいに。
「俺、天童。名前は知ってる?」
「……テレビで見ました。チョコレート職人として、すごいですね」
「へぇ、そっちの方が覚えられてるのか〜。高校の頃は、全然俺のこと興味なかったでしょ?」
にこにこしながら言うその言葉は、妙に核心を突いていた。
たしかに、私は彼のことを「知らなかった」。それなのに今、なぜこんなふうに、彼の視線は刺さるように鋭いのだろう。
「でも、今なら、俺のこと……ちゃんと見てくれる?」
その言葉は、問いかけのようで、どこか──予告のようにも聞こえた。
まるで、
この出会いを"必然"にしてしまうために、何かが静かに始まったような。
雲一つない空の下、予定もなく、目的もないまま歩いていた。
東京の街はどこへ行っても人がいて、どこを向いてもきらきらしていて、私はそれが少し苦手だった。だから、何かが欲しいわけでも、何かを探しているわけでもないのに、少しだけ人の少なそうな通りを選んで歩いていく。
住宅街とギャラリーの間を抜けるような道。小さなカフェの並び。
ふと、ある看板が目に留まった。
──"LIONCEAU(リヨンソー)"
そこには、聞き覚えのある店名が、控えめなフォントで静かに掲げられていた。
「……たしか、ここ……」
思い出す。テレビで見た特集の一コマ。
情熱大陸の枠内で、静かに、だけど不思議な存在感を放っていたチョコレート職人の姿。
白鳥沢学園。私と同じ高校。
あの頃、私は普通科、彼はバレー部。名前は知っていた。天童覚。レギュラーで、少し変わってて、でも強くて──
正直、校舎も違えば話したこともなかった。だけど、同じ高校の卒業生がテレビに出ていたというだけで、なぜか妙に印象に残っていた。
「……たしか、ここの店……あの人の……」
そのまま吸い寄せられるように、私は扉を開けた。
ベルの音が静かに鳴る。
店内は思ったよりずっと落ち着いていて、派手さはないのに洗練されている。甘いけれど、どこかスモーキーなカカオの香りがふんわり漂って、心が少しだけ緩んだ。
ショーケースの中には、いくつものチョコレートが並んでいた。
どれも可愛らしくて、繊細で──でも、どこかひと癖ありそうで。
私はその中から、艶のある深い茶色のガナッシュに目をとめた。ビターな香りと、ほんの少しだけ花のような香りが混ざっている。
「これ……と、こっちもください」
口数少なく選んで、会計を済ませ、紙袋を受け取る。
帰ろうと、くるりと背を向けたその瞬間。
「ねぇ、もしかして、白鳥沢?」
その声に、足が止まった。
店員さんの声ではない。もっと──軽く、でも芯に刺さるような、不思議な響き。
振り向けば、カウンターの奥から現れたのは、あのテレビで見た本人だった。
天童覚。白衣を脱いで、シンプルなシャツにエプロン姿。飾り気はないのに、どうしようもなく目を引く。
「……はい?」
「だよねぇ? 同じ学年だった人、だよね〜?見たことある顔だなぁって思ったんだけど……気のせいじゃなかったんだ〜」
その瞬間、ぞくりとした。
言葉は柔らかくて、笑顔も浮かべているのに、どこか──見透かすような目をしている。
「……えっと、はい。普通科だったので……お話ししたことはなかったと思いますけど……」
「だよねぇ、俺も全然覚えてない。でも、なんか……不思議と気になっちゃって」
それは、ありふれた社交辞令のようにも聞こえたけれど、どうしてだろう。
彼の視線は、まっすぐ私の瞳を覗き込んでいた。
「チョコ、好きなんだ?」
「甘いのはちょっと苦手ですけど……チョコは、好きです。ビターなのが」
「ふ〜ん……いいね、それ」
まるで何かが確定したように、彼は静かに笑った。
そして私が感じていた違和感の正体に、そのとき気づく。
チョコを買って帰るだけの客に、店の奥からわざわざオーナーが出てくるなんて、普通はない。
しかも、まるで──
まるで、"ずっと待っていた"みたいに。
「俺、天童。名前は知ってる?」
「……テレビで見ました。チョコレート職人として、すごいですね」
「へぇ、そっちの方が覚えられてるのか〜。高校の頃は、全然俺のこと興味なかったでしょ?」
にこにこしながら言うその言葉は、妙に核心を突いていた。
たしかに、私は彼のことを「知らなかった」。それなのに今、なぜこんなふうに、彼の視線は刺さるように鋭いのだろう。
「でも、今なら、俺のこと……ちゃんと見てくれる?」
その言葉は、問いかけのようで、どこか──予告のようにも聞こえた。
まるで、
この出会いを"必然"にしてしまうために、何かが静かに始まったような。
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