彼女の"心の隙間"は、意外と早く見つかった。

それは"孤独"じゃない。
"寂しさ"でも、"依存"でもない。

たぶん──「説明しなくてもわかってほしい」という疲労だ。

自分の中にある繊細な感情や、
言葉にしてしまえば薄っぺらくなる思いを、
うまく表現できないまま飲み込んで、
結果、どこかで"距離を取るしかなくなる"。

そんな、人付き合いの"無言の断絶"を繰り返してきた気配が、彼女の話し方や間の取り方に滲んでた。

俺が彼女を"理解しているふり"をするのは簡単だった。

・目を見て、ちゃんと話を聞くふりをする
・答えを急がず、彼女が探す時間に沈黙を与える
・言葉を詰まらせた時、代弁するような台詞を添えてみる

そのどれもが、ただの"演出"じゃない。
本当に、彼女の中にあるかたちにならない思いが見えていた。

「……わたし、言葉にするのが苦手なんです」

そう言った時の彼女の顔。
あれは、どこか申し訳なさそうで、でも自分を責めているような苦さがあった。

「うん、わかるよ〜。俺もね、気持ちって言葉にしようとするとどんどん濁る感じ、するから」
「チョコもさ、言葉にできない"余韻"が残ったほうが面白いって、よく思うしね〜」
彼女はそれを聞いて、ふっと小さく笑った。

（うん、いける）

この反応で、確信した。

彼女が"理解された"と錯覚する場所に、
今、俺は確かに立ってる。

彼女は今、
「自分からは距離を縮めていない」という意識のままで、
でも、俺とのやりとりを"心地よいもの"として受け入れ始めている。

そうなれば、次に用意するのは──
『自分のことを話す機会』だ。

「○○ちゃん、職場の人間関係って、どう？　派遣って、やっぱり気使う？」

彼女が驚いたような顔をする。

「……なんで、それ知ってるんですか？」

（あ、これは"探られた"って反応）
でも、すぐに表情を戻す。

（大丈夫、"偶然知った"ようにしてあげる）

「前にちょっと言ってたよ〜。職場で、直雇用の人との立ち位置が微妙って。そういうとこ、俺ちょっと気になっちゃってさ」
彼女は思い返すように眉を寄せ、それから小さくうなずいた。

「私、職場ではあんまり話さないんです。お昼も一人で食べるし」
「仲良くしようとは思うけど……なんか、距離感が難しくて」
「でも、それってたぶん私のせいなんだろうなって」

はい、出た。

この"自己否定"の形をした言い訳。
ここが、一番入りやすいポイント。

「そっか〜。でもさ、それって全部が君のせいってわけじゃないよ」
「誰かと話すとき、ちゃんと意味のあること言わなきゃとか、相手の気分損ねないようにって思ってたら、誰だって疲れるじゃん」
「そういうの、しなくていい相手って、どこかに必要だよね〜」
俺の言葉に、彼女のまばたきがゆっくりになった。

それは、少し涙腺が緩む前の呼吸だった。

彼女の中の"孤立"を、
"理解された"という安堵で包んでいく。

否定でも肯定でもない、"分かってもらえた"という幻想。
俺がそれを差し出せば、
彼女は"救われた"ような顔をする。

でも、それは救いじゃない。
それは、俺の輪郭を彼女の内側に焼き付ける作業だ。

「……変ですね、こんな話」

「そう？　俺、○○ちゃんのそういうとこ、好きだけどな」
不意にそう言ってみた。

驚いたように彼女が顔をあげて、でも視線を逸らした。

「……からかわないでください」
「ほんとだよ〜。君って、静かなとこあるのに、言葉には真剣で、そういうとこ俺、すごい好き」

この"好き"は、愛情じゃない。

信頼、尊敬、親しみ──
どんな意味にも取れる、"幅のある好き"。

だから、彼女は拒絶しない。
むしろ、少し照れたような顔で、笑ってくれた。

いい反応。

今の彼女なら、俺を"特別な人"として意識し始める。

恋愛でも、友達でもない。
どこにも当てはまらない関係。

そういう"分類できない存在"は、
人の中で、妙に深く根を張る。

名前のつかない関係。
名前がないからこそ壊せない関係。

（次は、どこまで踏み込もうか）

そろそろ、彼女の家の近くに"偶然"立ち寄る理由を、ひとつくらい作ってもいい。

でも、それはもう少し先でもいい。
今は、"彼女の世界"に俺がちゃんと居ることを、
もっと当たり前にしていくフェーズ。

そのための言葉は、すでに用意してある。

「君が"このチョコが好き"って言ってくれたから、次の試作品の方向が決まったんだ〜」
「……あ、責任感じちゃう？　でもさ、俺にとってはその一言が一番ヒントになるんだよね」
そう言えば、彼女はまた笑ってくれる。

「関わること」が、彼女の中で"意味あること"になる。

それが、何より強い足枷になる。