番外編
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20.5 勿忘草
3月に入り暦の上では春を迎えていたが、だからと言って急に春めいてくるわけでもなく、まだまだ冬を思わせる寒い日が続いていた。
卒業シーズンに入り、木村の実家でもある木村園芸もご多分に漏れず繁忙期に入っていた。
今日も地元の中学や高校で卒業式があり、朝早くから家族総出であちこち配達に走り回っていた。
午前中は学校などの団体先、午後から夜にかけては個人の客が増える。
それは毎年の事なのであらかじめ何種類かのアレンジフラワーをいつもより多めに準備しているので、店内は普段以上に華やかだった。
午後になり個人宛の予約の配達を終えて木村が店に戻ると、入れ違うように両親がそれぞれ配達に出た。
店に戻ってからも接客に追われたが、どれだけ忙しくても笑顔を絶やさず応対する事はもうすっかり習慣になっていた。
最後の客を笑顔で送り出してようやく客足が途絶えた。
店先に立っているとその風の冷たさに身震いした。
「寒ィと思ったら雪かよ」
空を仰いでしばらく見入った後、木村は身を縮めながら店内に戻った。
「すみません」
それから数分後のことだった。
客のいない隙にコーヒーを淹れて戻ると店先に人影を見つけた。
「いらっしゃいま―――あれ」
レジ横にコーヒーの入ったマグカップを置き
慌てて接客に出ると、珍しい客の姿に言葉を止めた。
「よォ宮田。何だよ、珍しい」
木村の言葉に宮田はどうも、と軽く頭を下げた。
「制服のままでどした?何か用か」
「何か用って・・・花屋に来たんだから花買いに来たに決まってるじゃないですか」
「おう!それもそうだな」
ははは、と笑う木村に宮田は小さくため息を零した。
「で、どんなものをお探しですか?」
木村が改まって聞くと宮田は急に落ち着かない様子になり、
しばらく躊躇っているようだったが、木村が敢えて黙っているとようやく口を開いた。
「・・・ちょっと、人に贈る花束を作ってもらおうと思って」
「花束か。どんな感じのだ?」
「どんな感じって言われても・・・」
どこか宮田らしくない受け答えに木村は違和感を覚えながらも、店員としての姿勢を崩さない。
「じゃあさ、誰に渡すんだ?」
「え・・・・何で木村さんに言わなきゃいけないんですか」
「オイオイ、オレは店員として聞いてるだけだろ。相手やその目的で内容も変わってくるだろーが」
尤もな木村の意見に宮田は黙り込んでしまった。
「ま、お客様のプライバシーもあるし、無理矢理聞く気はねぇけどよ。でもせっかく贈るんだったらちゃんと相手や目的に合ったものを贈った方がいいってのは花屋の正直な意見だな」
うんうん、と自分の言ったことに頷く木村をよそに宮田は少し考え込んでから決心したように言った。
「・・・・お世話になった人に贈ろうと思って」
「世話ンなった人、ね。なるほど。で、男?それとも女?」
「・・・・・女、です」
「年は」
「オレの、ひとつ上」
「お前とどういう関係?」
「・・・・・それ関係ないだろ」
ギロリと睨みつける宮田に悪い悪いと笑う木村。
「じゃあさ、そのコの好きな花とか色とか知らねぇ?」
「さぁ・・・」
「そっかー、じゃ、無難にピンク系にしとくか」
「はぁ」
曖昧な返事をしながら店内を見回していた宮田がふと視線を止めた。
その先はこの日の為に多めに用意したアレンジフラワーの並んだ棚だった。
「そン中のにするか?」
「あの、この花何て言うんですか?」
宮田が指差したのはアレンジフラワーの中の
小さな青い花だった。
「それは忘れな草。花言葉が『わたしを忘れないで』って意味だからよ、この時期人気あるんだぜ」
その証拠に並んだアレンジフラワーの中には
全てこの忘れな草が入っていた。
「・・・その花入れて・・・あとはそんなに派手じゃないように作ってもらえませんか」
「じゃ忘れな草の青に合わせて、あとは白で作るぞ」
「はい、それでお願いします」
ブルーを基調にホワイトとグリーンを加えた数種類の花をセレクトし、手際よく束にする。
あっという間に出来た花束に宮田は感嘆の息を漏らした。
「大したもんですね」
「当たり前だろ。何年花屋やってると思ってんだよ」
昔グレてたクセに、という言葉を宮田はグッと飲み込んだ。
レジで精算を済ませ、紙袋に入れようとした木村を宮田が制する。
「すぐに届けるからそのままでいいです」
そうか、と言って木村が花束をそのまま差し出すと、宮田はありがとうございます、と受け取ってすぐに背を向けた。
「なぁ、宮田」
立ち去ろうとした宮田は足を止め
顔だけを少し木村に向ける。
「何ですか」
「お前さ、フラれた?」
「はい?」
木村の言葉に思わず振り返った宮田はあからさまに怪訝そうな顔をした。
「だってよ、卒業式の日にンな切羽詰った顔して、意味を知った上でその花選んで・・・お前、フラれにでも行くのか」
告白前にネガティブはよくない、もしかしたらって事もあるだろう、ていうかお前モテるだろ、などと何とも的外れな事を言う木村に宮田は大きなため息をこぼした。
.
「だから、世話ンなった人に渡すだけだって言ってんだろ」
「じゃあ何でその花選んだんだよ」
「・・・・・・・」
「お前、そのコの事好きなんだろ」
「・・・!違っ・・・」
「お前ってさぁ、ボクシングに関してはあんなにスゲェのにそれ以外だと本ットからっきしだな」
顔に書いてるぞ、と茶化す木村に宮田は言い返す言葉が見当たらない。
「鷹村さん達には黙っててやるからよ、おにーさんに話してみなさい」
今度は少し真面目に言ってみる。
すると宮田は考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「・・・本当に違うんですよ。そういうのじゃ、ない」
「嘘吐け」
「嘘じゃないですよ。ただ・・・」
一旦言葉を切り、それから言葉を選ぶように呟いた。
「ただ、大切な人なんです」
「宮田・・・?」
「・・・オレ、海外に行くことにしたんです。いつ戻ってくるかわかんねぇし、本当に、世話になった人だから・・・」
そう言ったきり押し黙ってしまった宮田に木村はストレートに聞いた。
「何で、待っててくれって言わない?」
「言える訳ないでしょう」
今度は宮田が続けた。
「このまま足踏みしてられないんですよ。自分の決めたことから逃げて、何が出来て何が守れるっていうんですか」
大切に想うからこそ守れる力も余裕もない自分。
今どうしても彼女に誰かが必要だというならそれは自分ではない。
行き着くところに辿り着いた時、彼女を守れるだけの力と自信が自分についた時、彼女に伝えよう。
今のオレの願いはただ一つ。
あなたがオレの存在を忘れないで欲しいという事。
それ以上を望んだり、まして気持ちを伝えるなんて今の自分には許されない。
彼女には彼女の人生がある。
オレの勝手で、彼女を束縛するわけにはいかない。
「そんなモンかねェ・・・つーか、ンなコト言って、戻ってきた時男ができたらどーすんだよ」
「だったら、彼女にとってオレはそれだけの存在だったってコトですよ」
「・・・自信満々だな」
「自信なんて、これっぽっちもありませんよ」
―――あったら、こんなに悩まねぇよ
雪の降る中、忘れな草の花束を手に宮田は店を後にした。
その背中を見送りながら木村はポツリと呟いた。
「・・・・カッコつけやがって」
その言葉は降り続く雪に混ざって
冷たい空に溶けていった。
2010//02/14 UP
+++++atogaki+++++
卒業式のお話です。
いきなり視点が変わるのはおかしいから本編には入れなかったんですが、このままヒロイン視点のみで進めていくにはちょっと無理が生じるかなと思って番外編というカタチで入れてみました。
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3月に入り暦の上では春を迎えていたが、だからと言って急に春めいてくるわけでもなく、まだまだ冬を思わせる寒い日が続いていた。
卒業シーズンに入り、木村の実家でもある木村園芸もご多分に漏れず繁忙期に入っていた。
今日も地元の中学や高校で卒業式があり、朝早くから家族総出であちこち配達に走り回っていた。
午前中は学校などの団体先、午後から夜にかけては個人の客が増える。
それは毎年の事なのであらかじめ何種類かのアレンジフラワーをいつもより多めに準備しているので、店内は普段以上に華やかだった。
午後になり個人宛の予約の配達を終えて木村が店に戻ると、入れ違うように両親がそれぞれ配達に出た。
店に戻ってからも接客に追われたが、どれだけ忙しくても笑顔を絶やさず応対する事はもうすっかり習慣になっていた。
最後の客を笑顔で送り出してようやく客足が途絶えた。
店先に立っているとその風の冷たさに身震いした。
「寒ィと思ったら雪かよ」
空を仰いでしばらく見入った後、木村は身を縮めながら店内に戻った。
「すみません」
それから数分後のことだった。
客のいない隙にコーヒーを淹れて戻ると店先に人影を見つけた。
「いらっしゃいま―――あれ」
レジ横にコーヒーの入ったマグカップを置き
慌てて接客に出ると、珍しい客の姿に言葉を止めた。
「よォ宮田。何だよ、珍しい」
木村の言葉に宮田はどうも、と軽く頭を下げた。
「制服のままでどした?何か用か」
「何か用って・・・花屋に来たんだから花買いに来たに決まってるじゃないですか」
「おう!それもそうだな」
ははは、と笑う木村に宮田は小さくため息を零した。
「で、どんなものをお探しですか?」
木村が改まって聞くと宮田は急に落ち着かない様子になり、
しばらく躊躇っているようだったが、木村が敢えて黙っているとようやく口を開いた。
「・・・ちょっと、人に贈る花束を作ってもらおうと思って」
「花束か。どんな感じのだ?」
「どんな感じって言われても・・・」
どこか宮田らしくない受け答えに木村は違和感を覚えながらも、店員としての姿勢を崩さない。
「じゃあさ、誰に渡すんだ?」
「え・・・・何で木村さんに言わなきゃいけないんですか」
「オイオイ、オレは店員として聞いてるだけだろ。相手やその目的で内容も変わってくるだろーが」
尤もな木村の意見に宮田は黙り込んでしまった。
「ま、お客様のプライバシーもあるし、無理矢理聞く気はねぇけどよ。でもせっかく贈るんだったらちゃんと相手や目的に合ったものを贈った方がいいってのは花屋の正直な意見だな」
うんうん、と自分の言ったことに頷く木村をよそに宮田は少し考え込んでから決心したように言った。
「・・・・お世話になった人に贈ろうと思って」
「世話ンなった人、ね。なるほど。で、男?それとも女?」
「・・・・・女、です」
「年は」
「オレの、ひとつ上」
「お前とどういう関係?」
「・・・・・それ関係ないだろ」
ギロリと睨みつける宮田に悪い悪いと笑う木村。
「じゃあさ、そのコの好きな花とか色とか知らねぇ?」
「さぁ・・・」
「そっかー、じゃ、無難にピンク系にしとくか」
「はぁ」
曖昧な返事をしながら店内を見回していた宮田がふと視線を止めた。
その先はこの日の為に多めに用意したアレンジフラワーの並んだ棚だった。
「そン中のにするか?」
「あの、この花何て言うんですか?」
宮田が指差したのはアレンジフラワーの中の
小さな青い花だった。
「それは忘れな草。花言葉が『わたしを忘れないで』って意味だからよ、この時期人気あるんだぜ」
その証拠に並んだアレンジフラワーの中には
全てこの忘れな草が入っていた。
「・・・その花入れて・・・あとはそんなに派手じゃないように作ってもらえませんか」
「じゃ忘れな草の青に合わせて、あとは白で作るぞ」
「はい、それでお願いします」
ブルーを基調にホワイトとグリーンを加えた数種類の花をセレクトし、手際よく束にする。
あっという間に出来た花束に宮田は感嘆の息を漏らした。
「大したもんですね」
「当たり前だろ。何年花屋やってると思ってんだよ」
昔グレてたクセに、という言葉を宮田はグッと飲み込んだ。
レジで精算を済ませ、紙袋に入れようとした木村を宮田が制する。
「すぐに届けるからそのままでいいです」
そうか、と言って木村が花束をそのまま差し出すと、宮田はありがとうございます、と受け取ってすぐに背を向けた。
「なぁ、宮田」
立ち去ろうとした宮田は足を止め
顔だけを少し木村に向ける。
「何ですか」
「お前さ、フラれた?」
「はい?」
木村の言葉に思わず振り返った宮田はあからさまに怪訝そうな顔をした。
「だってよ、卒業式の日にンな切羽詰った顔して、意味を知った上でその花選んで・・・お前、フラれにでも行くのか」
告白前にネガティブはよくない、もしかしたらって事もあるだろう、ていうかお前モテるだろ、などと何とも的外れな事を言う木村に宮田は大きなため息をこぼした。
.
「だから、世話ンなった人に渡すだけだって言ってんだろ」
「じゃあ何でその花選んだんだよ」
「・・・・・・・」
「お前、そのコの事好きなんだろ」
「・・・!違っ・・・」
「お前ってさぁ、ボクシングに関してはあんなにスゲェのにそれ以外だと本ットからっきしだな」
顔に書いてるぞ、と茶化す木村に宮田は言い返す言葉が見当たらない。
「鷹村さん達には黙っててやるからよ、おにーさんに話してみなさい」
今度は少し真面目に言ってみる。
すると宮田は考え込んだ後、ゆっくりと答えた。
「・・・本当に違うんですよ。そういうのじゃ、ない」
「嘘吐け」
「嘘じゃないですよ。ただ・・・」
一旦言葉を切り、それから言葉を選ぶように呟いた。
「ただ、大切な人なんです」
「宮田・・・?」
「・・・オレ、海外に行くことにしたんです。いつ戻ってくるかわかんねぇし、本当に、世話になった人だから・・・」
そう言ったきり押し黙ってしまった宮田に木村はストレートに聞いた。
「何で、待っててくれって言わない?」
「言える訳ないでしょう」
今度は宮田が続けた。
「このまま足踏みしてられないんですよ。自分の決めたことから逃げて、何が出来て何が守れるっていうんですか」
大切に想うからこそ守れる力も余裕もない自分。
今どうしても彼女に誰かが必要だというならそれは自分ではない。
行き着くところに辿り着いた時、彼女を守れるだけの力と自信が自分についた時、彼女に伝えよう。
今のオレの願いはただ一つ。
あなたがオレの存在を忘れないで欲しいという事。
それ以上を望んだり、まして気持ちを伝えるなんて今の自分には許されない。
彼女には彼女の人生がある。
オレの勝手で、彼女を束縛するわけにはいかない。
「そんなモンかねェ・・・つーか、ンなコト言って、戻ってきた時男ができたらどーすんだよ」
「だったら、彼女にとってオレはそれだけの存在だったってコトですよ」
「・・・自信満々だな」
「自信なんて、これっぽっちもありませんよ」
―――あったら、こんなに悩まねぇよ
雪の降る中、忘れな草の花束を手に宮田は店を後にした。
その背中を見送りながら木村はポツリと呟いた。
「・・・・カッコつけやがって」
その言葉は降り続く雪に混ざって
冷たい空に溶けていった。
2010//02/14 UP
+++++atogaki+++++
卒業式のお話です。
いきなり視点が変わるのはおかしいから本編には入れなかったんですが、このままヒロイン視点のみで進めていくにはちょっと無理が生じるかなと思って番外編というカタチで入れてみました。
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