お相手宮田くんの原作沿い連載です
長編
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32 復帰戦
―――嘘でしょ
5月。
後楽園ホール前はたくさんの人で賑わっていた。
この一年、親しくなった鴨川ジムの人たちの試合を何度か観に来て、鷹村さんや幕之内くんの試合の時もすごかったけど、今日も負けず劣らずの人の多さだ。
そして彼らの時と違うのは、明らかに女性客が目立つ。
―――騙された
チケットが余ってるなんて大嘘だ。
その証拠にホールに入るまでに何人ものダフ屋に声を掛けられたし、偶然聞こえてきた交渉では考えられない高値を告げられていた。
新人王トーナメントで敗退したとはいえもともと宮田くんは将来を期待されたホープだ。
その彼が11戦10勝1分の海外戦跡を残して凱旋帰国、その復帰戦となれば客が入らない方がおかしい。
宮田くんの言うことを鵜呑みにした自分に
あたしはただだ呆れた。
国内を飛び越えOPBFランキング3位で帰国。
その肩書きに違わない試合内容だった。
大抵ボクシングの試合というのは熱くなるものだけど、この試合は違っていた。
皆が固唾をのんでリングを見つめる。
それは一瞬でも目を離したその隙に試合が終わってしまうということを眼の肥えたホールの観客は知っていた。
韓国1位の選手を全く寄せ付けないまま、試合は3Rで宮田くんのKOという結果に終わった。
試合終了後、あたしは一階のエレベーター前にいた。
後楽園ホールには何度も足を運んだけれど、ここで宮田くんを待つのは1年半ぶりになる。
今でもあの日のことは忘れられないし、ホールに来てもここに立ち止まることはできなかったけれど、今日の試合を見てあたしの中でようやく一歩踏み出せた気分だった。
今日も当然、宮田くんと約束しているわけではない。
けれど、ここにいれば必ず気付いてもらえるという確信があった。
エレベーターから降りてくる人は皆口々に今日の宮田くんに試合のことを話していて、表現は違えど、その口ぶりから今後の宮田くんへの期待度が伺えた。
―――やっぱりすごいんだな
宮田くんの知名度や人気の高さは今更始まったわけではないけれど、ホールに来るとそれを改めて実感する。
そんな時、あたしはちょっとだけ寂しくなる。
「おや?あなたは・・・」
ぼんやりと考えていたところ不意に聞こえてきた声に振り向くと、スーツに着替えた宮田くんのお父さんがこちらに近づいてきた。
「確か一郎のアルバイト先の・・・」
「佐倉です。こんばんは」
あたしは慌てて頭を下げると笑顔で会釈してくれた。
「応援に来てくれたんだね。ありがとう」
「いえ、同じバイト仲間ですし」
咄嗟に言い訳すると宮田くんのお父さんは少し不思議そうな顔をして、それからああ、と含んだように笑った。
.
「あの・・・」
「ええ、いや、失敬。あ、一郎はもうすぐ来ますよ」
「そ、そうですか」
リラックスしている宮田くんのお父さんとは逆に、あたしは何を話していいのかわからず戸惑っていると「佐倉さん」と呼ばれた。
「一郎のこと、待っててやってくれてありがとう」
「はい?」
思いがけない言葉にあたしは宮田くんのお父さんを見ると、宮田くんに似たその目が優しくあたしを見ていた。
「これからもよろしく頼むよ」
「え・・っ、いや、あの、あたしは・・・」
「父さん」
その時ちょうどタイミングがいいのか悪いのか、宮田くんが現れた。
宮田くんのお父さんの来た方向から歩いて来たので、背を向けているお父さんの話はちゃんと聞こえてないみたいだ。
「何話してんだよ」
リングに立つ宮田くんはどこかあたしの知らない宮田くんのような気がして、いつも不思議な気持ちになるけれど、試合が終わってここで会う宮田くんはあたしのよく知る宮田くんで、あたしはその瞬間がすごく好きだ。
一年半前と変わらない、この感覚。
.
.
「何だよ澪さん、ニヤニヤして」
その気持ちがそのまま顔に出ていたのか、すぐに気付いた宮田くんは怪訝そうな顔で言った。
「ううん、ごめん。何でもない」
「それじゃあ一郎、明日必ず検査に行くんだぞ」
「わかってるよ」
「ではわたしはこれで」
そう言って宮田くんのお父さんは軽く会釈したので、あたしも「さようなら」と言って頭を下げた。
ホールに取り残されたあたしと宮田くん。
ふと、ある日の事が蘇った。
それは宮田くんも同じなのか、どちらからともなく目が合った。
「なんか、初めて応援来た時みたい」
「・・・まぁな」
「『じゃ』って先に行くんでしょ?」
冗談めかしに言うとムッとした顔になり、このままではあの時のように先に行かれてしまいそうなので謝ろうとすると、宮田くんが不意にあたしの右手首を掴んだ。
「え?」
「帰るんだろ」
そう言って宮田くんはあたしの手首を掴んだまま歩き始めた。
思いがけない行動にビックリしたあたしは、ただ宮田くんに引かれるがままホールを後にした。
2010/12/15 UP
+++++atogaki+++++
普通は手ですよね。手を繋ぎますよね。でもできませんでした。
なんか、そんな器用なのは宮田くんじゃないなーって。
というか、単にわたしが書けなかっただけなんですけどね、恥ずかしくて(苦笑)
―――嘘でしょ
5月。
後楽園ホール前はたくさんの人で賑わっていた。
この一年、親しくなった鴨川ジムの人たちの試合を何度か観に来て、鷹村さんや幕之内くんの試合の時もすごかったけど、今日も負けず劣らずの人の多さだ。
そして彼らの時と違うのは、明らかに女性客が目立つ。
―――騙された
チケットが余ってるなんて大嘘だ。
その証拠にホールに入るまでに何人ものダフ屋に声を掛けられたし、偶然聞こえてきた交渉では考えられない高値を告げられていた。
新人王トーナメントで敗退したとはいえもともと宮田くんは将来を期待されたホープだ。
その彼が11戦10勝1分の海外戦跡を残して凱旋帰国、その復帰戦となれば客が入らない方がおかしい。
宮田くんの言うことを鵜呑みにした自分に
あたしはただだ呆れた。
国内を飛び越えOPBFランキング3位で帰国。
その肩書きに違わない試合内容だった。
大抵ボクシングの試合というのは熱くなるものだけど、この試合は違っていた。
皆が固唾をのんでリングを見つめる。
それは一瞬でも目を離したその隙に試合が終わってしまうということを眼の肥えたホールの観客は知っていた。
韓国1位の選手を全く寄せ付けないまま、試合は3Rで宮田くんのKOという結果に終わった。
試合終了後、あたしは一階のエレベーター前にいた。
後楽園ホールには何度も足を運んだけれど、ここで宮田くんを待つのは1年半ぶりになる。
今でもあの日のことは忘れられないし、ホールに来てもここに立ち止まることはできなかったけれど、今日の試合を見てあたしの中でようやく一歩踏み出せた気分だった。
今日も当然、宮田くんと約束しているわけではない。
けれど、ここにいれば必ず気付いてもらえるという確信があった。
エレベーターから降りてくる人は皆口々に今日の宮田くんに試合のことを話していて、表現は違えど、その口ぶりから今後の宮田くんへの期待度が伺えた。
―――やっぱりすごいんだな
宮田くんの知名度や人気の高さは今更始まったわけではないけれど、ホールに来るとそれを改めて実感する。
そんな時、あたしはちょっとだけ寂しくなる。
「おや?あなたは・・・」
ぼんやりと考えていたところ不意に聞こえてきた声に振り向くと、スーツに着替えた宮田くんのお父さんがこちらに近づいてきた。
「確か一郎のアルバイト先の・・・」
「佐倉です。こんばんは」
あたしは慌てて頭を下げると笑顔で会釈してくれた。
「応援に来てくれたんだね。ありがとう」
「いえ、同じバイト仲間ですし」
咄嗟に言い訳すると宮田くんのお父さんは少し不思議そうな顔をして、それからああ、と含んだように笑った。
.
「あの・・・」
「ええ、いや、失敬。あ、一郎はもうすぐ来ますよ」
「そ、そうですか」
リラックスしている宮田くんのお父さんとは逆に、あたしは何を話していいのかわからず戸惑っていると「佐倉さん」と呼ばれた。
「一郎のこと、待っててやってくれてありがとう」
「はい?」
思いがけない言葉にあたしは宮田くんのお父さんを見ると、宮田くんに似たその目が優しくあたしを見ていた。
「これからもよろしく頼むよ」
「え・・っ、いや、あの、あたしは・・・」
「父さん」
その時ちょうどタイミングがいいのか悪いのか、宮田くんが現れた。
宮田くんのお父さんの来た方向から歩いて来たので、背を向けているお父さんの話はちゃんと聞こえてないみたいだ。
「何話してんだよ」
リングに立つ宮田くんはどこかあたしの知らない宮田くんのような気がして、いつも不思議な気持ちになるけれど、試合が終わってここで会う宮田くんはあたしのよく知る宮田くんで、あたしはその瞬間がすごく好きだ。
一年半前と変わらない、この感覚。
.
.
「何だよ澪さん、ニヤニヤして」
その気持ちがそのまま顔に出ていたのか、すぐに気付いた宮田くんは怪訝そうな顔で言った。
「ううん、ごめん。何でもない」
「それじゃあ一郎、明日必ず検査に行くんだぞ」
「わかってるよ」
「ではわたしはこれで」
そう言って宮田くんのお父さんは軽く会釈したので、あたしも「さようなら」と言って頭を下げた。
ホールに取り残されたあたしと宮田くん。
ふと、ある日の事が蘇った。
それは宮田くんも同じなのか、どちらからともなく目が合った。
「なんか、初めて応援来た時みたい」
「・・・まぁな」
「『じゃ』って先に行くんでしょ?」
冗談めかしに言うとムッとした顔になり、このままではあの時のように先に行かれてしまいそうなので謝ろうとすると、宮田くんが不意にあたしの右手首を掴んだ。
「え?」
「帰るんだろ」
そう言って宮田くんはあたしの手首を掴んだまま歩き始めた。
思いがけない行動にビックリしたあたしは、ただ宮田くんに引かれるがままホールを後にした。
2010/12/15 UP
+++++atogaki+++++
普通は手ですよね。手を繋ぎますよね。でもできませんでした。
なんか、そんな器用なのは宮田くんじゃないなーって。
というか、単にわたしが書けなかっただけなんですけどね、恥ずかしくて(苦笑)