お相手宮田くんの原作沿い連載です
長編
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12 東日本新人王準決勝
11月。
今日は宮田くんの新人王トーナメント準決勝当日。
いつもそれなりに賑わっている後楽園ホールだが今日は特に人が目立っていて、ホール前には入場を待つ長蛇の列が伸びていた。
「今日はやっぱフェザー級の準決勝だろ」
「宮田は強いぜ。あのスピードは新人じゃねぇよ」
「相手の間柴ってのも負け知らずだろ」
「フリッカー使うなんて、間柴もタダ者じゃねぇよな」
「今日は面白くなるぜ」
宮田くんの試合はいつも観客が多いけれど
今日は特に多い気がする。
それも、生粋のボクシングファンという男の人。
今のような会話がそこかしこで囁かれている。
相手の人、強いのかな。
ボクシングを観るようにはなったけど、あたしは宮田くん以外の試合は観たことがなくて、彼以外の選手を殆ど知らない。
でも、宮田くんが負けるわけないよね。
ホールに入り、手にしたチケットの座席を確認しながらあたしは席に急いだ。
試合開始時間が近づくにつれて、会場をほぼ埋め尽くした観客からも緊張感が漂う。
宮田くんと、対戦相手の間柴選手が登場すると俄かにざわめきが起こる。
リングアナのアナウンスに宮田くんは右拳を軽く上げて応え、引き続き間柴選手のアナウンスが入る。
リング中央に歩みよる二人は互いに俯いたままじっと瞳を閉じる。
コーナーに戻ってからも、瞳を上げることはない。
静まり返る会場。
ここにいる全ての人が試合開始を告げるゴングが鳴るのを待ちわびる。
只ならぬ緊張感。
それでも、あたしの中には宮田くんの勝利という気持ちしかなくて、大きな期待の溢れる中、ゴングが鳴った。
3R2分22秒。
宮田くんの身体が弧を描くように宙を舞う。
それはまるでフィルムをスローモーションでコマ送りするみたいにひとつひとつ鮮明に、あたしの脳裏に刻み込まれていく。
――― ナ ニ コ レ
「勝者、間柴ァァ!」
リング中央に倒れた宮田くんの姿が視覚から脳に伝わり、途切れていた聴覚から聞こえてきたのは試合終了を告げる声と、鳴り止まないゴングの音。
――― ウ ル サ イ
赤コーナーからセコンド陣が駆け寄り、宮田くんのお父さんの呼びかける悲痛な声がホールに響き渡る。
それでも宮田くんはピクリとも動かない。
――― ワ カ ラ ナ イ
会場が騒然とする中、宮田くんは担架に乗せられる。
そして、リングを降り会場を去るまで、宮田くんの意識が戻ることはなかった。
一階、エレベーター前。
無機質な音と共にエレベーターのドアが開く。
人が流れるように出口に向かう。
足音、話し声。
ここで待ち伏せするのは今日で三度目になる。
ただ、今日のあたしは冷たい壁に身体を預けて立ち竦んでいた。
会場からどうやってここまできたのか記憶がない。
思考が止まり、力が入らない。
ガラス張りの出入り口の向こうに見える通りから賑わう街の喧騒が遠くで聞こえる。
全てのものがまるで関係のない他人事のように感じる。
「君、大丈夫?」
それが自分宛のものと気付くのに数秒かかった。
「あ・・・はい」
「随分顔色悪いけど、医務室まで案内しようか?」
その警備員はあたしの顔を見て心配そうに言った。
「いえ、大丈夫です。もう、帰りますから」
もたれ掛かった壁から背中を起こすとまるで支えをなくした棒のように途端によろめいて、すぐ傍まできていた警備員が慌ててあたしの身体を支えた。
すみません、と手を離したものの、まるで立ってる感覚がない。
「君、やっぱり医務室で少し休んだ方がいいよ」
「いえ、あの、本当に大丈夫・・・」
「佐倉さん」
ぼやけた意識が一気に現実に引き戻される。
「あ、宮田さん。お知り合いですか?」
ちょうどよかった、と警備員は現れた宮田くんのお父さんにあたしを託した。
「あのっ、宮田くんは・・・っ」
「とりあえず意識は取り戻したよ。これからすぐに病院に向かうんだが・・・」
一旦言葉を切り、改めてあたしを見る。
その目を見て一種の覚悟のようなものを決める傍らで、あぁやっぱりこの人は宮田くんのお父さんなんだなぁと、どこか現実離れしている自分もいた。
「その前に、あなたがきっとここで待ってるだろうから・・・・」
「『今日は一緒に帰れない』・・・と」
「・・・・・・」
「応援に来てくれてありがとう。一郎の代わりに礼を言うよ。では私はこれで・・・」
どう受け止めていいのかわからず、ただ黙って立ち尽くすあたしに一礼して宮田くんのお父さんは行ってしまった。
「宮田くん・・・」
呼んだ名前と一緒に溢れ出しそうなものを堪えるようにあたしは瞳をきつく閉じると程なくして唇に痛みが走り、すぐに苦い鉄分の味がした。
それがあたしを再び現実に引き戻し、その味をかみ締めながら後楽園ホールを後にした。
2009/05/01 PCUP
+++++atogaki+++++
宮田くんを語る上で絶対に欠かせない試合です。今となっては・・・って感じなんですが、それでもやっぱり辛いですね。
11月。
今日は宮田くんの新人王トーナメント準決勝当日。
いつもそれなりに賑わっている後楽園ホールだが今日は特に人が目立っていて、ホール前には入場を待つ長蛇の列が伸びていた。
「今日はやっぱフェザー級の準決勝だろ」
「宮田は強いぜ。あのスピードは新人じゃねぇよ」
「相手の間柴ってのも負け知らずだろ」
「フリッカー使うなんて、間柴もタダ者じゃねぇよな」
「今日は面白くなるぜ」
宮田くんの試合はいつも観客が多いけれど
今日は特に多い気がする。
それも、生粋のボクシングファンという男の人。
今のような会話がそこかしこで囁かれている。
相手の人、強いのかな。
ボクシングを観るようにはなったけど、あたしは宮田くん以外の試合は観たことがなくて、彼以外の選手を殆ど知らない。
でも、宮田くんが負けるわけないよね。
ホールに入り、手にしたチケットの座席を確認しながらあたしは席に急いだ。
試合開始時間が近づくにつれて、会場をほぼ埋め尽くした観客からも緊張感が漂う。
宮田くんと、対戦相手の間柴選手が登場すると俄かにざわめきが起こる。
リングアナのアナウンスに宮田くんは右拳を軽く上げて応え、引き続き間柴選手のアナウンスが入る。
リング中央に歩みよる二人は互いに俯いたままじっと瞳を閉じる。
コーナーに戻ってからも、瞳を上げることはない。
静まり返る会場。
ここにいる全ての人が試合開始を告げるゴングが鳴るのを待ちわびる。
只ならぬ緊張感。
それでも、あたしの中には宮田くんの勝利という気持ちしかなくて、大きな期待の溢れる中、ゴングが鳴った。
3R2分22秒。
宮田くんの身体が弧を描くように宙を舞う。
それはまるでフィルムをスローモーションでコマ送りするみたいにひとつひとつ鮮明に、あたしの脳裏に刻み込まれていく。
――― ナ ニ コ レ
「勝者、間柴ァァ!」
リング中央に倒れた宮田くんの姿が視覚から脳に伝わり、途切れていた聴覚から聞こえてきたのは試合終了を告げる声と、鳴り止まないゴングの音。
――― ウ ル サ イ
赤コーナーからセコンド陣が駆け寄り、宮田くんのお父さんの呼びかける悲痛な声がホールに響き渡る。
それでも宮田くんはピクリとも動かない。
――― ワ カ ラ ナ イ
会場が騒然とする中、宮田くんは担架に乗せられる。
そして、リングを降り会場を去るまで、宮田くんの意識が戻ることはなかった。
一階、エレベーター前。
無機質な音と共にエレベーターのドアが開く。
人が流れるように出口に向かう。
足音、話し声。
ここで待ち伏せするのは今日で三度目になる。
ただ、今日のあたしは冷たい壁に身体を預けて立ち竦んでいた。
会場からどうやってここまできたのか記憶がない。
思考が止まり、力が入らない。
ガラス張りの出入り口の向こうに見える通りから賑わう街の喧騒が遠くで聞こえる。
全てのものがまるで関係のない他人事のように感じる。
「君、大丈夫?」
それが自分宛のものと気付くのに数秒かかった。
「あ・・・はい」
「随分顔色悪いけど、医務室まで案内しようか?」
その警備員はあたしの顔を見て心配そうに言った。
「いえ、大丈夫です。もう、帰りますから」
もたれ掛かった壁から背中を起こすとまるで支えをなくした棒のように途端によろめいて、すぐ傍まできていた警備員が慌ててあたしの身体を支えた。
すみません、と手を離したものの、まるで立ってる感覚がない。
「君、やっぱり医務室で少し休んだ方がいいよ」
「いえ、あの、本当に大丈夫・・・」
「佐倉さん」
ぼやけた意識が一気に現実に引き戻される。
「あ、宮田さん。お知り合いですか?」
ちょうどよかった、と警備員は現れた宮田くんのお父さんにあたしを託した。
「あのっ、宮田くんは・・・っ」
「とりあえず意識は取り戻したよ。これからすぐに病院に向かうんだが・・・」
一旦言葉を切り、改めてあたしを見る。
その目を見て一種の覚悟のようなものを決める傍らで、あぁやっぱりこの人は宮田くんのお父さんなんだなぁと、どこか現実離れしている自分もいた。
「その前に、あなたがきっとここで待ってるだろうから・・・・」
「『今日は一緒に帰れない』・・・と」
「・・・・・・」
「応援に来てくれてありがとう。一郎の代わりに礼を言うよ。では私はこれで・・・」
どう受け止めていいのかわからず、ただ黙って立ち尽くすあたしに一礼して宮田くんのお父さんは行ってしまった。
「宮田くん・・・」
呼んだ名前と一緒に溢れ出しそうなものを堪えるようにあたしは瞳をきつく閉じると程なくして唇に痛みが走り、すぐに苦い鉄分の味がした。
それがあたしを再び現実に引き戻し、その味をかみ締めながら後楽園ホールを後にした。
2009/05/01 PCUP
+++++atogaki+++++
宮田くんを語る上で絶対に欠かせない試合です。今となっては・・・って感じなんですが、それでもやっぱり辛いですね。