短編
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たこやきパラダイス
予定のない週末。
―――今日は一歩も外に出ない
そう決めていた澪はいつもより二時間近く寝坊し、デニムにパーカーというラフな格好で
テレビを見たり、雑誌を読んだり、朝から自由気ままなひとりの時間を満喫していた。
特になにをしてるというわけでもないのに人間というのは不思議なもので、時間がくると空腹感が襲ってくる。
もうそんな時間?と時計を見ると、とうに昼を過ぎていた。
休みの日はどうしても自堕落になってしまうなぁと思いながら、雑誌を置いて朝からソファに埋もれたままの重い身体を起こした。
キッチンに行き冷蔵庫を開けて愕然とする。
―――しまった
卵2個とミネラルウォーター、そして調味料しか入ってない冷蔵庫の前でガックリとうな垂れる。
あれこれと考えを巡らせ、それでもやっぱり買出しに行かなければならないという結論に達した[#da=2#]は覚悟を決めてクローゼットからコートを取り出した。
袖を通しながらも面倒で行きたくないという気持ちがいっぱいで、気乗りしないままふと窓の外を見た。
先程まで時折日差しが入っていた空がどんよりと曇っている。
窓を開けて確認するとアスファルトの色が点々と変わり、細かな雨が降り出していた。
片袖を通していたコートを脱いでしばらく見ていたが、どうにもやみそうにないと確信した頃には買出しに行く気力はとうになくなっていた。
―――仕方ないなぁ
キッチンの吊り戸棚を開け、目当てのカップ麺に手を伸ばすと、その奥にあるタコ焼き粉に視線が留まった。
―――そういえば冷凍庫にムキエビがあったっけ
吊り戸を開けたまま冷凍庫を確認すると、手にしたカップ麺とタコ焼き粉を持ち替えた。
具材(といってもエビだけ)を切り、生地を作ってタコ焼き器に流す。
久しぶりに作る『タコ焼き』ならぬ『エビ焼き』だったが、[#da=2#]はピックを使って軽快に焼いていた。
はみ出した生地をひとつひとつに押し込んで丸い形に整った頃、窓を閉めていても聞こえるくらいの雨足になっていた。
―――やっぱり買出しやめて正解だったな
間違ってなかった選択に澪は随分気をよくしながらピックを動かす。
あとは表面に焼き色がつけば完成という時だった。
ピンポーン
こんな時間に誰だろう、と思ったのも束の間。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
連打されるインターホンにピックを持つ手に力が入る。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
タコ焼き器の電源をオフにし、ツカツカと玄関に向かう。
ピンポーンピンポーンピンポ・・・
「うるさい!」
「なんやおったんか~助かっ・・・ってちょお!危ないやん!!」
ドアが開いた途端、ピックの切っ先を向けられた千堂は慌てて身体を仰け反った。
「一回鳴らせばわかるっていつも言ってるでしょ!ウルサイのよ」
「そない言うたかて、自分こないだ昼間はだいたいセールスやから居留守使う言うとったやん」
「千堂くんも似たようなモンじゃない」
「お前なぁ・・・それよりちょお入れてぇな。ロードの途中で降ってきよって濡れてんねん」
「え?」
よく見れば千堂の髪は濡れ、ジャージもしっとり濡れていた。
「な?頼むわ」
濡れ鼠ならぬ濡れ猫のような千堂に、そういう頼み方をされると追い返せなくなる澪は仕方なく部屋に招き入れた。
「はいバスタオル。千堂くんが着れそうな服なんてないからこれで何とかして」
「おおきに。けど降り出してからすぐココ向かってきたからそない濡れてへんわ」
ガシガシと髪を拭きながら答える千堂。
何でここに向かってくるかな、と思いながら
[#da=2#]は少し湿ったジャージの上着をハンガーにかけると、部屋の中央でドカリと座る千堂をすり抜けてキッチンに戻った。
「なんや?これからメシ食うんか」
「うん」
余熱で程よく焼き色の付いたエビ焼きを手早く皿にのせ、ソースとマヨネーズをつけその上から青海苔と鰹節をまぶす。
「千堂くんも食べる?」
「おっ!タコ焼きか。ええなぁ!!食う食う」
運ばれてきた皿に目を輝かせる千堂。
「取り皿とお箸出すからちょっと待ってね」
「めっちゃうまそうやん~ええ時来たわぁ」
「あ、でもタコなかったからエビ入れたの」
どうぞ、と皿と箸を前に差し出すと、千堂の纏う空気が一瞬で変わった。
「なんやて?」
「だから、あり合わせで作ったらタコ焼き粉で作ったエビ焼き、かな」
千堂の向かいに座り、いっただきまーすとエビ焼きに箸を伸ばした時だった。
.
「ちょお待たんかい!こんなもんタコ焼きちゃうやんけー!」
「だからタコ焼きじゃなくてエビ焼きだって言ってるじゃない」
もの凄い勢いでクレームをつける千堂を軽くかわし、澪はようやく最初のひとつをほお張った。
―――うん。おいしい
満足気な澪を見て千堂はますます言い寄った。
「アホか!タコないのにタコ焼きなんかすんな!」
「仕方ないでしょ!雨の中買い物に行くの嫌なんだもん。そんなに言うなら千堂くんが買ってくればいいでしょ」
「なんでワイが行かなアカンねん」
「だったらいちいち文句言わないでよ。ていうか、もうあげない!」
千堂のあまりのしつこさにシビレを切らした澪はエビ焼きの載った皿を奪った。
「あっ!コラ、こっち置かんかい!」
「嫌!人がせっかくご馳走してあげようと思ったのにいちいちウルサイよ!だいたい、前から言いたかったんだけど千堂くんどうしてしょっちゅううちに来るのよ」
千堂とは澪がダイエット目的で通い始めたボクシングジムで知り合った。
「な、何でって・・・」
「最近特に多いよ?あたしがジムに行かない日はほぼ毎日じゃない。一体どういうつもり?」
「ど、どういうつもりって、そんなん・・・決まってるやろ」
珍しく口ごもる千堂に澪は構うことなく言い寄る。
「決まってるって、何が?」
明らかに動揺している千堂をさらに追い詰める。
当の千堂は視線を泳がせつつ、時折澪を見ては理由を聞くまで諦めないとばかりに睨んでいるのを確認すると、大きく息を吸って覚悟を決めた。
「だから・・・っ、お前に会いたいからに決まってるやろ」
「は・・・・・・?」
千堂の決死の告白に、文字通り澪の目が点になった。
切り出してしまえば勢いづくというもので、驚く澪に構わず、千堂は言葉を続けた。
「お前が好きや言うてんねん!!何で気付かんねん、アホ」
目が合って、事態をようやく理解した澪は咄嗟に千堂に背を向けた。
「返事・・・聞かせてもらうで」
さっきまでの和やかな雰囲気はなく、千堂の凄みのある声が言葉を紡いだ。
背中ごしに千堂からの痛いくらいの視線を感じる。
「・・・嫌」
逃げられないと覚悟した澪は小さな声で呟いた。
「嫌て・・・ワイの事が嫌いなんか」
「・・・!そうじゃなくて!」
思わず振り返る。
すぐに目が合った千堂の瞳はいつも自信に満ち溢れたそれではなく、俄か緊張の色が伺えた。
「ほな・・・!」
「違う!っていうか、言いたくない」
今度は澪の方が口篭ってしまった。
俯き、膝に乗せたエビ焼きの乗った皿の端をぐっと掴む。
それを見た千堂は形勢逆転とばかりに攻め込んできた。
.
.
「アカン。ワイはちゃんと言うてんからな。澪には答える義務がある」
「何よそれ。ていうか、アホはどっちよ!」
「どっちて、おま・・・」
「千堂くんは、あたしが好きでもない男を部屋に入れるような軽い女と思ってるの?」
「あ・・・・・」
再び背を向けた澪をそっと後ろから抱きしめる。
腕の中にすっぽり納まった小さな身体はピクリとその身を少し硬くした。
「く、苦しい・・・」
「そんな力入れてへんわ」
「・・・・・・」
「一個もらうで」
澪が持ったままの皿からエビ焼きをひとつつまみそのまま口へ運ぶ。
「ん?けっこうイケるやん」
「そ、そうでしょ?」
「それにタコはここにいとるしな」
「?」
「お前、めっちゃ顔赤いで。耳まで真っ赤や」
そう言って左の耳朶にそっと唇を寄せようとした。
と、その時。
.
『コラァァァァ千堂!なにやっとんねん!!はよ帰ってこんかいーーー!』
「わぁ!!や、柳岡はんっ?!」
突然聞こえてきた柳岡トレーナーの声に、千堂は心底驚いて慌てて澪から離れた。
その様子に、澪はこれ以上ないくらいに大笑いしていた。
「え・・・、あれ?柳岡はん・・・?」
見回してみてもそこは澪の部屋で、涙を浮かべて爆笑している澪しか見当たらない。
「おいコラァ!!どういう事やねん!!説明しろやァァァ」
青ざめたと思ったら今度は真っ赤になって怒り出した千堂に、どうにか笑いを収えた澪はいつの間にか手にしている携帯電話を見せながらボタンを押した。
『コラァァァァ千堂!なにやっとんねん!!はよ帰ってこんかいーーー!』
「あ・・・・・」
「最近、千堂くんがロードワークから帰ってくるのが遅いって柳岡さんがボヤいてるの聞いてね、ウチに寄り道してますよって言ったらこの声入れてくれたの」
大成功とばかりに大喜びする澪に千堂はぐったりうな垂れた。
「千堂くん、今はやらなくちゃいけないことがあるんでしょ。こんなトコで油売ってないで、はやくジムに帰った帰った。そうじゃないと、今度は本物の柳岡さん来てもらうよ?」
皿を置いてすっかり乾いたジャージを渡すと千堂は渋々それを受け取って袖を通した。
それでも何か言いたげな千堂を追い立てるように玄関まで促すと、諦めたように靴を履いた。
「じゃ、練習頑張ってねー」
「なぁ!ちょお、まだ返事聞いてへんねんけど」
笑顔で送り出す澪に千堂は必死に問いかける。
それでも無言の笑顔のままの澪に千堂はなす術もなく、名残惜しそうに澪の顔を見てからトボトボと玄関を出た。
「ねぇ」
すっかり落胆した千堂はその声に力なく振り返った。
「次来るときはタコ買ってきてよね」
「ぁあ?」
「千堂くん来るの、待ってるから」
言ってから、少し頬を染めて視線を外す澪。
その様子で意味を理解した千堂はみるみる顔を綻ばせた。
そして嬉しさのあまり澪に抱きつこうとして返り討ちにあったのは言うまでもない。
そしてその日の練習を終えてすぐ、タコとエビを持参して早々に澪の部屋を訪れたのはまた別の話。
END
2010/02/04 UP
+++++atogaki+++++
元ネタは実体験より。
あ、最初の食材ない云々~の部分だけですよ!
8割書いて熟成すること一年(爆)熟成の効果もなくグダグダな終わり方になってしまいました。
そしてやっぱりどこか懐かしい展開にクスリと笑っていただければ幸いです。
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予定のない週末。
―――今日は一歩も外に出ない
そう決めていた澪はいつもより二時間近く寝坊し、デニムにパーカーというラフな格好で
テレビを見たり、雑誌を読んだり、朝から自由気ままなひとりの時間を満喫していた。
特になにをしてるというわけでもないのに人間というのは不思議なもので、時間がくると空腹感が襲ってくる。
もうそんな時間?と時計を見ると、とうに昼を過ぎていた。
休みの日はどうしても自堕落になってしまうなぁと思いながら、雑誌を置いて朝からソファに埋もれたままの重い身体を起こした。
キッチンに行き冷蔵庫を開けて愕然とする。
―――しまった
卵2個とミネラルウォーター、そして調味料しか入ってない冷蔵庫の前でガックリとうな垂れる。
あれこれと考えを巡らせ、それでもやっぱり買出しに行かなければならないという結論に達した[#da=2#]は覚悟を決めてクローゼットからコートを取り出した。
袖を通しながらも面倒で行きたくないという気持ちがいっぱいで、気乗りしないままふと窓の外を見た。
先程まで時折日差しが入っていた空がどんよりと曇っている。
窓を開けて確認するとアスファルトの色が点々と変わり、細かな雨が降り出していた。
片袖を通していたコートを脱いでしばらく見ていたが、どうにもやみそうにないと確信した頃には買出しに行く気力はとうになくなっていた。
―――仕方ないなぁ
キッチンの吊り戸棚を開け、目当てのカップ麺に手を伸ばすと、その奥にあるタコ焼き粉に視線が留まった。
―――そういえば冷凍庫にムキエビがあったっけ
吊り戸を開けたまま冷凍庫を確認すると、手にしたカップ麺とタコ焼き粉を持ち替えた。
具材(といってもエビだけ)を切り、生地を作ってタコ焼き器に流す。
久しぶりに作る『タコ焼き』ならぬ『エビ焼き』だったが、[#da=2#]はピックを使って軽快に焼いていた。
はみ出した生地をひとつひとつに押し込んで丸い形に整った頃、窓を閉めていても聞こえるくらいの雨足になっていた。
―――やっぱり買出しやめて正解だったな
間違ってなかった選択に澪は随分気をよくしながらピックを動かす。
あとは表面に焼き色がつけば完成という時だった。
ピンポーン
こんな時間に誰だろう、と思ったのも束の間。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
連打されるインターホンにピックを持つ手に力が入る。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
タコ焼き器の電源をオフにし、ツカツカと玄関に向かう。
ピンポーンピンポーンピンポ・・・
「うるさい!」
「なんやおったんか~助かっ・・・ってちょお!危ないやん!!」
ドアが開いた途端、ピックの切っ先を向けられた千堂は慌てて身体を仰け反った。
「一回鳴らせばわかるっていつも言ってるでしょ!ウルサイのよ」
「そない言うたかて、自分こないだ昼間はだいたいセールスやから居留守使う言うとったやん」
「千堂くんも似たようなモンじゃない」
「お前なぁ・・・それよりちょお入れてぇな。ロードの途中で降ってきよって濡れてんねん」
「え?」
よく見れば千堂の髪は濡れ、ジャージもしっとり濡れていた。
「な?頼むわ」
濡れ鼠ならぬ濡れ猫のような千堂に、そういう頼み方をされると追い返せなくなる澪は仕方なく部屋に招き入れた。
「はいバスタオル。千堂くんが着れそうな服なんてないからこれで何とかして」
「おおきに。けど降り出してからすぐココ向かってきたからそない濡れてへんわ」
ガシガシと髪を拭きながら答える千堂。
何でここに向かってくるかな、と思いながら
[#da=2#]は少し湿ったジャージの上着をハンガーにかけると、部屋の中央でドカリと座る千堂をすり抜けてキッチンに戻った。
「なんや?これからメシ食うんか」
「うん」
余熱で程よく焼き色の付いたエビ焼きを手早く皿にのせ、ソースとマヨネーズをつけその上から青海苔と鰹節をまぶす。
「千堂くんも食べる?」
「おっ!タコ焼きか。ええなぁ!!食う食う」
運ばれてきた皿に目を輝かせる千堂。
「取り皿とお箸出すからちょっと待ってね」
「めっちゃうまそうやん~ええ時来たわぁ」
「あ、でもタコなかったからエビ入れたの」
どうぞ、と皿と箸を前に差し出すと、千堂の纏う空気が一瞬で変わった。
「なんやて?」
「だから、あり合わせで作ったらタコ焼き粉で作ったエビ焼き、かな」
千堂の向かいに座り、いっただきまーすとエビ焼きに箸を伸ばした時だった。
.
「ちょお待たんかい!こんなもんタコ焼きちゃうやんけー!」
「だからタコ焼きじゃなくてエビ焼きだって言ってるじゃない」
もの凄い勢いでクレームをつける千堂を軽くかわし、澪はようやく最初のひとつをほお張った。
―――うん。おいしい
満足気な澪を見て千堂はますます言い寄った。
「アホか!タコないのにタコ焼きなんかすんな!」
「仕方ないでしょ!雨の中買い物に行くの嫌なんだもん。そんなに言うなら千堂くんが買ってくればいいでしょ」
「なんでワイが行かなアカンねん」
「だったらいちいち文句言わないでよ。ていうか、もうあげない!」
千堂のあまりのしつこさにシビレを切らした澪はエビ焼きの載った皿を奪った。
「あっ!コラ、こっち置かんかい!」
「嫌!人がせっかくご馳走してあげようと思ったのにいちいちウルサイよ!だいたい、前から言いたかったんだけど千堂くんどうしてしょっちゅううちに来るのよ」
千堂とは澪がダイエット目的で通い始めたボクシングジムで知り合った。
「な、何でって・・・」
「最近特に多いよ?あたしがジムに行かない日はほぼ毎日じゃない。一体どういうつもり?」
「ど、どういうつもりって、そんなん・・・決まってるやろ」
珍しく口ごもる千堂に澪は構うことなく言い寄る。
「決まってるって、何が?」
明らかに動揺している千堂をさらに追い詰める。
当の千堂は視線を泳がせつつ、時折澪を見ては理由を聞くまで諦めないとばかりに睨んでいるのを確認すると、大きく息を吸って覚悟を決めた。
「だから・・・っ、お前に会いたいからに決まってるやろ」
「は・・・・・・?」
千堂の決死の告白に、文字通り澪の目が点になった。
切り出してしまえば勢いづくというもので、驚く澪に構わず、千堂は言葉を続けた。
「お前が好きや言うてんねん!!何で気付かんねん、アホ」
目が合って、事態をようやく理解した澪は咄嗟に千堂に背を向けた。
「返事・・・聞かせてもらうで」
さっきまでの和やかな雰囲気はなく、千堂の凄みのある声が言葉を紡いだ。
背中ごしに千堂からの痛いくらいの視線を感じる。
「・・・嫌」
逃げられないと覚悟した澪は小さな声で呟いた。
「嫌て・・・ワイの事が嫌いなんか」
「・・・!そうじゃなくて!」
思わず振り返る。
すぐに目が合った千堂の瞳はいつも自信に満ち溢れたそれではなく、俄か緊張の色が伺えた。
「ほな・・・!」
「違う!っていうか、言いたくない」
今度は澪の方が口篭ってしまった。
俯き、膝に乗せたエビ焼きの乗った皿の端をぐっと掴む。
それを見た千堂は形勢逆転とばかりに攻め込んできた。
.
.
「アカン。ワイはちゃんと言うてんからな。澪には答える義務がある」
「何よそれ。ていうか、アホはどっちよ!」
「どっちて、おま・・・」
「千堂くんは、あたしが好きでもない男を部屋に入れるような軽い女と思ってるの?」
「あ・・・・・」
再び背を向けた澪をそっと後ろから抱きしめる。
腕の中にすっぽり納まった小さな身体はピクリとその身を少し硬くした。
「く、苦しい・・・」
「そんな力入れてへんわ」
「・・・・・・」
「一個もらうで」
澪が持ったままの皿からエビ焼きをひとつつまみそのまま口へ運ぶ。
「ん?けっこうイケるやん」
「そ、そうでしょ?」
「それにタコはここにいとるしな」
「?」
「お前、めっちゃ顔赤いで。耳まで真っ赤や」
そう言って左の耳朶にそっと唇を寄せようとした。
と、その時。
.
『コラァァァァ千堂!なにやっとんねん!!はよ帰ってこんかいーーー!』
「わぁ!!や、柳岡はんっ?!」
突然聞こえてきた柳岡トレーナーの声に、千堂は心底驚いて慌てて澪から離れた。
その様子に、澪はこれ以上ないくらいに大笑いしていた。
「え・・・、あれ?柳岡はん・・・?」
見回してみてもそこは澪の部屋で、涙を浮かべて爆笑している澪しか見当たらない。
「おいコラァ!!どういう事やねん!!説明しろやァァァ」
青ざめたと思ったら今度は真っ赤になって怒り出した千堂に、どうにか笑いを収えた澪はいつの間にか手にしている携帯電話を見せながらボタンを押した。
『コラァァァァ千堂!なにやっとんねん!!はよ帰ってこんかいーーー!』
「あ・・・・・」
「最近、千堂くんがロードワークから帰ってくるのが遅いって柳岡さんがボヤいてるの聞いてね、ウチに寄り道してますよって言ったらこの声入れてくれたの」
大成功とばかりに大喜びする澪に千堂はぐったりうな垂れた。
「千堂くん、今はやらなくちゃいけないことがあるんでしょ。こんなトコで油売ってないで、はやくジムに帰った帰った。そうじゃないと、今度は本物の柳岡さん来てもらうよ?」
皿を置いてすっかり乾いたジャージを渡すと千堂は渋々それを受け取って袖を通した。
それでも何か言いたげな千堂を追い立てるように玄関まで促すと、諦めたように靴を履いた。
「じゃ、練習頑張ってねー」
「なぁ!ちょお、まだ返事聞いてへんねんけど」
笑顔で送り出す澪に千堂は必死に問いかける。
それでも無言の笑顔のままの澪に千堂はなす術もなく、名残惜しそうに澪の顔を見てからトボトボと玄関を出た。
「ねぇ」
すっかり落胆した千堂はその声に力なく振り返った。
「次来るときはタコ買ってきてよね」
「ぁあ?」
「千堂くん来るの、待ってるから」
言ってから、少し頬を染めて視線を外す澪。
その様子で意味を理解した千堂はみるみる顔を綻ばせた。
そして嬉しさのあまり澪に抱きつこうとして返り討ちにあったのは言うまでもない。
そしてその日の練習を終えてすぐ、タコとエビを持参して早々に澪の部屋を訪れたのはまた別の話。
END
2010/02/04 UP
+++++atogaki+++++
元ネタは実体験より。
あ、最初の食材ない云々~の部分だけですよ!
8割書いて熟成すること一年(爆)熟成の効果もなくグダグダな終わり方になってしまいました。
そしてやっぱりどこか懐かしい展開にクスリと笑っていただければ幸いです。
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