短編
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みやたくんの長い1日
8月も終りに近いその日。
宮田はいつも通り川原ジムで汗を流していた。
バイトを終えたその足でジムに向かい、
着替えを済ませ、ストレッチから始める。
身体がほぐれたところでバンテージを巻いてシャドーを繰り返し、グローブをつけてサンドバックを叩く。
「一郎、リングに上がれ」
トレーナーである父に呼ばれ
宮田はリングに上がった。
ミットめがけてさまざまなパンチを繰り出す。
軽いステップも織り交ぜ
小気味いい音がジム内に響く。
横目に見ている練習生から溜息が零れる。
その様子を満足気に見ている木田の姿もあった。
が、しかし。
「駄目だ駄目だ。もっと集中しろ、一郎」
構えを外した宮田の父の荒い声がリングに響いた。
「・・・集中してるよ?」
「・・・・・」
ミット打ちを再開したが
程なくしてまた『駄目だ』という宮田の父は
今度はミットを外してしまった。
「・・・父さん」
「そんな気の抜けたパンチを繰り返しても何の練習にもならん。今日はもう止めだ。走って来い」
「待ってくれよ父さん!」
「いいから行け」
強い口調に宮田も観念してリングを下りロードワークに出た。
「調子いいように見えましたけど、一郎くん」
続いてリングを下りた宮田の父に木田が近づいて声をかける。
「見た目はな。だがミットごしからは何も伝わってこん。身が入ってないパンチをいくら繰り返しても時間の無駄だ」
「どうしたんですかねぇ」
「うむ・・・・」
呟きながら、ふと壁にかかった日めくりカレンダーが目に入った。
「こないだ盆が明けたと思ったらもう27日ですよ。早いですねぇ。
そういえば今日は一郎くんの誕生日ですよね。ジムに手紙やプレゼントがたくさん届いてますよ」
宮田の父の視線を追ってカレンダーを見ながら木田が言った。
誕生日という言葉にピンときた宮田の父は「そうか」とだけ呟いた。
そして宮田の集中力が途切れていた原因に思い当たった宮田の父は
クスリと笑って「あいつもまだまだだな」と誰にも聞こえないように呟いた。
結局その日はグローブをつけさせてもらえず、基礎トレ中心のメニューをこなし、練習を終えた。
帰り道、宮田はスポーツバックとは別に両手一杯に紙袋を持っていた。
帰りがけに事務所に寄るように言われ、行ってみると持たされた。
『今日は誕生日だったよね。おめでとう。はいこれ、一郎くん宛にジムに届いたプレゼントと手紙』
ファンは有難いねぇと川原会長はご満悦だったが、宮田からすれば同じようなものをいくつももらっても困るというのが本音だった。
全部を持ち帰るわけにもいかず、タオル類はジムで使ってもらうことにして、残りと手紙は持ち帰ることにした。
本当は持ち帰ったところで置く場所にも困るので遠慮したいところだが
『応援してくれる人の気持ちは大切にしろ』という父の教えもあって、特に手紙の類は必ず目を通すようにしていた。
「あれー、宮田じゃん」
ただでさえ今日は疲れているのに、一番会いたくない連中に会ってしまった。
「・・・どうも」
振り返るとそこには予想を裏切らず、鴨川ジムのメンバーがぞろぞろ歩いてきた。
「今帰りか?」
「少しは強くなったかね、虚弱君!」
「宮田くん!!」
声をかけてきた木村以外がほぼ同時に話しかけてくる。
青木さんはまぁ、いいとして
いちいちうるせーよ鷹村さん。
あと幕之内は何でいつもそんなに嬉しそうなんだよ。気持ち悪い。
言いたいことは山ほどあったが、相手をすればロクなことにならない。
とりあえず早くこの場から退散しようと思った。
「ええ。今ジムからの帰りです。じゃ」
ごちゃごちゃ考えるより言いたいことだけ言って立ち去るのが得策。
そう思って実践しようとしたがそんなに甘い連中ではない。
「ジムの帰りっつー割にやけに大荷物じゃねぇか。何だこれは」
「あっ」
一瞬の隙に鷹村が荷物を一つを奪う。
中には大小さまざまな大きさのプレゼントや手紙がぎっしり詰まっていた。
「ファンからのプレゼントか。相変わらず宮田のクセに生意気だな」
うるせーよ
「しかしスゲェな、お前」
知るかよ
「そうか!今日は宮田くん、誕生日だもんね!」
だから何でお前が知ってるんだよ
「何?キサマ誕生日なのか。だったらオレ様達がこれから・・」
!幕之内め、余計な事言いやがって・・・
「それはマズいっすよ鷹村さん」
調子付きそうな鷹村を珍しく青木が諌めた。
「澪ちゃんと付き合って初めての誕生日だろ、宮田。オレだって誕生日はトミ子と二人っきりで過ごしたいですからね」
トミ子って誰だよ、と心の中で突っ込みながらも、デレーっと鼻を伸ばす青木の意見は有難かった。
「いや、その心配はいらねぇ。澪ちゃんは昨日から泊まりの出張で帰ってくるのは明日のはずだ」
「!何で木村さんがそんな事知ってるんですか」
とにかく相手にしないとだんまりを決め込んでいたが、木村の言葉に思わず声が出た。
「昨日の朝でっかい荷物持ってる澪ちゃんに会ったからよ、そン時聞いた」
澪の自宅は木村の花屋の近くで
毎朝店の前を通ると聞いていた。
「あれで澪は結構モテるからな。出張って本当に出張なのかな~?ボクシングバカな一郎ちゃんは愛想尽かされたんじゃないのかな~?」
「そんな事あるわけないだろ!」
悪魔顔の鷹村に耳を貸してはいけない、
言い返せば悪魔の思うツボであることはわかっていたが澪の事となるとついムキになってしまう。
澪に限って他の誰かとどうこうという心配は全くしていないが、愛想尽かされるという点においては少なからず恐れていることでもあった。
焦る宮田。
しかしそんな宮田が冷静さを取り戻したのは
幕之内のこの一言だった。
「そうですよ!宮田くんほどかっこいい彼氏がいて他の人に目移りなんてするわけないじゃないですか」
一同、沈黙。
夏の夜の、生ぬるい風が吹き抜ける。
一瞬眩暈を覚えたが、その一言で流れが変わったのは確かだった。
初めて幕之内に心の中で少しだけ感謝して宮田はその隙に退散することに成功した。
澪とは宮田がまだ鴨川ジムにいた頃に知り合った。
ボクシング以外何も目に入らなかった宮田が、気付けばいつも近くで支えてくれていたのが澪だった。
その気持ちに気付くのにも随分時間がかかった。
ボクシングで一つの区切りが付いた時、自分の気持ちに素直に向き合う事ができ、それを伝えて数年ごしにようやく二人の関係に名前を付けることが出来た。
そして恋人として迎える初めての誕生日。
ガラにもなく期待している宮田に澪は言った。
『一郎くんごめん。泊まりで出張が入っちゃった』
それが三日前。
この春就職し、希望の職に就いた澪。
これまでは学生だった澪が全面的にボクシング中心の宮田の生活に合わせていた。
しかし社会人になってからはそうもいかず、澪の都合で約束をキャンセルされることもしばしばあった。
今まで散々、自分に合わせてもらっていたし、まただからこそ澪の生活を尊重したいとも思っていた。
こちらを優先してくれという思いは全くないのだが、苛立っている自分がいるのも事実だった。
『誕生日のお祝いは、帰ったら必ずさせてね』
最後まで申し訳なさそうな澪の顔が浮かんだ。
明かりのない部屋に帰り着く。
一人暮らしを始めてもう随分経ち、慣れてるはずが今日はやけに堪えた。
溜息をこぼして明かりをつける。
スポーツバックと一緒に、持っていた荷物を無造作に置き、留守電を確認するが用件は入っていなかった。
勿論、携帯への連絡もない。
シャワーを浴び適当に夕飯を済ませて、ようやく一息というのに落ち着かない。
普段はその存在すら忘れている携帯がやけに気になった。
静まり返った部屋に居心地の悪さを感じ、滅多につけないテレビの電源を入れる。
お笑い番組だろうか、自分と同じ年くらいの
顔も名前も知らない若い芸人が体を張って笑いを取っている。
「くだらねぇ・・・」
すぐにテレビを消した。
再び訪れる静寂。
無反応の携帯。
「ムカつく」
言ったものの、一体何に対してなのか、わからない。
これ以上起きててもロクなことを考えそうになかったので、電気を消してベットに横になった。
程なくして暗闇に慣れた目が見慣れた天井をぼんやりと映し出す。
「・・・どうかしてるぜ」
時計の音がやけに耳についた。
そういえば、と子供の頃に思いを馳せる。
父と二人で暮らし始めてから誕生日を祝うことなんてなかった。
その事に対して寂しい気持ちはなかったし、まして不満に思った事もない。
それなのに、今の自分は誕生日にひとりでいることに寂しさに似た感情を抱いている。
否、特定の誰かがそばにいないことをとてつもなく不満に感じている。
「ガキかよ、オレは」
自嘲気味な笑みがこぼれた。
その時、突然インターホンが鳴った。
時刻はもうすぐ日付が変わる時間を指していて、悪戯だろうと無視を決め込もうとした。
しかしもう一度インターホンが鳴って、それからトントントン、と遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。
飛び起きて、暗闇の中玄関に向かい、ドアを開ける。
「・・ごめ・・ん、寝・・てた・・・?」
そこには、大きな荷物を手に、肩で息をする、宮田の言う“特定の誰か”がいた。
「澪・・・」
驚きで言葉がでない宮田。
その様子に澪は息を整えながら悪戯っぽく笑った。
「誕生日・・・おめでとう、一郎くん」
言い終えると同時に背後の時計がカチリと静かに音を立て、午前0時を知らせた。
「・・よかった、ギリギリ・・間に合っ・・・タクシー・・飛ばして、階段、駆け上って・・きたから、息が・・・」
深呼吸を繰り返す澪。
その様子をただ呆然と見つめる宮田。
「とりあえず、入っていい?」
ようやく呼吸が整ってきたのか、声のトーンが戻った澪に言われ、ここが玄関先だという事を思い出した宮田は澪の鞄を持ち、部屋に招き入れた。
「仕事は?」
明かりをつけ、キッチンでミネラルウォーターをグラスに入れて座り込んだ澪に手渡した。
ありがとう、と言いながら澪は受け取ったが口はつけず、目の前に座る宮田見た。
「昨日今日の2日で片付けた。同行した先輩からはちょっと嫌味言われちゃったけど、すべきことはやってきたからあとは明日、会社でやりますって、帰ってきちゃった」
少し肩を竦めて笑ってから手にしたミネラルウォーターを半分くらい飲み、一息ついて残りを飲み干すと、宮田は空になったグラスを受け取ってローテーブルに置いた。
「お祝い、どうしても今日言いたかったんだ。本当は、一番に、もっとちゃんと伝えたかったんだけど・・・ごめんね」
数日前に見た、澪の申し訳なさそうな顔と重なる。
気にするなと言うと、澪は視線を外し、伏し目がちに俯いた。
「それともう一つ、謝らなくちゃいけないことがあってね、最近ずっと忙しくて、プレゼント、何も用意できてないんだ」
ボソボソと呟くような声。
「ホントにごめんなさい。彼女失格だね」
今にも泣き出しそうな笑顔を向ける澪を宮田はそっと抱き寄せた。
「バカな事言ってんじゃねぇよ」
紙袋一杯のプレゼントより、何十通の手紙より、一番求めていた人をぎゅっと抱きしめる。
宮田の腕の中で、澪は小さく身体を震わせ少し泣いているようだったが「一郎くん」と名前を呼んで、見上げた表情はとても優しい笑顔だった。
「ありがとう。ね、何か欲しいものない?」
「・・・ない」
至近距離でやりとりされる会話。
「欲がないなぁ、一郎くんは」
「そうでもないぜ?」
「え?」
「意味、わかんねぇ?」
「うん」
「欲しいものはないけど、欲しい人なら、ここにいる」
そして、触れるだけのキスをする。
「一つ大人になって、そんな気障な事も言えるようになったんだ?」
顔を真っ赤にして言う澪に
宮田はフッと表情を和らげた。
それは澪の一番好きな、宮田の笑顔。
「・・・ズルイ。私がプレゼントもらったみたい」
そして今度は澪の方からキスをした。
「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。私を見つけてくれてありがとう。選んでくれて、ありがとう。一郎くんだいすき」
遅くなった分を取り戻すかのように
宮田の腕の中で言葉を紡ぐ。
見つめた先の、困ったような、照れたような宮田に「さっきのお返し」と澪は笑う。
「日付は変わっちゃったけど、今日は一郎くんの誕生日なんだから」
そっと、宮田の背中に腕を回す。
「今夜はそばにいるね」
「・・・ああ。でも」
互いの姿しか映っていない、見つめあう瞳。
「今夜だけじゃない。これからもずっと、そばにいろ」
「・・・誕生日にそんなコト言われたら拒否権ないじゃない」
「そんな権利が必要かよ」
「ううん。いらない」
そして今度は互いに引き寄せあうように
どちらからともなく口唇が重なった。
宮田の長かった1日が終わり、
これから甘く長い夜が始まる。
END
2009/10/23 UP
+++++atogaki+++++
8月27日の宮田くんの誕生日に合わせて桜風さんが【宮田一郎誕生祭―略して『みやたん』―】を開催してくださいました!
【宮田一郎を幸せに】という趣旨の元、喜び勇んで参加したのですが、書き上がってきたのは誰ですかこの人(爆)
誕生祭という大義名分がなければ書けなかった一品です。
闇に葬り去ろうかとも思ったんですが、貧乏性なので潔くUPです(苦笑)
更新に際し、改めて目を通さざるを得なかったんですが、どんな罰ゲームだよっていう(凹)
名前変換の不備等ありましたらコッソリお知らせ頂けると助かります。なんか絶対ありそうなんだもの・・・
8月も終りに近いその日。
宮田はいつも通り川原ジムで汗を流していた。
バイトを終えたその足でジムに向かい、
着替えを済ませ、ストレッチから始める。
身体がほぐれたところでバンテージを巻いてシャドーを繰り返し、グローブをつけてサンドバックを叩く。
「一郎、リングに上がれ」
トレーナーである父に呼ばれ
宮田はリングに上がった。
ミットめがけてさまざまなパンチを繰り出す。
軽いステップも織り交ぜ
小気味いい音がジム内に響く。
横目に見ている練習生から溜息が零れる。
その様子を満足気に見ている木田の姿もあった。
が、しかし。
「駄目だ駄目だ。もっと集中しろ、一郎」
構えを外した宮田の父の荒い声がリングに響いた。
「・・・集中してるよ?」
「・・・・・」
ミット打ちを再開したが
程なくしてまた『駄目だ』という宮田の父は
今度はミットを外してしまった。
「・・・父さん」
「そんな気の抜けたパンチを繰り返しても何の練習にもならん。今日はもう止めだ。走って来い」
「待ってくれよ父さん!」
「いいから行け」
強い口調に宮田も観念してリングを下りロードワークに出た。
「調子いいように見えましたけど、一郎くん」
続いてリングを下りた宮田の父に木田が近づいて声をかける。
「見た目はな。だがミットごしからは何も伝わってこん。身が入ってないパンチをいくら繰り返しても時間の無駄だ」
「どうしたんですかねぇ」
「うむ・・・・」
呟きながら、ふと壁にかかった日めくりカレンダーが目に入った。
「こないだ盆が明けたと思ったらもう27日ですよ。早いですねぇ。
そういえば今日は一郎くんの誕生日ですよね。ジムに手紙やプレゼントがたくさん届いてますよ」
宮田の父の視線を追ってカレンダーを見ながら木田が言った。
誕生日という言葉にピンときた宮田の父は「そうか」とだけ呟いた。
そして宮田の集中力が途切れていた原因に思い当たった宮田の父は
クスリと笑って「あいつもまだまだだな」と誰にも聞こえないように呟いた。
結局その日はグローブをつけさせてもらえず、基礎トレ中心のメニューをこなし、練習を終えた。
帰り道、宮田はスポーツバックとは別に両手一杯に紙袋を持っていた。
帰りがけに事務所に寄るように言われ、行ってみると持たされた。
『今日は誕生日だったよね。おめでとう。はいこれ、一郎くん宛にジムに届いたプレゼントと手紙』
ファンは有難いねぇと川原会長はご満悦だったが、宮田からすれば同じようなものをいくつももらっても困るというのが本音だった。
全部を持ち帰るわけにもいかず、タオル類はジムで使ってもらうことにして、残りと手紙は持ち帰ることにした。
本当は持ち帰ったところで置く場所にも困るので遠慮したいところだが
『応援してくれる人の気持ちは大切にしろ』という父の教えもあって、特に手紙の類は必ず目を通すようにしていた。
「あれー、宮田じゃん」
ただでさえ今日は疲れているのに、一番会いたくない連中に会ってしまった。
「・・・どうも」
振り返るとそこには予想を裏切らず、鴨川ジムのメンバーがぞろぞろ歩いてきた。
「今帰りか?」
「少しは強くなったかね、虚弱君!」
「宮田くん!!」
声をかけてきた木村以外がほぼ同時に話しかけてくる。
青木さんはまぁ、いいとして
いちいちうるせーよ鷹村さん。
あと幕之内は何でいつもそんなに嬉しそうなんだよ。気持ち悪い。
言いたいことは山ほどあったが、相手をすればロクなことにならない。
とりあえず早くこの場から退散しようと思った。
「ええ。今ジムからの帰りです。じゃ」
ごちゃごちゃ考えるより言いたいことだけ言って立ち去るのが得策。
そう思って実践しようとしたがそんなに甘い連中ではない。
「ジムの帰りっつー割にやけに大荷物じゃねぇか。何だこれは」
「あっ」
一瞬の隙に鷹村が荷物を一つを奪う。
中には大小さまざまな大きさのプレゼントや手紙がぎっしり詰まっていた。
「ファンからのプレゼントか。相変わらず宮田のクセに生意気だな」
うるせーよ
「しかしスゲェな、お前」
知るかよ
「そうか!今日は宮田くん、誕生日だもんね!」
だから何でお前が知ってるんだよ
「何?キサマ誕生日なのか。だったらオレ様達がこれから・・」
!幕之内め、余計な事言いやがって・・・
「それはマズいっすよ鷹村さん」
調子付きそうな鷹村を珍しく青木が諌めた。
「澪ちゃんと付き合って初めての誕生日だろ、宮田。オレだって誕生日はトミ子と二人っきりで過ごしたいですからね」
トミ子って誰だよ、と心の中で突っ込みながらも、デレーっと鼻を伸ばす青木の意見は有難かった。
「いや、その心配はいらねぇ。澪ちゃんは昨日から泊まりの出張で帰ってくるのは明日のはずだ」
「!何で木村さんがそんな事知ってるんですか」
とにかく相手にしないとだんまりを決め込んでいたが、木村の言葉に思わず声が出た。
「昨日の朝でっかい荷物持ってる澪ちゃんに会ったからよ、そン時聞いた」
澪の自宅は木村の花屋の近くで
毎朝店の前を通ると聞いていた。
「あれで澪は結構モテるからな。出張って本当に出張なのかな~?ボクシングバカな一郎ちゃんは愛想尽かされたんじゃないのかな~?」
「そんな事あるわけないだろ!」
悪魔顔の鷹村に耳を貸してはいけない、
言い返せば悪魔の思うツボであることはわかっていたが澪の事となるとついムキになってしまう。
澪に限って他の誰かとどうこうという心配は全くしていないが、愛想尽かされるという点においては少なからず恐れていることでもあった。
焦る宮田。
しかしそんな宮田が冷静さを取り戻したのは
幕之内のこの一言だった。
「そうですよ!宮田くんほどかっこいい彼氏がいて他の人に目移りなんてするわけないじゃないですか」
一同、沈黙。
夏の夜の、生ぬるい風が吹き抜ける。
一瞬眩暈を覚えたが、その一言で流れが変わったのは確かだった。
初めて幕之内に心の中で少しだけ感謝して宮田はその隙に退散することに成功した。
澪とは宮田がまだ鴨川ジムにいた頃に知り合った。
ボクシング以外何も目に入らなかった宮田が、気付けばいつも近くで支えてくれていたのが澪だった。
その気持ちに気付くのにも随分時間がかかった。
ボクシングで一つの区切りが付いた時、自分の気持ちに素直に向き合う事ができ、それを伝えて数年ごしにようやく二人の関係に名前を付けることが出来た。
そして恋人として迎える初めての誕生日。
ガラにもなく期待している宮田に澪は言った。
『一郎くんごめん。泊まりで出張が入っちゃった』
それが三日前。
この春就職し、希望の職に就いた澪。
これまでは学生だった澪が全面的にボクシング中心の宮田の生活に合わせていた。
しかし社会人になってからはそうもいかず、澪の都合で約束をキャンセルされることもしばしばあった。
今まで散々、自分に合わせてもらっていたし、まただからこそ澪の生活を尊重したいとも思っていた。
こちらを優先してくれという思いは全くないのだが、苛立っている自分がいるのも事実だった。
『誕生日のお祝いは、帰ったら必ずさせてね』
最後まで申し訳なさそうな澪の顔が浮かんだ。
明かりのない部屋に帰り着く。
一人暮らしを始めてもう随分経ち、慣れてるはずが今日はやけに堪えた。
溜息をこぼして明かりをつける。
スポーツバックと一緒に、持っていた荷物を無造作に置き、留守電を確認するが用件は入っていなかった。
勿論、携帯への連絡もない。
シャワーを浴び適当に夕飯を済ませて、ようやく一息というのに落ち着かない。
普段はその存在すら忘れている携帯がやけに気になった。
静まり返った部屋に居心地の悪さを感じ、滅多につけないテレビの電源を入れる。
お笑い番組だろうか、自分と同じ年くらいの
顔も名前も知らない若い芸人が体を張って笑いを取っている。
「くだらねぇ・・・」
すぐにテレビを消した。
再び訪れる静寂。
無反応の携帯。
「ムカつく」
言ったものの、一体何に対してなのか、わからない。
これ以上起きててもロクなことを考えそうになかったので、電気を消してベットに横になった。
程なくして暗闇に慣れた目が見慣れた天井をぼんやりと映し出す。
「・・・どうかしてるぜ」
時計の音がやけに耳についた。
そういえば、と子供の頃に思いを馳せる。
父と二人で暮らし始めてから誕生日を祝うことなんてなかった。
その事に対して寂しい気持ちはなかったし、まして不満に思った事もない。
それなのに、今の自分は誕生日にひとりでいることに寂しさに似た感情を抱いている。
否、特定の誰かがそばにいないことをとてつもなく不満に感じている。
「ガキかよ、オレは」
自嘲気味な笑みがこぼれた。
その時、突然インターホンが鳴った。
時刻はもうすぐ日付が変わる時間を指していて、悪戯だろうと無視を決め込もうとした。
しかしもう一度インターホンが鳴って、それからトントントン、と遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。
飛び起きて、暗闇の中玄関に向かい、ドアを開ける。
「・・ごめ・・ん、寝・・てた・・・?」
そこには、大きな荷物を手に、肩で息をする、宮田の言う“特定の誰か”がいた。
「澪・・・」
驚きで言葉がでない宮田。
その様子に澪は息を整えながら悪戯っぽく笑った。
「誕生日・・・おめでとう、一郎くん」
言い終えると同時に背後の時計がカチリと静かに音を立て、午前0時を知らせた。
「・・よかった、ギリギリ・・間に合っ・・・タクシー・・飛ばして、階段、駆け上って・・きたから、息が・・・」
深呼吸を繰り返す澪。
その様子をただ呆然と見つめる宮田。
「とりあえず、入っていい?」
ようやく呼吸が整ってきたのか、声のトーンが戻った澪に言われ、ここが玄関先だという事を思い出した宮田は澪の鞄を持ち、部屋に招き入れた。
「仕事は?」
明かりをつけ、キッチンでミネラルウォーターをグラスに入れて座り込んだ澪に手渡した。
ありがとう、と言いながら澪は受け取ったが口はつけず、目の前に座る宮田見た。
「昨日今日の2日で片付けた。同行した先輩からはちょっと嫌味言われちゃったけど、すべきことはやってきたからあとは明日、会社でやりますって、帰ってきちゃった」
少し肩を竦めて笑ってから手にしたミネラルウォーターを半分くらい飲み、一息ついて残りを飲み干すと、宮田は空になったグラスを受け取ってローテーブルに置いた。
「お祝い、どうしても今日言いたかったんだ。本当は、一番に、もっとちゃんと伝えたかったんだけど・・・ごめんね」
数日前に見た、澪の申し訳なさそうな顔と重なる。
気にするなと言うと、澪は視線を外し、伏し目がちに俯いた。
「それともう一つ、謝らなくちゃいけないことがあってね、最近ずっと忙しくて、プレゼント、何も用意できてないんだ」
ボソボソと呟くような声。
「ホントにごめんなさい。彼女失格だね」
今にも泣き出しそうな笑顔を向ける澪を宮田はそっと抱き寄せた。
「バカな事言ってんじゃねぇよ」
紙袋一杯のプレゼントより、何十通の手紙より、一番求めていた人をぎゅっと抱きしめる。
宮田の腕の中で、澪は小さく身体を震わせ少し泣いているようだったが「一郎くん」と名前を呼んで、見上げた表情はとても優しい笑顔だった。
「ありがとう。ね、何か欲しいものない?」
「・・・ない」
至近距離でやりとりされる会話。
「欲がないなぁ、一郎くんは」
「そうでもないぜ?」
「え?」
「意味、わかんねぇ?」
「うん」
「欲しいものはないけど、欲しい人なら、ここにいる」
そして、触れるだけのキスをする。
「一つ大人になって、そんな気障な事も言えるようになったんだ?」
顔を真っ赤にして言う澪に
宮田はフッと表情を和らげた。
それは澪の一番好きな、宮田の笑顔。
「・・・ズルイ。私がプレゼントもらったみたい」
そして今度は澪の方からキスをした。
「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。私を見つけてくれてありがとう。選んでくれて、ありがとう。一郎くんだいすき」
遅くなった分を取り戻すかのように
宮田の腕の中で言葉を紡ぐ。
見つめた先の、困ったような、照れたような宮田に「さっきのお返し」と澪は笑う。
「日付は変わっちゃったけど、今日は一郎くんの誕生日なんだから」
そっと、宮田の背中に腕を回す。
「今夜はそばにいるね」
「・・・ああ。でも」
互いの姿しか映っていない、見つめあう瞳。
「今夜だけじゃない。これからもずっと、そばにいろ」
「・・・誕生日にそんなコト言われたら拒否権ないじゃない」
「そんな権利が必要かよ」
「ううん。いらない」
そして今度は互いに引き寄せあうように
どちらからともなく口唇が重なった。
宮田の長かった1日が終わり、
これから甘く長い夜が始まる。
END
2009/10/23 UP
+++++atogaki+++++
8月27日の宮田くんの誕生日に合わせて桜風さんが【宮田一郎誕生祭―略して『みやたん』―】を開催してくださいました!
【宮田一郎を幸せに】という趣旨の元、喜び勇んで参加したのですが、書き上がってきたのは誰ですかこの人(爆)
誕生祭という大義名分がなければ書けなかった一品です。
闇に葬り去ろうかとも思ったんですが、貧乏性なので潔くUPです(苦笑)
更新に際し、改めて目を通さざるを得なかったんですが、どんな罰ゲームだよっていう(凹)
名前変換の不備等ありましたらコッソリお知らせ頂けると助かります。なんか絶対ありそうなんだもの・・・