白菜
君の名は?
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「亜久津君……はい、出して。」
『うるせぇ。』
毎日毎日凝りもせず俺の事ばかり追いかけ回してくるこの女……目障りで仕方ねぇ。 小言ばかり言いやがって、教師がそんなに偉いのかよ。
大して年も変わらねぇ癖によ……
指図ばっかりしやがって
「何でわざわざ学校に持って来るかな。学習しなさいよ」
『うるせぇ』
「もう停学じゃ済まないよ、貴方の健康がどうなろうと私には関係ないけど、校内のルールは守りなさいよね」
『指図すんな』
「指図じゃなくて生徒指導です。早く出して、煙草」
『…………』
「何でバレないと思ってんの?吸わない人間からしたら、ニンニク臭並に分かるから。もう庇いきれないからね」
『庇ってくれなんて誰も頼んでねぇよ』
「お母さんに何とか仁を卒業させて下さいって言われたから」
『あのクソババァ……』
うちのクソババァと妙に仲良くなりやがって、ズケズケと物を言うこいつが俺は心底苦手だ。
「亜久津君……あと2年もすれば煙草なんて死ぬ程吸えんのにそんな我慢も出来ないの?その2年で人生決まる事もあるよ」
『うるせぇつってんだろ!』
「自分の人生自己責任だからね。」
『あーもぅ、うるせぇ、帰る』
「出席日数ギリギリ、座ってるだけでいいから授業に出て」
『てめぇがうるせぇから帰るんだよ』
鞄を掴んで立ち上がりうるせぇ女の横をすり抜けた。
ギャーギャーと毎日毎日うるせぇ
言われなくても分かってる
もう子供じゃないんだと何処かでは分かってる
ただ大人の小言にうんざりしてるだけだ。
「モンブラン」
『……………………どこの店のだ』
「喫茶 モンテカルロ」
『…………チッ』
誰がチクったのか知らねぇが、俺の好きな物を知ってやがる所も気に入らねぇ。
いつも絶妙に美味い店のモンブランで俺を引き止めて来る
「6限目終わったら美術準備室ね」
『分かったよ…クソが……』
「煙草は置いてって、どうせ教室で吸えないんだから」
『チッ……』
ポケットに入った煙草とライターを投げて教室へ向かった。
授業なんてくだらねぇ、高校なんて来るんじゃなかった… ババァが泣くから仕方なく進学したが、何も面白くねぇ…
毎日がくだらない。
何の為に生きているのか俺には意味が無い
6限目が終わる頃には退屈過ぎて寝そうだった。 つまらねぇ授業が終わると直ぐに4階の美術準備室に向かった。
さっさと食って帰りたい
『おい……来てやったぞ』
「お疲れ様」
にこやかに出されたモンブランは程よく冷えていい栗が乗ってやがる。
甘さは控えめで大きさも丁度いい…
制服では入りにくい店のモンブランに舌鼓を打ちながら女が出してくれた紅茶で流し込む。
あっという間に無くなったモンブランはまた食べたい店の1つになった
『美味かった…』
「良かった。週末悪さしない様にね」
『うるせぇ……じゃぁな!』
ピシャリとドアを閉めて家路に着いた。
駅の駐車場に隠したバイクに跨り家までかっ飛ばす。 今夜は何処まで走りに行こうか…… 退屈を忘れられるのは風を感じてる時だけかもしれない。
こうやって毎日毎日、先公に追いかけ回されながら退屈な時間が過ぎて行った
夏休みに入ったばかりの夜、久しぶりに溜まり場の埠頭に顔を出した。
俺と似たように不満しか無い奴らが時間を持て余してたむろしている
この辺を仕切っているのが同い年の八坂と言う男、まぁまぁ男気のある奴だと思ってる。 酒と煙草はやるがクスリには手を出さねぇ、女には手を挙げねぇがポリシーらしい。
誰かが買ってきた飯を摘みながら皆でろくでもねぇ話に花を咲かせていた。
職場の先輩がうるせーの、女が欲しいの、
喧嘩したの、警察に追われたの、人の不満に乗っかる様に同意される事で傷の舐め合いをしていただけかもしれない。
夜中0時を過ぎた頃だった……
質のいい音を響かせた真っ黒なスポーツカーが滑り込んで来た。
埠頭の1番奥の倉庫前に横付けされたその車はエンジンを切る事も無くドアが開いた。
皆の視線が一気に集中して誰が来たのかと静まり返る
細身の人影が降りて来た。ハイビームのヘッドライトが眩しくて顔が見えねぇ…
走り出した影が真っ直ぐに八坂の方へ向かう。
「八坂ァ!!!テメェ!!」
座った八坂の胸倉を掴んだと思ったらそのまま抵抗する間もなく頭突きをお見舞いする。 何が起きたのか分からない俺は隣の奴に助けなくていいのか?と視線を送りつつ立ち上がろうとして制止された。
皆、何故か1人も立ち上がらない、助けようとしない…… 何でだ……
「何時でも電話だけは出ろって言ってんだろ、テメェが何処で腐ろうが勝手だけどな親だけは泣かせんな…ぶち殺すぞ糞ガキが。返事は?」
八『はい。』
流石に見兼ねて飛び出した俺、ザワつく周囲を他所に胸倉を掴んだ手を横から掴んだ…… 男にしては小柄で少し声が女っぽい…
『そんぐらいにしとけや…テメェ…っ…』
「あ?誰が止めに入れって言った?……部外者が口出してんじゃ……っ……亜久津……」
怯まない声で下から睨み上げてくるその顔にドキッとした。 グレーのカラコンに濃い化粧、艶のない赤いルージュ……ドスの効いた声…… ガラの悪いあいつの双子かと思ったが確かに俺の名を呼んだ。
『山田……』
「…………はぁ…何でこんな所に…こんな所で腐ってんじゃねぇよ、亜久津仁。さっさと家に帰んな!」
『テメェ……』
「悪いけど!今アンタの子守りしてる場合じゃないんだわ、八坂、車に乗れ、テメェの母ちゃん事故った。」
八『……え……』
「そう言う事だから、皆も早く帰んな!」
そう言うと先公は八坂を引っ張って車に乗せるとアクセル全開で車を反転させ走り去った。
呆然と車を見送る、何時もの先公とは何もかもが、違う。 声の質や喋り方、目付き、第一車だって何時もは可愛らしい軽自動車で、通勤してた筈だ。
小言を言う時でも目は何処か優しくて、俺を掌で転がす様に甘かった……
二重人格なのか、そうとしか思えない程別人だったが、確かに山田に間違いは無さそうだった。
隣の男に聞いてみる
『さっきの女……何者なんだ?』
隣『亜久津君初めて会ったんだっけ?さっきのは不味いかも。あの人は、八坂さんの腹違いの姐さん。2代前のこの辺の仕切りしてたのが姐さん…優しいけど怒らすとまじ海に沈められる。八坂さん姐さんにだけは頭上がんないんだって。八坂さんのおかん体弱いらしくて入院する度に姐さんの家に預けられてたらしい。』
『腹違いって事は親父は同じか?』
隣『うん、おやっさんは死んじゃったらしいけどね…だからおかん同士はシングル同士仲良いみたい。亜久津君、悪い事は言わないから、姐さんには逆らわない方がいいよ、2代前って事になってるけど裏仕切ってるのは今でも姐さんだから。逆らって二度と姿見えなくなった奴もいるし。』
『……へぇ……』
先公の裏の顔かよ……
人に説教する割に自分だって滅茶苦茶な事やってんじゃねーか。
悶々としたまま夏休みをバイク屋のバイトでやり過ごす、あいつの睨み上げる目が何故が脳裏に焼き付いて離れない
ゾクゾクする様な鋭い目、あの目を無性に潤ませたくて今日もまた埠頭に向かった。
八坂が久しぶりに顔を出していた
『……母ちゃん大丈夫か。』
八『うん、ありがと、まだ目覚めないけど生きてる。後ろからトラックに追突されて車ペチャンコだったわ。まじ、今回は死ぬんじゃねーかって…ちょっと怖かったわ……』
『そうか……早く目覚めるといいな』
八『うん。俺ん家親父死んだからさ、お袋まで死んだら……まぁ、ねぇちゃん居るけど……怖ぇけど……姉弟だけどさ、お袋は違うから…中1の時に初めてねぇちゃんの存在を知ったんだ。親父の葬式で。ねぇちゃんが小さい時に親父は離婚してそれ以来会ってなかったらしいけど、俺嬉しかったんだ、姉弟欲しかったからさ』
『俺1人だから、なんか分かる』
八『……うん、そこから何かと面倒見てくれる様になってさ、中学ん時俺すげーイキがっててさ、ある時先輩からリンチ受けたんだ。そん時ねぇちゃんが1人で乗り込んで来て助けてくれたんだ。……かっこ悪いけど、頭上がんねぇんだわ。ねぇちゃんだけど、親代わりな所もあってさ、お袋仕事山程やる人でさ、ねぇちゃんが洗濯とか飯とか世話しに家に来てくれてた時期もあってさ、、、あ……つまんない話してごめん。』
『構わねぇ、俺ん家もババァと俺だけだから、なんか分かるし。』
八『ちゃんとしなきゃなって分かってんだけど、真面目になるってどうやればいいか分かんねぇんだよね(笑)結局さ、甘えてんだよね、大人になりたくないって駄々こねてるだけかもしんねぇ…親の家に住んで家賃光熱費食費出してもらってんだもん、幼稚園児と同じだな(笑)』
なんだか、耳が痛い話だった。
甘えてるだけ、きっと俺も同じだ……
『……俺も同じだ……』
八『ねぇちゃんには適わねぇ……あいつまじすげーもん。』
あの時の山田の光景が脳裏に蘇る。
『なぁ……あいつ、泣いたりすんの……』
八『見た事ねぇ……弱い所なんて1mmも見せねぇよ。』
『……そっか……』
裏の顔が見てると今まで能天気に口煩いだけのイメージが覆る、俺が思うよりハードな生き方をして来たんだろうと想像がつく。
八『あ。俺9時から学校だから、帰るわ!亜久津聞いてくれてありがと、なんか元気出たわ!』
『……学校……?』
八『うん、定時制。ねぇちゃんが高校だけは行けって学費出してくれてるからサボれねぇわ(笑)』
『……まじか』
八『じゃ!行くわ!また!』
八坂のイメージもまた少し変わった。
ダラダラサボりまくって留年ギリギリの俺とは違う。 金払って貰っといて、学校なんてめんどくせぇ、つまんねぇと不満ばかりの自分が少し恥ずかしく思えた。
1人残された俺の隣に酔っ払った奴が酒を持ってきた。
隣『亜久津君〜飲む??』
『いや、いい。俺も帰るわ』
頭を冷やしたくてバイクに跨った。
頬を切っていく風でモヤつく頭を冷やしながら宛もなく走らせた。
気付けば峠の上で朝日が昇るのを1人眺めていた、少しだけ頭がクリアになった気がした。
今日は登校日か……
柄にも無く時間内に登校し校長の退屈な話を聞いてやった。
体育館に並んだ先公の端にいつも通り薄化粧でキチッと髪を束ねスーツを着た山田がいた。
全校集会が終わると皆それぞれ部活へ向かう。
俺は山田の方へ足を向けたが山田は俺に見向きもせずさっさと体育館を出て行った。
美術準備室へ向かうが山田の姿は無かった…… チッ……
そこから2回の登校日共山田とは話せなかった。
何時もなら真っ先に俺の煙草を取り上げに来ていたのに、山田の態度はまるで俺を避けている様で俺を苛立たせた。
2学期が始まってからも山田の態度は変わらなかった、体育館裏で吸う煙草も口煩いあいつが来ないとなんだか味気ない気がした。
美術の授業中はいつも通りの立ち振る舞いをする癖に俺には話しかけて来ない、終われば女子生徒に囲まれて近寄れない。
休み時間も昼休みも放課後も美術準備室には鍵が掛かっていて山田の姿はない。
モンブラン切れも相まって俺の我慢は限界だった
美術の授業が始まればあいつは必ず来る、もうそこしか接触出来る時間はない。
チャイムがなり生徒は課題の自画像制作の準備をしていた、俺はわざとらしく自分のキャンバスを抱えて教室に入って来た山田を呼び止めた。
『先生、上手く描けねぇ。』
皆の視線を遮る様に片手でキャンバスを持ち上げ壁を作ると立ち止まった山田の後頭部を空いた手で掴み強引に口付けた。
『俺を避けんじゃねぇ……』
俺の事を構い倒した癖に、俺の事を思い通りにしようとした癖に、お前が思い通りにならないのは我慢出来ねぇ……
俺の事を避けるお前が許せねぇ
散々餌付けしといてもう餌もくれねぇとか納得できねぇ…
何処かで構ってもらえる八坂の事を羨ましく思っていたのかもしれない。
一瞬だけの口付けに山田は顔色一つ変えずに俺の胸倉を掴み引き寄せた。
「糞ガキが生意気な事してんじゃねーよ。」
小さくそう呟くとニッコリ笑って何事も無かったかの様に他の生徒の元へ行ってしまう。 ビンタでもしてくれるんじゃないかと期待していたのに…
アホらしくなって席へ戻り描きかけの自画像を消しゴムで消した
前までの俺ならやってられねぇと教室から飛び出して煙草を吹かしに行っていたけれど、逃げ出すみたいでカッコ悪いと思ったのは山田の気をどうしても惹きたかったからだ。
俺は心底惚れてしまったらしい……
白くなったキャンバスにシルエットを描く、小さな頭、今は優しい目付き、柔らかい唇、綺麗な髪、暑いのにキチンと皺のないスーツ、細い足…
改めて眺めるといい女だ
ざっくり書き殴った所で終わりのチャイムが鳴って皆片付け始めた。
「亜久津君は準備室に来て下さい。」
そう言うと山田は準備室に消えた。 後を追う形で準備室に入る、久しぶりの2人の空間、先程の行動も手伝って少しだけで胸が苦しい。
「どう言うつもり?」
『…………』
「いい、君は生徒で、私は教師。」
『……チッ……分かってるよ』
「分かってないからあー言う事すんのよ。何処でも発情すんのが糞ガキだって言ってんの!」
『発情っ……テメェ。』
「そんなんで思い通りになると思うな。惚れて欲しけりゃ真面目に生きて大人になれ。イキがりなんて大人から見たらダセェんだよ、煙草吹かして酒飲んで悪ぶってる俺に酔ってんじゃねーよ。テメェの機嫌ぐらいテメェで見ろ!学校はな、社会の縮図なんだよ、ルールの1つも守れねぇ奴が大人の世界で通用すると思うな、甘いんだよ亜久津。不貞腐れてる時間があったら成長しろ!分かった?返事は?」
『……』
「返事も出来ねぇのかよ、糞ガキが、何時まで反抗期で押し通すんだよ。万年お子ちゃまか?ダセェな。」
『……分かったよ。』
「何が分かったか知らねーけど、二度と私に触んな!以上。出てけ!」
あーもう、絶対こいつだけは許さない。
何が何でも手に入れる、何が何でも惚れさせて見せる。
俺の中の執着にスイッチが入った瞬間だった。
その日から遅刻サボり0、辞めたテニスをもう一度始めた。
バイトをしながら金も貯めた、勉強もそれなりにした、埠頭に顔を出す時間は無くなった。
数ヶ月でブランクを埋めるには十分だった、3学期に入る頃にはテニスで大学から声が掛かり、テニス留学の話も出ていた。 留学すればプロへの道も近くなるかもしれない。
プロになれば少しは認めて貰えるだろうか。
留学している間に誰かと結婚でもされてしまうんじゃないかと思うと日本から離れる事が不安に思えた。
進路を決めかねた頃、放課後久しぶりに美術準備室へ向かった。
あの日から山田とは2人っきりで話せていなかった
トントン…
「はい。」
『……相談があって』
「どうぞ。」
『………』
「何?」
『大学に行くか、留学するか、迷ってる』
「行き着きたいゴールは?」
『プロだ…』
「じゃぁ、留学一択…迷う理由は?」
『……………………お前』
「はぁ?」
『……留学してる間に、他の男に…取られたら…』
「……本当に糞ガキだね、女でテメェの人生決めんな。自分の為に生きろ」
『…っ…俺の人生には、お前が必要なんだよ…チッ…』
「……なら、さっさとプロになって迎えに来いよ」
『待っててくれんのか……』
「3年待ってやる、それ以上は待たない」
『3年だな、 約束だぞ。 』
「……本気?」
『馬鹿野郎、冗談でこんな事……言う訳無い…』
「分かったよ」
『絶対、他の男の者になるなよ』
「分かったって」
久しぶりに山田の優しい目を見れた気がした。
俺は願掛けでずっと付けていた小指の指輪を外し強引に山田の左手を掴むと薬指に捩じ込んだ。
『予約したからな。』
「はいはい。」
『返事は1回』
「はい。」
進路が決まり卒業式を待たずに俺は海外に飛び立った。
我武者羅に過ぎた3年…血反吐を吐きながら食らいついた、人生で1番と言える程努力した、練習した、なりふり構ってられなかった。
あいつの隣に堂々と立てるように、恥ずかしくない大人になりたかった
認めて貰える様になりたかった……
世界の中で揉みくちゃにされる内に色んな物が見える様になった、誰のせいにもせず、自分の機嫌は自分で治せあいつの言葉の意味が今なら少し分かる。
人生自己責任、数年で人生は変わる
俺は漸くプロになった。
ランキングはまだまだだけど……
帰国して真っ先に高校へ向かった。
約束した日から今日で丁度3年
懐かしい美術準備室へ
トントン…
「はい。どうぞ!」
夕日に照らされた山田は相変わらず最高にいい女だった。
薬指にはあの日のままの指輪が光る
『迎えに来た。』
「おかえりなさい。大人になったね」
END
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