立海 短編
君の名は?
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不快な冷や汗が背中を伝って行く
空調の整ったレストラン、薄暗い照明に穏やかな音楽は自身の震えるほど大きな心音に掻き消されていく
新調したばかりのスーツはまだ体に馴染まず息苦しい
花との出会いは半年前だった
仕事の帰り道偶然出くわした精一が連れていたのが花で、俺は一瞬で心を奪われた、優雅で流れるような所作、指先まで美しく透き通るように儚げな肌、柔らかな声、それでいて涼し気な瞳の奥は鋭く全てを見透かす様な眼光を持っていた。
視線を合わせるだけでどうにも恐れ多い気がする程のオーラを纏っていて俺は声が出なかった。
高嶺の花と言うのはこういう人の事なのだろうと目を伏せた
『真田さん、ご迷惑でなければ一緒にお食事でも…』
「あ、ぁぁ…」
幸『真田、もう少し愛想良くしてよ、花が折角誘ってるのに?』
「ぁぁ…すまん」
幸『花、ごめんね、』
『あの、本当にご迷惑でなければですので…』
幸『真田、時間あるの?ないの?』
「あ、あるっ…」
幸『はい、決まり、ご飯行こ』
精一は強引に俺の返事は待たず腕を掴んで歩き出した。
近くの焼肉屋に俺を押し込みあっという間に食事を開始した
2人は職場が同じで今日プロジェクトが通りささやかな祝いをするつもりだったらしい。
ひとしきり精一は俺の事を花に紹介してくれた。
懐かしいあの鍛錬の日々の話を花は楽しそうに聞いてくれた
その日から俺たちは3人で食事をする事が増え、休日を合わせて山や海、観光地へ出掛けることもあった。
知れば知るほど花と言う人間の優しさや強さに惹かれて行った
そうして今日に至る
平日の夜帰宅して間も無く精一が連絡無しで俺の家を訪ねて来た。
何時になく真剣な眼差しの精一が静かに口を開く
幸『真田、正直に答えて欲しい。』
「なんだ、改まって…」
幸『僕が花に告白したら困るかい?』
「………」
何となくそうなんじゃないかと思っていた、目を背けて気付かない振りをしていた。
精一の優しい眼差しは何時でも花を包んでいた。
精一は俺の大切な友だ
元々花は精一の同僚であるし、俺はたまたま偶然横入りしただけの存在
俺の想いなどしまい込んで無かったことにしてしまえばいいのにと葛藤する
困ると言ってしまえば友情に亀裂が入ってしまうかもしれない
精一を失うなどあってはならないのだ…
幸『NOかい?』
「そうだと言えば…」
幸『じゃぁ、遠慮なく』
「……YESだと言えば…」
しまい込めと命令する脳に逆らい口は願望を勝手に吐き出す
幸『容赦はしない。』
「そうか…」
幸『それだけかい?随分つまらない男になったんだね真田弦一郎』
「なっ……」
幸『欲しい物は捩じ伏せてでも物にするのが俺達のやり方だっただろ?』
「…精一…だが……」
幸『まぁ、僕に勝てないって分かってるから身を引いてくれるってことかい?』
「……精一、俺はお前との友情をだな……壊したくない。」
精一と花が交際を始めたとして俺は友人として心から祝えるだろうか…
花のあの美しい瞳が精一だけに注がれる事を良しと出来るのだろうか。
交際が順調に行ったとして後々2人は結婚……俺はどんな目で2人を見ればいい
、羨ましそうに情けない顔をするのだろうか
二度と花に近付けなくなる
不器用に仮面を付けて惨めに生きて行くのか
幸『真田、僕はね友情より愛だと思うんだ、この意味分かるかい?友情はどこまで行っても所詮は他人なんだ、愛は家族になり親になって未来へ繋がる大きな木になる。隣で生きる人を得るのに友達に遠慮してたら未来はないだろ?なりふり構ってられないんだ僕は。』
精一の言葉は容赦なく俺の本心を掻き出そうとしている様だった、脳裏に浮かぶのは花の眩しい笑顔、俺を呼ぶ優しい声。
ふつふつと湧き上がる俺の野心が我慢ならない程に煽られた
幸『僕は今から花に会いに行くよ』
精一はゆっくりと立ち上がり俺に背を向けた。
「っ……待て、精一……すまん、引くことは……出来ない。」
幸『へぇ……僕に勝つ気?𝐞𝐬𝐩𝐨𝐢𝐫どちらが先に着けるかな…フフッ……』
不敵な笑みを浮かべた精一は風のように俺の部屋を出て行った。
𝐞𝐬𝐩𝐨𝐢𝐫、花お気に入りの店だ
俺は後を追うように走り出し大通りでタクシーを探す、そんな俺を横目に白いポルシェが音を響かせて目の前を走り抜けてく…… あぁ……まずい……
俺は車道に出て走って来たタクシーを強引に停めて乗り込んだ
「麻乃区の𝐞𝐬𝐩𝐨𝐢𝐫に大急ぎで頼む。俺の人生がかかってるんだ!!」
俺は運転手を急かし今しがた走り去ったポルシェを探すが見当たらない
精一は近くのパーキングにポルシェを停めて店まで歩く筈だ、店の前にタクシーを横付けられる俺にチャンスはまだある
1分1秒がもどかしい、15分程で到着する筈の道が不運にも混み始めた。
「すまん、ここでいい。釣りはいらん」
5分も乗らないタクシーから飛び降り歩道を走り始めた俺、きっと精一はこの渋滞に巻き込まれている
天は俺に味方していると感謝し人の波をすり抜け全力で走った。
𝐞𝐬𝐩𝐨𝐢𝐫の柔らかな灯りが見えると店の前に花の姿があった。
「はぁっ……花さんっ……」
『真田さんっ、大丈夫?走って来たの?』
「あぁ……っはぁ……すまん。」
『大丈夫?』
「あぁ、大丈夫だ……これしきのことっ…何でもないっ……」
『中入ってお水飲んだ方がいいね』
「あぁ……」
花の優しい声に導かれる様に店内に入ると珍しく客は俺達だけだった
水をもらい一気に飲み干すと花が差し出してくれたハンカチで汗を拭った。
真っ直ぐに花の瞳が俺を心配している、鼓動を緩めたはずの俺の心臓はまた少し早くなる
あぁ……この瞳がたまらないんだ……
俺は死ぬ瞬間までこの瞳に見つめられていたいんだ。
自覚していなかったこれ程までに俺は花を求めていたんだ
花……
こんな俺を受け入れてくれるだろうか。
精一に煽られて飛び出して来たが今になって花は俺に少しでも好意を持っていてくれているのかと不安になった。
ただの友人……
否、元はと言えば同僚の友人の俺だ
高々半年やそこらで気持ちを押し付けられて困りやしないだろうか
急に怖気付く俺がいる
3人で楽しくやって来たじゃないか…
花はそれを望んでいたとしたら、勝手に男二人の好意を向けられて花はどう思うのか……
嫌われてしまうのではないかと思うと頭の中が真っ白になってしまった。
俺は何をしようと…してるんだ……
不快な冷や汗が背中を伝って行く
空調の整ったレストラン、薄暗い照明に穏やかな音楽は自身の震えるほど大きな心音に掻き消されていく
新調したばかりのスーツはまだ体に馴染まず息苦しい
「真田さん……?お水もっといる?」
『……いや、』
「…………」
『…………』
気まづい時間が流れて沈黙が続いた…
俺はふと、窓の外に目をやる
向かいのパーキングからこちらへ向かって来るシルエットに息を飲んだ
まずい……
何も出来ないうちに精一が来てしまう
『花さんっ……』
「はい」
焦った俺の脳内は真っ白なまま本心をさらけ出した。
『俺と結婚してくれ。』
俺は何を口走った……
花は目を大きくしてしまっているではないか……
静かに開いた店の扉が精一の到着を知らせる、鳥肌の立つような静かに冷たい精一の気配に俺はたまらず目を伏せた
「真田さん……不束者ですがよろしくお願いします」
『……っ』
精一の足音が止まり、花の声が柔らかく降り注いで来た。
真っ白な頭の中で鐘が盛大に鳴り響いた
思わずガタンッと大きな音を立てて椅子から立ち上がると花を見つめた。
空耳ではないのだな?
俺を受け入れてくれるのだな?
花は潤んだ瞳で俺を見上げて目を細めた。
幸『……僕は愛のキューピットになれたかな?フフフ・・・っ』
「……精一っ」
『幸村君……っ』
幸『中々の名演技だっただろ?真田』
「精一……お前っ……」
幸『フフフ・・・幸せになってねお二人さん』
幸村の嘘にまんまと騙されて俺達は正式に結婚を前提とした交際をする事になったのだ。
友と言うのは所詮は他人だが、俺にとっては木になる種に水を与えてくれた恩人だ
END
幸『……僕が幸せにしてあげたかったな……』
叶わない恋だと初めから分かってた
僕はもうすぐ別の人と結婚しなければいけない
祖父が昔助けてもらったと言う大きな恩を返す為
僕が生まれる前から決められていた縁談から逃げられる訳が無い。
初めて心から愛した人…
幸せになってね真田
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