氷帝 短編
君の名は?
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ただの暇潰し、おじさんとご飯食べるだけのパパ活。 正直お金はどうでも良かった、ただ退屈で家に居るのも何だか虚しくて夜な夜な屋敷から抜け出していた。
父も母も家には滅多に戻らない、過干渉過ぎる執事の小言はもう聞き飽きていた。
朝までに戻れば何も言われない。
メ『花お嬢様、バレた時は庇ってくださいね。私クビになったらホームレスになってしまいますっ』
瞳を潤ませ懇願しながら付いてくるメイドの玉木、私の我儘に付き合わせて申し訳ないが1人ではセキュリティを突破できない。
玉木の車に隠れ夜の街へ…後部座席で着替えて待ち合わせの場所で降ろしてもらう
メ『お嬢様きっかり1時間ですよ、玉木はココでお待ちしてますからね』
「はーい!じゃ、後で〜!」
化粧もバッチリ、ウイッグを被って変装した私は待ち合わせの場所でスマホを弄る。 安いおじさんは相手にしない。
高額な金額を出す人は正直面倒臭い人は少ない、ケチな奴程変な奴が多い。
(今日は会社員か…26歳。)
目の前に滑り込んで来た高級車に一瞬身構えた、知り合いだと不味い…
『マナカか?』
窓が開いて偽名を呼ばれ頷くとその人は運転席から降りて来てドアを開けてくれた。 普通の会社員じゃない…
乗り込むと滑らかに発進した車
チラッとその人を見ると何か考え事をしているのか私の存在など一切見向きもしない。
程なく到着したのは1件の看板のない店だった
隠れ家的店内は薄暗く、直ぐに個室へ通される
『何を飲む?』
「お茶」
『アルコールじゃなくていいのか?』
「お酒は好きじゃないから」
『何時迄に帰ればいい?』
「1時間後」
『分かった』
別に何を話す訳でもない、出て来る創作料理をただ黙って食べた。
たまに相手を見ると綺麗な手で、食べ方が凄く優雅で男の人だけど美しいと思った。
デザートは私の好きなチョコケーキ
サイズの小さいオシャレなケーキは直ぐに無くなる。
ホールで食べたいぐらい美味しい
『俺のも食うか?』
「いいの?」
『甘いのはあまり好きじゃない…』
そう言って皿を取り替えてくれた。
無口だけど、いい人じゃん!
『お前、美味そうに食うな。』
「そう?」
『あぁ…』
優しく笑った瞳はブルーで吸い込まれそうな程透き通っていた。
何処かのお坊ちゃまなんだろうなーと予測しつつ、正体がバレない事を祈る
金持ちの世界は結構狭く、どこどこのご子息だご令嬢だとすぐにバレる
一般人との接触は少なく金持ちで群れている事が多い
きっと互いの本名を聞いたら、あ…察し…っとなる筈だ。
だから、私はとりあえず踏み込まない、向こうがどう感じているかは知らないが…
なるべくガサツに振舞って庶民感を出しているつもりだ。
ケーキを食べ終えるとそのまま店を出て再び車に乗せられた。
別れの場所へ着くと、封筒を渡される
『足りるか?』
分厚い封筒には約束の金額より多くの札が入っていた。
「こんなに要らない。」
『………好きな物でも買えよ』
「欲しい物は全部持ってる、だからこんなに要らない」
『じゃぁ、次に会う時用の服でも買え』
「服ぐらい沢山持ってる」
『こう言うのはな、黙って受け取っとけ』
「ケイが働いたお金でしょ?約束の金額でいい、それ以上は受け取れない。」
約束の金額だけ抜き取ると残りは封筒毎突き返した。 ケイは少し困った顔をしている。
『じゃぁ。明日も誘っていいか?』
「分かんない、まだ予定はっきりしないから」
『はっきりしたら連絡してくれ』
「分かった」
素っ気なく返事をして車を降りた。
少し遠目に玉木がいるのが見える、全く心配性なんだから。
真っ直ぐに玉木の車に乗ると貰ったお金を玉木に渡す。
「いらないからあげる」
メ『お嬢様っ、頂けませんって毎回…』
「口止め料!」
メ『ダメですって』
「受け取らないなら玉木が夜な夜な私を連れ回すってセバスに言うよ!」
メ『……そんなっ……』
「はい、バレる前に帰ろ!見つかったら私がドライブに連れてけって我儘言ったって事で!」
後部座席に身を潜めながらウイッグと化粧を落とす。
今日もバレずに無事帰還!
なんかこのバレなかったってスリルが悪戯が成功したみたいに楽しかった。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、気が付けば1ヶ月毎日ケイと食事をした。
お肉が美味しいお店、お寿司が美味しいお店、デザートが美味しいお店、ラーメンにも行った、庶民的なファミレスにも行ってみた、今までは行けなかった小汚い美味い店にも行った、ケイはデザートが出てくると決まってソレをくれる、まるで餌付けでもしているかの様に食べる私を楽しそうに眺める
「ねぇ、ケイはこんな事しなくても女は沢山寄ってくるでしょ?」
『……まぁな、お前もそうだろ?』
「……まぁ……」
『お前はなんでこんな事してんだ?』
「……暇潰し」
『俺もだ。』
何方とも無く笑い合う、何となく目的が同じな気がして少しほっとさせられた。
冷たかった印象が和らいでケイの普通さを垣間見た
『今日はもう少し時間いいか?』
「うん」
食事を済ませると車に乗ってしばらく走る、港の観覧車はもう人がいない、23時の夜景はいつもより少し綺麗に見える。
『行こう』
「……もう閉まってるんじゃ……」
『いいから。』
少し強引に車から降ろされて手を引かれる。 大きな手は少し堅くて冷たい
観覧車に近付くと係の人がドアを開けてくれた。
ゆっくりと登っていくゴンドラで向かい合うケイはじっと私を見てる。
ブルーの目に見つめられるのか恥ずかしくて外に目を向ける、静かな夜の観覧車なんて……ロマンチック過ぎるよ
恋人とやるべき事だなーなんて冷めた感情がせっかくの夜景をボンヤリとさせた。
フワッとゴンドラのバランスが動いたと思ったら、ケイが隣に座った。
「ちょっ……」
『なんかこう言うの学生っぽくてやってみたかったんだよな』
「…………」
『学生の頃部活ばっかりでな……悪いな付き合わせて』
「別にいいけど……」
ゆっくりと頂上に辿り着いた
ケイは少し懐かしい物でも見るような顔で夜景を眺めていた
たった15分間の観覧車…
ケイが隣にいると何故か安心する
暖かいと言うか、ほっとする空気感が漂う
『お前といると楽だ……』
「うん。」
沈黙さえも心地いい。
このまま隣で眠ってしまえたら安眠出来そうだ…
もう少しだけそばに居たいと思った
明日もまた会いたいと思ってるなんて言えない。
まだケイを深くまで知らないのに…
観覧車を降りて別れの場所へ向かった。
別れ際に封筒を渡される
このやり取りが少し虚しく思えたが、合意の上の密会でしかない
こんな出会い方じゃなかったら良かったのにな…… 手遅れか……
『マナカ……明日も連絡していいか?』
「うn」
言いかけた所でドアが外から開けられた
【お嬢様、お待ちしておりました】
「セバス……なんで……」
執事筆頭セバス
我が家に使えて40年、父が子供の頃からずっと家にいる、最も怖い人……
私の手を取り車から降ろすといつの間にか後ろに乗り付けられた我が家の車へ乗せられた。
玉木はセバスの後ろで小さくなっている
ケイに何も言えないまま車は走り出した
セバスは何かをケイに伝えている様だった。
自室に戻りセバスが怖い顔で私を睨んでいる。
【花様、ご両親が不在の間保護者はこのセバスでございます。お嬢様の身に何かあれば私は……危険な事はどうかおやめ下さい。】
「分かったって……」
【花様】
「分かったってば、ごめんなさい。」
セバスの圧に負けて私の夜遊びは幕を閉じてしまった。 スマホもPCもタブレットも全てチェックが入る。
きっとケイに二度と私に近づかないと約束させた筈だ。
こんな事は慣れている、昔社会勉強の為にと公立の中学へ行った時もあまり素行の良くない友達との付き合いは切られた。
皆、悪ぶってたけど中身はいい子達だった。
普通の家の子に生まれたかったなんて言ったら罰が当たるよね。
ただ、お金があれば全てが幸せかと言うとそうでも無い
家族で毎日ご飯を食べるとか、遊びに行くとかそう言う普通の事に憧れる
今はもう……過去形かな……
あの日からしばらくして朝から振袖を着せられた、嫌な予感がした。
連れて行かれた先は帝国HOTEL。
財閥のご子息ご令嬢が御用達のお見合いHOTELだ
この場所に連れてこられたと言う事はもう逃げられないって事。
まだ会ってもない人と結婚が決まっているという事。
【お嬢様、お淑やかになさって下さいね】
セバスに釘を刺されて顔が引き攣る。
通された最上階、和室スイートルーム
立ち会い人となる優しそうなご夫婦は五条さんだったかな、 財閥の中でもとても力のあるお家の老夫婦だ。
今はもう、隠居されていると聞いたけれど、お出ましとは珍しい……あぁ、もう絶対断れない奴ね……
促されて視線を落としながら静々と座った。
五『本日はよろしくお願いしますね、それではご紹介を、こちらは跡部景吾さん、跡部グループのご長男でいらっしゃいます。 そしてこちらは山田花さん、山田グループの長女でいらっしゃいます。跡部様のご希望で本日はご両親抜きでとの事ですので、後は若いお2人にお任せ致しますね。』
早々に立ち上がる五条夫妻に一礼してまた視線を下げる。
相手が声を掛けてくれるまでは視線は上げない……
『………………』
「………………」
早く何か言ってよね……
帯が苦しい、早く脱ぎたいっ
嫌な奴だったら相手の家潰す勢いで散財しまくってやる!
一生の事を他人に決められるなんて江戸時代ですか!
好きな人さえ自分で選べない……
頭の中にケイの顔が浮かんだ
ケイ……会いたいな……ちゃんとお別れぐらい言いたかった
ううん、お別れなんてしたくなかった
また何度でも会いたかった
私ケイの事好きなのかもしれない…
どうしよう……会いたい……
今頃自分の気持ちに気が付いてハッとした。
今頃……ホントに今更……
もう遅いのは分かってるけど……
「あの……すみませんっ……このお話、お断りさせて頂けないでしょうか……心に思う方がいます……」
顔を下げたまま座布団からスライド土下座を決め込んで畳に額を付ける勢いで申し出た。
このまま見合いなんて出来るわけない……
はぁ〜っと深い溜息が聞こえてビクつきながら何を言われるかと震えた
『へぇ……そいつどんな奴?俺よりいい男かよ?……』
「……………………申し訳ありません。」
冷や汗が項を流れていくのが分かる。
謝り倒すしかない……
きっとこの後セバスにも両親にも怒られる、そして五条さんのお家にも謝りに行く事になる。
『…………………………』
「……………………………」
『……顔上げろ……マナカ』
そう言われてまさかと顔を上げた。
そこには高そうなスーツを決め込んだケイが優しく笑ってた。
「ケイ……っ……」
『思う人って誰だ?言えよ。』
「……っ……」
驚いたのと会いたかったのと引き離された辛さが一気に込み上げて視界が歪んでいく。
『泣くなよ……』
「……っ……だって……っ……」
『だって……?なんだ?』
「もう……会えない……かと……思って……」
『…………他の男と見合いなんてさせねぇよ』
「……っ……え……他?……?」
『お前の本当の見合い相手から横取りしただけだ……』
「横取り……っ?」
ケイが私の傍に来て正面に座ると優しく止まらない涙を拭う。
困った様に眉を下げて少し笑いながらゆっくりと抱き寄せて耳元で囁く
『そう……見合いの横取り。お前ん家のセバスに近付くなら正規のルートでお願いしますと言われて、調べたらもうすぐ見合いの話があるって言うから、相手方に出向いて話を付けて今日に至るだ……。もう夜に出歩いたりするなよ、俺がいるんだから。分かったな?』
「うん……。」
『お前といると安心する……沈黙が心地良い女はお前が初めてだった……マナカ……いや、花だな。ずっと頭からお前が消えなかった。』
ぎゅぅっときつく抱き締められて苦しいくらいにケイに埋もれていく。
ケイじゃなくて景吾か……
しばらくお互いの存在を確かめる様に抱き合った。
落ち着くまでに少し時間がかかったけれど、互いに顔を見合わせて笑いあった。
『お前、その格好、七五三だな……ククッ』
「ちょっ……七五三っ……」
『嘘だ……似合うぞ。』
「もぅ……」
『早く着替えて遊びに行こうぜ。こんなとこ退屈だ』
「着替えなんてないよ、家からこれで来たんだもん」
【お嬢様、お着替えをお持ち致しました。こちらに……】
襖の向こうでセバスの声がして直ぐに気配が消えた。
『セバスは優秀だな』
「うん。」
『1人で脱げるのか?』
ニヤリと笑った景吾は私を立ち上がらせると帯に手をかけた
きつく締められた帯をスルリと解く……
帯を引っ張られ体が回転して行く、まさに時代劇コントかよって光景
「ちょ……待って……景吾っ」
『全部脱がしてやってもいいぞ』
「ダメっ!もう1人で脱げるから!」
『クククッ……分かった、隣で待ってる』
笑いながら出て行く景吾を見送って、きつく締まった紐たちを解きセバスが置いてくれたワンピースに着替えた。
纏められた髪を解きほぐすと、ホッと力が抜けた。
脱ぎ散らかした振袖をさっさと畳み袋に押し込む、どうせ二度と着ない。
部屋の隅に置いておけばセバスが回収してくれる筈だ
「お待たせ!」
『行こうか……花』
「うん」
部屋を出るとセバスが行ってらっしゃいませと頭を下げた。
「あ。セバス、玉木は連れ戻してよね!」
【畏まりました】
『何処に行きたい?』
「んー北海道で広い空が見たい」
『了解、お嬢様』
これから先の人生きっと楽しい
退屈なんてきっとしない
景吾となら上手くやって行ける気がする。
人生で初めて金持ちの世界も悪くないと思えた。
END。
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