比嘉 長編 初恋の人 (木手永四郎)
君の名は?
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真っ暗な空からヒラヒラと舞い降りて来る雪がアスファルトに溶けていく、天気予報では積もらないと言ってた。
不覚にも傘を忘れてしまった、マフラーに口元を埋めてポケットの中にあるカイロを握る。
「寒っ」
雪に感動するお年頃でもない、ただ寒い。
雪に弱い東京の路線は直ぐに止まるから、積もらない事を祈りながら家路を急いだ。
皆寒そうに肩を竦めて足早にすれ違う。
最寄り駅からの20分が今日は果てしなく遠い
いつものコンビニでパスタとサンドイッチ、デザートのシュークリームを買った。
明日はお休みだしゆっくり家で映画でも見ようとだらける予定を考える。
よく母にハッピーエンドの話を見なさいと言われた。
ハッピーを引き寄せるからと…
正直恋愛映画は最近見る気がしない。
ハラハラドキドキが見ていて疲れるから
家までの後10分、
行き交う車の流れも今日は少し遅い。
『花 っ…』
聞き間違える訳がない。
でもこんな場所で聞こえる筈がない声に足が止まる、振り返って別の人を呼んでたら恥ずかし過ぎる。
あまりに似ている声に鼓動が早くなる、
振り返るべきなのか、歩き出すべきなのか、数秒間の出来事なのに、時計の針が止まった様に長く感じる。
永四郎な訳ない。
『花』
ハッキリと右斜め上から声がして、腕を捕まえられた。
ビックリして見上げた視線の先には、レンズ越しに泣き出しそうな瞳をしている永四郎がいた。
「なんで……っ」
声にならない、目の前で起きている事なのに、信じられない。
心臓が破裂しそう…
一気に逆上せた様に熱くなる脳内に目眩がする、足の力が抜けて行く
腰を抜かすってこういう事なのね…
『花……会いたかった……』
ぎゅぅぅっと永四郎の腕の中に包まれた
なんだろう、この感覚… 魂が溶けていく… 暖かい球体の中に取り込まれていく様な気持ち… 欠けた穴が満たされていく感じ… ずっと無くしてた物が戻って来た気がした。
迷子だった子供が母親に会えた様な気持ちとでも言うのか、寂しかった気持ち、不安や恐怖からの安堵、絶対的な信頼の上でしか得られない物
人質になっていた場所から、解放され安全な所へ救出された。
最上級の救いが舞い降りて来たみたい。
『ずっと…君を…っ……』
こんなに苦しそうな永四郎の声は初めて聞いた。
ポケットに入れたままだった両手で永四郎の背中に腕を回して、切なく震えた体を慰める。
夢ならどうかこのまま覚めないで。
永遠に眠り続けていたい…