比嘉 長編 初恋の人 (木手永四郎)
君の名は?
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花 side
あの時海外に行かなければどうなってたかな。
海外転勤なんて聞こえは言いけれど、着いてみれば何も無い山の奥、電気と水道があるのが不思議なぐらいの僻地だった。
電話もない、あるのは無線機、どうやって暮らすの?レベル。
父は橋の技術者で一大プロジェクトの先発隊として送られた様だ。
単身赴任で良かったのでは?と思ったが後の祭り、父と母はとても仲が良く、家族はいつも一緒に!がモットーだった。
楽観的な母は、田舎暮らしに憧れていたのと楽しんでいたが、私にとっては絶望だった。
1日2本の列車で離れた街へ行けば、電話がある、ただ、国際電話を使える程の小遣いなど貰っていない、必死に調べて手紙を送ったが、ちゃんと届いたのかさえ分からない、何度も送ったが返事が来る事は無かった。
大学は日本の通信制の所へ封書でレポートを送って単位を取った。
地力で単位を貰うのはかなり難しく、悪戦苦闘の毎日、いつまでこんな生活が続くのか、いつになったら日本に帰れるのか、何度聴いても父は橋が出来たらとしか言わない。
買い物に行くのも大変なので母と周りの土地に畑を作った。
やってる事は開拓民……
あっという間に1年が過ぎて、送り続けていた手紙は宛先不明で戻って来るようになってしまった。
もう、終わってしまったんだと絶望した。
半年間、ご飯の味が分からなくなって、食べる気も失せた。
窶れた私を見兼ねて父は沖縄行きを許してくれた、母と2人初めて沖縄を訪れた
キラキラと光る海、波の音が優しくて緑が鮮やかで、永四郎が言った通りの風景が広がっていた。
真っ先に永四郎の住所へ向かう、心臓が破裂しそうに苦しかった、もし何故来たのかと冷たく言われたらどうしよう…
会いたくなかったと言われたらどうしよう……
悪い事ばかりが脳裏に過ぎる
ピンポーン
インターホンを押す指が震えてる、指だけじゃない、体の中も震える、祈る思いで立ち尽くす。 呼吸すら上手く出来ていなかったかもしれない。
『えーぬーが?』
「……あ、あの……」
出て来たのはまん丸の禿げたおじぃ様。
キョトンとした顔で私達親子を見ている。
「あ、のっ、木手永四郎さんのお宅でしょうか?」
『木手ぇー?わんは金城やっしー』
「あの、木手永四郎さんをご存知ないですか?」
『分かんねぇ…』
「そ、そうですか……」
放心状態だった、何が起きているのか理解出来ない
永四郎の大学にも行って見たが、在籍していないと。
狐に摘まれているのか、写真を片手に道行く人に尋ねてみたが永四郎を知ってる人はいなかった。
永四郎の存在が消えてしまった様に手掛かりはない、今思えば比嘉高校に行けば平古場君や甲斐君の住所は分かった筈だが、テンパり過ぎた私は意気消沈してしまいあの山奥へ帰る事になってしまった。
5年で大学を卒業した私は日本企業へ就職、久しぶりの都会生活、人間らしい生活に戸惑いながら生きて行くことで精一杯だった、両親は今でもあの僻地で暮らしている。 橋はまだ完成していないらしい。
最近やっと携帯が使えるようになったらしい。
時代に取り残された場所での5年間で原始人化してしまった私の東京暮しは悪戦苦闘の連続で、活発だった筈の私はすっかり人間嫌いになってしまった。
人の中にいるのは疲れる。
昔の友達と再会したりもしたが、イマイチ話も噛み合わず、それぞれ結婚や出産で疎遠になっていった。
集まるのは決まって誰かの結婚式…
皆がキラキラ輝いて見えた。