甘くない話

8 【つながる】


砂浜に立てたビーチパラソルの下、会長と二人で海を見つめている。
男女なら様になる風景も、男同士には少しきつい。
でも、そんなこと正直どうでもよくて、夏休みの間のなまった体は限界をむかえていた。
やばい。眠い。
目をつむったら寝てしまいそうだ。

ついに眠気に負けて、シートの上で寝っ転がる。このまどろんだ感じ最高だ。
口元もゆるむ。
流れのまま眠気に身を任せようとしていたら、邪魔が入った。

「おい! 寝るな!」

うるさい会長だ。マジで寝かせてほしい。
ずいぶんとあんたに付き合ったじゃないか。ビーチバレーとか、バナナボートとか。
男二人では悲しすぎるだろう。
こちらはもう体力がないんだよ。少しはいたわってくれ。
というわけで完璧無視を決めこんだ。あきらめて、会長がだまってくれると思ったら大間違い。

「おーい、寝てるのか?」

ますます耳元ででかい声を聞いた。
これも無視しておく。

「起きねえと襲うぞ」

気持ち悪い。
女だったらうれしくなるかもしれないが、おれは男だ。
しかも襲うって言ってもはったりにしか聞こえない。襲われるわけがない。
これも無視で決まりだ。

お次に
「キスするぞ」なんて耳元でささやかれた。
何だかくすぐったい。
襲うぞよりかは現実味があるけど、男にキスなんてどんな罰ゲームだ。
そんなバカらしいことを言う会長を見てみたくて、薄らと目を開けた。

開けなければよかった。

会長の前髪がおれの額にかかる。
ななめに傾けた顔が至近距離に迫っていた。やばい。
会長の目は伏せられていて、ゆっくり近づいてくる。
会長とキスなんてシャレにならない。

重なり合う唇……にはならなかった。
なぜなら会長は痛みにもだえることになるから。

「お前、何すんだ!」

顔を真っ赤にして怒鳴りはじめる。
全然恐くない。
蹴飛ばした股間を手で包んでいる姿は間抜けだ。

「変なことをするからですよ」

「しょうがねえだろ!」

何がしょうがねえのか。

「あまりにかわいいからキスしたくなっちまったんだよ! わりいか!」

一瞬、頭のなかが彼方に吹っ飛んだ。宇宙まで行ったかもしれない。
おれをかわいいとかよく言えたものだ。
会長はとうとう暑さにやられたらしい。
じゃないと、説明がつかない。
「冗談でしょう?」と返したかった。
でも、まっすぐな目をするからうっかり言葉を飲みこんでしまった。

「嫌ならいい」

ぷいと顔をそむける会長。
子供みたいなしぐさに図体のでかい会長が、かわいく見えた。

「会長?」

反応はなかった。ああ、だめだ。無視を決めこんでる。

「会長、キスはかなり嫌ですけど、また、バナナボートに乗りませんか? 今度は会長が後ろで」

キスさわぎで、すっかり眠気がさめてしまった。

「ああ、乗ってやるよ」

会長は乱暴に言い放つ。やけになっているみたいだ。

そして、手を伸ばしてきて、痛いほどに強くつかまれた。
男同士で手をつなぐのはちょっと変だろうけど、今だけはそのことに気づきたくなかった。
お互いの手の熱さを感じあっていたかった。
やっぱりなぜだかはわからないけど。

〈おわり〉
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