甘くない話
7 【海】
体が溶けてしまいそうな暑い夏の日、一本の電話がかかった。蝉の声にもいらついているのに、携帯の着信音とかうるさい。
ディスプレイを見れば、「おバカいちょー」からの電話だった。
「もしもし、何かご用ですか、会長?」
こちらは扇風機。会長の家なら全室エアコンが効いているんだろうな。
涼しい部屋のなかで、何だか優雅に足を組みかえる会長が見えた。どうでもいい想像だけど。
「海、行かないか?」
あいさつもなしに突然誘ってくるところは変わらない。
今度は海か。響きはいいな。
ビーチで女子と出くわしたら、ビーチバレーして、ゲームとともに盛り上がって、ムフフな夜を思い描いてしまう。
男だから、口がしまらないのも当然だ。
淡い期待にかけてみるつもりで、「いいですよ、会長」と答えた。
「そうか! お前が行きたいっていうなら仕方ねえな! 明日、迎えに行くからな!」
明日って、そんな急に。
「あの! ちょっと待って!」
返そうとしたら、ツーツーという電子音が流れた。
おいおい。
しばらく携帯と睨み合っていたけど、もうどうにもならなくてため息だけがこぼれた。とりあえず、筋トレして寝よう。
翌日になると、おれの体は海風にさらされていた。
朝っぱらから会長に叩き起こされ(部屋にまで会長が来た理由がよくわからない)、車で連れてこられたのがこの海だった。
辺りは女子の気配がない。むしろ、人の姿がないというのが正しい。おれと会長だけが砂浜にたたずんでいるのだ。
まさかのプライベートビーチとは、思いもよらない場所だった。
会長はTシャツを脱いで、ひきしまった上半身をこれでもかと見せつける。
水泳大会でのさわぎっぷりが思い出される。
あーあ、女子がいたら釣り放題なのに。いい体をしてもったいない。
「何、見てんだよ、バカ!」
おれの視線に気づいたらしい会長は耳を赤らめてから、背中をぐるりと見せた。
男同士で何を照れているのか。残念だ、本当。
「お前も脱げよ」
言われなくても脱ぐし。
寝巻のようなよれよれTシャツを脱ぎかけると、視線が突き刺さった。
視線のでどころはわかっているけど、怒る気にはなれない。
たぶん、おれの体が貧相だから哀れんでいるのだ。
これでも昨日は筋肉痛になるまで腹筋したんだけどな。たった一日では無理だった。
海パン一丁になると、会長の視線は外れた。いまだに耳を赤くさせて、海を見つめている。
「泳ぐか」
「今度は、足、つらないでくださいね」
「あれは!」
慌てたように会長が叫ぶ。
消したい記憶だもんな。
「そうなったら、またおれが助けますから。さ、泳ぎましょう!」
会長の手首をとって、海へと引いた。せっかく海に来たのだから、楽しまなければもったいない。
「そうだな」
白い歯を出して屈託なく笑う会長に、おれの顔が熱くなったのはきっと気のせいだ。久しぶりの海に興奮しているだけ。そういうことにしておく。
〈おわり〉