甘くない話
6 【金魚すくい】
夏祭り。道行く女の子が浴衣姿とか、もう男としてこんな楽しい日はない。
なのに、おれのとなりでたたずむのは男。
同じ学園にかよう、生徒会会長だ。
「おい! あれなんだ?」
またかよ。
屋台の前を通るたびに立ち止まって聞いてくる。
どうやら、会長は夏祭りとは程遠い生活をしているらしい。
プール開きや、ホームパーティをするくらいだ。相当な金持ち。屋台を知らない。ムカつく。
ひがみたっぷりのおれの返事を待たずに、会長はしゃがみこんだ。
会長の目のなかには金魚がうようよと映っていることだろう。
「金魚すくいですよ。やってみますか?」
金魚すくいのおっさんが「一回百円だよ」と手を出す。
会長がやってみたいかよくわからないけど、おっさんの手に二枚、百円をのせた。
ポイと椀を受け取り、初心者会長に見せるよう実演してやる。ポイをななめにして、金魚の頭からすくいあげる。
「やった!」
うまいこと椀に入った赤い影は、水のなかでゆらゆら揺れた。
「おれもやる!」
はしゃぎっぷりが小学生のようだ。
会長もおれと同じように水中にポイを入れた。
金魚をのせて椀に持っていこうとしたのだが、その前に無情にも白い丸が破けてしまった。
それから会長は小銭をおれに出させ、何度も試した。
しかし、何度やっても、一匹も釣れないという残念な結果ばかり。
とうとう嫌気がさしたらしい会長は、「もういい」と立ち上がった。
よっぽど悔しかったんだろう。なけなしの一匹が入った袋もそのままにして、先に行ってしまう。
袋を持って追い掛けた。
「ちょっと待ってください」
叫ぶとようやく足を止めてくれた。
「会長、おれの金魚もあげます」
「いらねえよ。お前の金魚だろ」
「おれんち、水槽ないんです。だから、金魚は会長にあげます」
ちらっと横顔を見せるのは心が揺れてる証拠。あともう一押しのところまで来てる。
「また来年も来れば、金魚すくいもうまくなりますよ」
「うるせえ」
とか言いつつも、まんざらではなさそう。
「また来年も来るのかよ」
つぶやく会長の拳を強引に開かせて、袋の紐を持たせた。二袋の金魚が仲良くぶらさがる。
会長は照れ臭そうに袋と向かい合うと、
「仕方ねえな。おれの家にある巨大水槽にでも飼ってやるよ。お前もたまには見にくるか?」
「いいんですか?」
「ああ」
巨大水槽に泳ぐ小さな金魚なんて、意外とおもしろそうだ。「見に行きますね」と返した。
「マジかよ」なんて会長は驚いていたけど、いまさら撤回はしない。
「それまで、金魚のめんどうをちゃんと見てくださいね」
「わかった」
はじめて素直に答えてくれた会長に驚きつつも、夏祭りに誘ってよかった。いまさらになって思った。
「おい! あの白い綿はなんだ? 食えるのか?」
金魚すくいもうまくできないし、わた飴の甘さも知らない。こんな会長の残念なところ、おれは好きかもしれない。
〈おわり〉