番外編

【日中の過去】日中視点


 小学生の頃の僕は、ほとんど笑わなかったらしい。親の話によると、いつもつまらない顔をしていたようだ。

 確かに、物心ついたときから、同じくらいの子と話したり、遊んだりすることが苦手だった。

 面白いとは思うけど、うまく笑ったりできなかった。

 笑わない僕を前にして、「つまんないやつ」と言ってきたのもいた。

 ――そうか、僕はつまらないやつで、笑えないんだ。

 そう思ってしまうと、無理に笑う気にもならなかった。楽しそうに笑う子達を遠巻きに見てばかりいた。


 小花は違った。

 近所に住む、僕と同じ年の小花は、明るくてすぐに友達ができていた。

 何が楽しいのか、いつも周りの子に囲まれながら笑っている。

 僕は小花が笑っている理由を考えるようになった。

 でも、わからなくて、ついに本人に聞いてしまったんだ。

「小花は、何でいつも笑っているの?」

「そんなの面白いからだよ」

「面白い?」

「そうだよ。ほら」

 小花は自信満々というように、両手まで使って自分の頬を引っ張って見せた。

 顔が崩れて、おかしい状態なのに、やっぱり、笑うにはいたらない。

 小花はすぐに顔を戻して、ついには頬をふくらませた。

「あれ、おかしいなー」

 ぶつくさ言う。

 僕は鼻の奥がつんと痛んだ。

 また、言い訳を並べる。

「ごめん。面白いとは思うけど、笑えなくて」

「ふーん」

 ああ、小花にもつまらないやつだと思われただろう。

 小花だけには否定されたくなかったのに。

 初めて会った時から、僕は小花の屈託のない笑顔にあこがれていた。

 あんな風に笑えたらいいのにと思っていた。

 次の言葉が恐くてうつむいていると、小花が顔をのぞきこんできた。

 しゃがみこんで、こっちを見上げる。

「ニーってすればいいよ」

「ニー?」

「ほら、笑ってるじゃん」

「僕、笑ってる?」

「うん」

「変じゃない?」

 できるだけ、笑顔を崩さないようにたずねた。

「変じゃないよ。オレ、ひなの笑顔好き」

「えっ?」

 僕を「ひな」と呼んだのにも驚いたけど、「好き」と言われたので、さらにびっくりした。

 胸に手を当てれば、どくどくいっている。

 緊張しているわけでもないのに、おかしな症状だった。

「ひな、もっと、笑ってよ」

「笑う……」

「そうだよ、ひな、笑って」

 僕に向けられた小花の笑顔を、今でも忘れない。

 僕はそのできごとから、よく笑うようになった。

 不思議と一度笑ってしまえば、抵抗なく笑顔が作れた。

 それに、小花がそばにいれば、ずっと笑っていられる。

 笑うようになって、「つまんないやつ」と言われることは無くなった。友達もできた。

 でも、僕は小花のために笑う。

 こんなへたくそな笑顔を、小花が最初に「好き」と言ってくれたから。

〈おわり〉
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