甘くない話

5 【電話事情】


夏休みに入ってから、誘いの電話やメールがひんぱんにやってきた。
会長よ、どれだけ暇人なんだ。口にも出てしまったくらい。
そのときは「暇じゃねえよ」とふつうに返されたけど、おれみたいな男にかまうんだから、相当な暇人だ。

現在も電話の真っ最中。会長からの誘いを受けている。
今回は会長宅でプール開きをするのだという。「ついてはホームパーティを開くので、お前も来ないか?」そういうことらしい。
自宅でプール開きって、どれだけ金持ちなのか。
考えるのもアホらしい。会長の生活状況は置いておいて、話を進める。

「おれ、その日は家族団らんで鍋をつつくので無理です」

友達と遊ぶというと会長はあからさまに不機嫌になるので、最近は家族の名を使ってる。
意外と家族想いだとかんちがいしてくれるのだ。

「そうか、それなら仕方ねえな」

なぜか落ちこんだように低くなる会長の声。嘘をついた本人として、胸が痛むのは当たり前かもしれない。

「会長って、彼女、いないんですか?」

と、素朴な疑問をぶつけてみた。いくら暇人でも会長のことだから、彼女の一人や二人、ひかえている気がする。やっぱり、おれなんかと遊びたがるのはおかしい。

会長はおれの言葉をどうとったのか、

「い、いねえよ! 過去にもいたことがねえよ!」

電話ごしで何やらわめく。

「嘘、へたですね」

会長ほどの外見のいい男が、女にもてないはずがない。彼女だって簡単にできただろうし。よって、会長は嘘をついたのだ。

「すまん、嘘だ」

嘘だとわかっていたのに、本人から告げられると、少しだけ胸が痛むのはなぜなんだろう。別におれが嘘をついたわけじゃないのに変だ。

「会長、今度はおれから誘いますね」

顔の見えない会長の彼女を思い浮かべたら、勝手に口がすべっていた。

「会長?」

答えが返ってこない。
もう一度呼びかけてみても、耳から伝わるのは無言の音だけだ。

いつも会長はこんな長い間を感じていたのだろうか。
だとしたら、おれは無意識のうちに悪いことをしていたのかもしれない。

切ろうかなと考えたら、ようやく、どもりがちな声が聞こえてきた。

「よ、よろこんで」

電話ごしで照れているだろう会長を頭に浮かべたら、なぜか顔がにやけて仕方なかった。

〈おわり〉
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