忘れろは、嘘
【おまけ】
ふたりの昼休憩が戻ってきた。
いつもの購買パンが机の上に並ぶ。
「また購買パン生活に戻るのか」
邦紀は見慣れた光景に、ため息を吐いた。
別に呆れたわけでも、嫌な気持ちでもなく、ただ、懐かしさで吐いた息だった。
ただ、蒼空は違う意味に取ったようだ。
「手づくり弁当でも作ってこようか?」
蒼空の口から、料理ができるという話を聞いたことがない。弁当箱すら持っているところをほぼ見たことがない。
冗談なのだろう。それは邦紀にもわかっていた。でも、笑えなかった。
「いや、いい。ふたりで食べられれば……何でも」
いつになく、真剣な言葉を選んでいた。ずっと思っていた。一時でも蒼空を失った時に、この時間が恋しくて仕方なかった。それを取り戻せたことが嬉しくて、邦紀は笑いかけた。
惚けたままの蒼空に、もっと心のこもった言葉を届けたい。
「パンでも弁当でも、蒼空がいればいい」
「それ、かなり反則……可愛すぎ」
蒼空は囲った腕の中に顔をうずめる。邦紀には今、後頭部しか見えない。
いつもの日常なのに、そこには、少しだけ違うふたりの姿があった。
〈おわり〉
6/6ページ