番外編

【百合本視点】


 前のわたしは地味だった。髪色は暗かったし、眼鏡もかけていた。

 見た目も暗ければ、心のなかもやさぐれていた気がする。

 日中くんにあいさつされたときも、はじめの頃は「みんなにいい顔をしやがって」なんて疑った見方をしていた。

 絶対に完璧な人はいない。だから、日中くんにも弱点があるはずだ。

 人気者のそれを暴きたくて、彼を目で追うようになった。

 彼を見つめるようになってわかったことがある。日中くんはやっぱり完璧だった。

 それに、彼はある友達といるときに、ますます輝いていた。笑顔がとにかく素敵なのだ。

 いつかわたしにもその笑顔をくれないかな。

 見ているだけで良かったはずなのに、次第に欲はふくれあがっていく。

 それとともに、わたしは自分の髪色を明るくした。

 でも、日中くんに近づくには親友の位置に居座るあいつが邪魔だった。

 小花め。

 日中くんが好きな子たちはみんな言う。あいつは日中くんの親友にふさわしくないと。

 確かに日中くんの親友にしては吊り合いがとれていない。運動も勉強もパッとしない。

 だから、黙っていられなかった。

 あいつはきっと気づいていない。日中くんの親友の位置はあいつにとって奇跡なんだってこと。

 できれば目障りだから消えて欲しいとも思った。

 強引に小花を呼び出し、わたしはぶちまけてしまった。

 性格や口調が悪いのは自覚している。

 バカ面を見てしまったら言わずにはいられなかった。

 だけど、小花は全然傷ついたふりをしてくれなかった。

 むしろ、わたしのことを「素敵な女子」なんて言うから、すごい恥ずかしかった。

 しかも、小花に諭されてうっかり自分の話をしてしまった。

 小花は日中くんがどれだけ素晴らしいかを語る。

 それでわかってしまった。

 日中くんの笑顔の横には絶対に小花の姿があること。小花が日中くんを輝かせているんだ。

 その日から何を血迷ったか、小花とわたしは日中くんを話題にするようになった。

 今日も日中くんの話をバカから聞いた。

「ねえねえ、百合本、聞いてよ。日中さ、女の子と付き合わないってさ」

「へえ」

 女の子とは付き合わないんだ。

「しかも、俺のことが一番大事だって!」

「……ねえ」

「ん?」

 何で気づかないんだろう。

 「好き」や「愛している」なんていう直接的な言葉ではなくても、「一番大事」はそれ以上に重い言葉だ。

 バカ面のこいつに教えてやるにはしゃくだから言ってやらない。

 わたしだってまだ日中くんを手放す気にはなれないのだ。だけど。

「まあ、いいや。日中くんを大事にしなよ」

「もちろん!」

 わたしは日中くんの笑顔が好きだ。

 だから、笑顔を見るにはこいつの存在が必要だ。

 悲しいけれどそれだけは認めるしかない。

「あ、日中!」

「ここだったんだ。あの子が百合本って子?」

 日中くんの微笑がわたしにも注がれる。

 その目が少しだけ厳しくなったのは気のせいではないと思う。

 日中くんはわたしを敵視しているようだ。悲しいけれど。

「百合本さん、だよね?」

「は、はい」

「こいつちょっと抜けてるけど、まあまあいいやつだから。よろしくね」

 にこっと笑ってくれたけれど、腹の中まではわからない。

 黒い影を背負った笑みに見えた。

「日中、帰ろう。じゃあな、百合本」

「それじゃあ、百合本さん、さようなら」

 ああ、もう。

 明らかに笑顔の種類が違う。

 小花に向けられた日中くんの横顔はしまりがなくなっていた。

 わたしにはわからないけれど、日中くんにはあのバカ面もほほえましい姿なのかもしれない。

 今さらだけど、日中くんの弱点はそのバカ面なんだね。

 認めなくちゃいけないんだけれど、失恋を受け入れるには、まだ少し時間がかかりそうだった。

〈おわり〉
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