ゆずりあい

【ゆずりあう前】別視点


「また、あいつ来てる」

他の部員が指差した先には、最近、練習を見ている変な奴。
その目が怜奈ちゃんを追いかけているのを見て、ぴんときた。

「何、お前、もしかして怜奈ちゃんのこと好きなの?」

はじめてかけた声はそれだった。
そいつは図星だと言うように顔を真っ赤に染めて、固まった。

大して特徴のない容姿をして、怜奈ちゃんを好きになる神経がわからない。
しかも、真面目に好きだと想っているところがさらに痛い。

怜奈ちゃんといえば、学校一の美人で、だれもが高嶺の花だと思っている。
まあまあモテる部類の俺も軽く誘ったことがあるが、そっこうで振られた。
それがお前になびくわけないだろう。
マジで、おもしれえ。遊んでやろう。

はじめはそんな気持ちだった。
勢いで自分も怜奈ちゃんが好きと言ったが、それも嘘。
バカみたいに必死になるこいつをおちょくるためだった。

効果はあった。
何かにつけておれにつっかかってくるようになったし、怜奈ちゃんとの妄想も腹がねじれるくらいおもしろかった。

だけど、いつしかその妄想を聞いているうちにイラついてきた。

お前が怜奈ちゃんとキスできるわけない。
もちろん、付き合えるわけない。
強く否定すれば、一瞬だけ、目の前の顔が曇った。
でも、すぐに「お前に言われたくない、か、顔だけのくせに」と言い返される。

おれは一瞬でも、そいつの顔に胸が締め付けられた。
そんな気持ちを隠すように、また、言葉を重ねる。そいつは文句を言う。
もうあの顔は見られなかった。

あいつのあこがれ、怜奈ちゃんと話す機会があった。
怜奈ちゃんは容姿だけではなく、可愛らしい声も、ちょっとした仕草も、魅力の一つだ。

おれは見惚れながらも、服の上からでもわかるたわわな胸や汗をかいたうなじに何の感情もわかないことに気づいた。
確か、少し前は「うわ、抱き締めてえ」とかエロいことを考えていなかったか。

「どうしたの?」

首を傾げる仕草も可愛いのに、ペットや子供を見るときの目と同じになってしまう。
女に欲情できない自分。相手は最高の女。
その日は完全に落ちこんだ。
次の日も嫌いな食べ物を口に入れたみたいに後味の悪さが続いた。

試しにどんな相手なら欲情できるか考えた。怜奈ちゃんはダメだ。
というか、前に確認済みだ。
元カノも照らし合わせてみたが、どうもダメだ。

それなら、誰ならいいのだろう。
三番目を考えたとき、怜奈ちゃんを一心に見つめる奴の顔を浮かべた。

ふつうの顔が真っ赤に染まり、苦痛に歪む。
それは、おれがそいつの奥に入りこんだから。
股と股がぶつかる音。
目には涙を浮かべながらこちらをにらむ。
「やめろよ」と訴えるよう。

しかし、唇からは「あっ」と声がもれた。
首を左右に振り、悔しそうに歯を食いしばっている。
おれが舌でこじ開けると尻が締まって。
同時に達したとき、おれはこの妄想に下半身がうずくのを感じた。

気づいてしまった。おれはそいつを喜んで抱ける。
嘘だろと思う気持ちはイライラに繋がっていき、またそいつを傷つける言葉を探した。

〈おわり〉
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