祈りと喧嘩

【反則】


 文化祭という大きな行事を終え、ようやく、寮の自室で過ごせる。イノリとも生徒会の仕事でしか顔を会わせていない。

 つまり、こうしてプライベートで会うのは、久しぶりとなる。

 俺はかなり緊張していた。きっと、イノリはたまりにたまった性欲をぶつけてくるに違いない。あの熱っぽい視線と手が、俺の肌に触れるのを想像して、全身が熱くなった。

 想像していたものの、部屋に訪れたイノリは“異常”だった。気の良い友だちほどの距離を保ち、それ以上は詰めてこない。お互いにソファの端と端に座った。

 あまりにも遠い距離に、俺の方が焦った。イノリはもしかして、そういう気にならないのかと。俺だけが今夜、期待していたのかと。

「イノリ」

「ん?」

「ん、じゃない」

 言葉にするのが難しい。甘える、という行為をしたことがない俺は、とりわけイノリに対して、プライドが邪魔をする。

 どう告げればいいかと迷っている間に、イノリが先に口を開いた。

「寝ていいよ。疲れただろ?」

「は?」

「会長としてずっと気を張っていたから、疲れたんじゃないかと思って」

 イノリは優しい目を薄めて、微笑む。何だ、この染みるような言葉は。

 俺は目頭が熱くなるのがわかった。確かに体は疲れていた。寝る間も惜しんで、文化祭に力を注いできた。

 イノリはそんな俺の姿を見守ってくれていたのだろう。

「イノリ、すまない」

「何で謝るんだ?」

 イノリは目を見開いて驚く。俺はイノリの愛情をあなどっていた。こんなにも俺のことを考えてくれているなんて。愛しくて仕方ない。

「寝てもいいか?」

「ん」

 イノリの許しを待って、俺はソファの距離を縮めた。背もたれにかかっていた、たくましい腕へと、自分から体を寄せる。

「え、ちょっ!」

 イノリは驚いていたが、俺は胸板に頬を寄せた。どくどくと速まる脈を打つ心音。

 戸惑っていた腕が俺の肩に回される。イノリの体温が俺の頬や肩を温めていく。

 こうしていれば、いずれ全身の体温がイノリと混ざるだろう。

「起きたら、お前の、好きなだけ、するから」

「ん、わかったから、おやすみ」

 心地よいまどろみの中で、イノリの声が遠ざかっていく。起きたら、好きにさせてやろう。いつもはやらないが、こちらからキスするのもいいかもしれない。

 だが、今は寝よう。イノリの温もりに包まれながら、俺は瞼を閉じた。

 まさか俺が眠った後で、イノリが葛藤していたことを知ったのは、目が覚めた時だった。起きてすぐ、ソファに押し倒された。

「寝言で『イノリ、すき』は反則だろ!」

 そんなことは言った覚えはなく、「俺が言うわけがないだろう!」と絶対に認めたくなかった。その態度がイノリの気にさわったらしい。

「俺の好きなだけしていいんだよな?」

 寝ぼけながら伝えたが、自分でも忘れてはいなかった。体が熱くなる。顔もひどく熱くなってきて、たまらず息を吐く。

 イノリの視線に耐えきれずに視線を外せば、「くそ」と悪態をつかれた。こっちも腹が立ってきて、言い返そうと身構えたら、イノリから迫られて面食らった。

 唇を通じて、しっとりとやわらかい感触に酔いしれる。

 イノリの首に自分の腕を回し、もっと欲しいとねだる。言葉で言わなくても、舌先を唇に当てれば、イノリは迎え入れてくれた。ざらついた舌先が絡み、裏側までねっとりと重ね合う。

 荒い息をさせながら、時折、イノリの名前を呼ぶ。熱くなった下半身を足にすりつけられた。

 堪らなかったのは俺だけではなかったらしい。

「ベッド、行こっか」

 イノリの提案にうなずいて、俺は自分から起き上がった。そして、離れていくイノリの唇めがけて、自分の唇を重ねる。

 硬直するイノリ。俺は自分の気持ちに素直に行動しただけなのに、そんなに驚くことだろうか。

 まだ、イノリを前にして素直な言葉を口にするのは難しいが、このくらいならできるようになったのだ、俺も。

〈おわり〉
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