窓際は失恋の場所

4 【仲直り】


 他人の心配より、おれは、末久の態度が気になった。あからさまに無視されるのは、胸の辺りがもやもやする。

 よくよく考えてみると、別に、末久とは友だちとも言いづらい仲だ。永露に言われたからって、無理に距離を気にする必要もなかった。普通にしておけば良かったんだ。

 遠ざけるためとはいえ、「うっとおしい」はさすがに言い過ぎだった。

 謝るか。それで普通の友だち並みの関係に戻るなら、安いもんだろう。

「うわぁあ!」

 いつまで奇声を上げているのか、このイケメンは。おれはどうしようもない永露を残し、棚から本を適当に選びとった。

 翌日。朝一番におれは末久の腕を引き、体育館裏まで連れていった。部活なんて入っていないから、ちょっと走っただけでも息が上がる。

 こんなところまて連れてこられた末久は、訝しげに眉を寄せる。

 息がどうにか落ち着いてきて、「あのな、末久」と話を切り出した。末久の口が開くのを待たない。

「昨日はごめん!」

 勢いよく頭を下げる。昨日からずっと、シミュレーションしてきた。末久が何か言う前に、謝ってしまえと。

「言い過ぎた。『うっとおしい』とか思ってないから。ちょっと、昨日はイラついていて、末久に当たっただけなんだ」

 全部、本当だ。嘘は言っていない。謝罪はした。言い訳も付け加えた。

 後は末久がどう思うかだ。おれは言葉を待った。頭を下げて、自分の靴先を眺めながら、末久の反応を待ち続けた。

 長いため息が吐かれる。それは呆れから来たものなのか、判断がつかない。

「いいって。おれもしつこかったし。まあ、少し傷ついたけど。ほら、頭を上げろよ」

 末久はおれの両肩を掴んだ。

「ごめんな」

 申し出に甘えて頭を上げれば、末久は明るく歯を見せていた。

「そんなことより、話を聞かせろよ」

 癖のようにおれの首の後ろに腕を回してくる。うっとおしいのは嘘じゃなかったかもしれない。

「話?」

「昨日の放課後の話。永露と一緒にいただろ。いつの間に、そんなに仲よくなってんだよ」

 完全に忘れていた。永露は末久と目が合い、震えていたんだった。おれも目撃されてしまったらしい。

「別に仲は良くない。ただ、永露は図書室に本を読みに来ているだけ」

「ああ、それで永露が気になった感じ」

「そんなとこ」

 永露がなぜ、図書室に通いはじめたのかは、末久だけには伝えてはならない。おれの口からはせいぜい、このくらいしか言えない。

「やっと、理解できたわ、うん。それにしても、永露、おれに気づいたらすぐに無視するし……」

「お前も無視しただろ、おれのこと」

「あ、それはごめん。なんか、気まずくてさ」

 だろうな、とは思った。おれもあの瞬間、どうしていいかわからなかったし、反応をされたらされたで困っただろう。

「これでお互い、わだかまりなしか」

 おれの言葉に、末久は「だな」と相づちを打ってくる。

 もやもやしていたものがすっかり抜け落ちて、体が軽く感じた。

 その日の放課後。鼻歌を歌いながら返却された本を棚に戻していると、急に肩が重くなった。後ろから両肩を掴まれたからだ。

 掴まれただけでなく、下に向かって押されている。

「見原。今朝、末久と何があったのかな?」

「永露。お前、何で知ってんの?」

 首だけで振り返れば、永露の冷たい目が見ろしていた。おれよりも頭1つ分高いところから、笑っているようで笑っていない目が怖かった。

「今朝、見原がすごい勢いで末久をどこかに引きずっていったって、同じクラスのやつから聞いた。その後、末久と仲良くじゃれ合ってたでしょ? 何があったの?」

 早口でまくし立ててきた永露に対して、「何もない」と答えるのは嘘になる。

「ただ仲直りしただけ。やっぱり『うっとおしい』は言い過ぎだと思ったし。謝ったら末久も許してくれた」

「ふうん」

 聞いておいて、そのひとことだけか。おれは永露を動揺させたくて、末久の言葉を思い返した。末久を大好きな永露にとっては、聞き捨てならないはずだ。

「そういえば、末久のやつ、永露に無視されたことを気にしてた」

「えっ?」

 肩に置かれていた手の力が抜けた隙に、おれは完全に後ろを振り向き、永露と対面した。

 永露といえば、眉をつり上げ、瞼を限界まで見開いている。「えっ」と言った口のままだ。瞼を何回か瞬きした後、「何で!」と口にした。

「こっちは驚いて、目をそらしちゃっただけなのに」

 永露はしゃがみこんで、頭を抱える。オーバーなやつだなと思いながらも、好きな人に勘違いされているのは気の毒だ。

「次、目が合ったら、手でも振ってやったら? 末久も喜んで手を振り返してくれると思うけど」

 何でおれは、永露を慰める言葉を探しているんだろう。さらさら髪の頭頂部を眺めながら、自分で自分がおかしくて笑った。よくわかんねーなと。

 こんな言葉でも永露は顔を上げて、頼りなく笑う。

「ん、そうだね。やってみようかな」

 視線が合ったくらいで震えているやつができるのかよ。否定しようと思ったのに、永露は立ち上がって、あの窓際に歩いていく。定位置から末久を眺めるために。

 茶化す気にはなれなかった。おれもそろって、窓の外を見下ろす。

「あ、末久」

 いいタイミングで末久と目が合ったので、片手を挙げた。向こうも笑って、手を挙げてくれる。

 永露はどうなったかと横を見れば、がちがちに固まっていた。確かに手を振っているものの、腰の高さにあるため、末久からは見えないだろう。まったく世話が焼ける。

 おれは末久の背中に回りこむと、手首をがしっと掴む。末久に見えるように腕を上げて、大きく横に振ってやった。

 末久は歯を見せるくらいに大笑いして、永露に向かって手を振った。あの感じは完全に、おもしろがっている。

 末久が部活モードになって、おれたちから視線を移したところで、このノリは終わった。

「う、うそ。こんなことってある?」

 顔は強ばったままだが、真っ赤になって永露はうろたえている。そんなに嬉しいか。

「良かったな」

 すっかり他人の恋を見守っている気分だ。いいことをした気になって、笑えた。

 その時だった。ふわっと風が立って、いい香りがしたと思ったら、おれは永露の腕のなかにいた。
4/25ページ