甘くない話

3 【水泳大会】


今日は待ちに待った水泳大会。
まわりを見渡せば、女子の姿が目に映る。スカートから出された足たち。なんてすばらしい大会だ。

それなのにおれというやつは、大会に出ることができない。

得意のクロールで女子たちにアピールできるチャンスだというのに、指をくわえてすみっこにいなくてはならないのだ。
それもこれも、残念な会長さまの“おかげ”だった。

客寄せパンダ状態の生徒会は、女子の期待を裏切るわけにはいかない。
でも、水泳大会を仕切る人は必要だ。生徒会で一番どうでもいい人とすれば、おれ。
満場一致で司会を任されることになったのだ。

「本日最後の試合は、生徒会のみなさんでーす」

やる気のないおれの声に、また一段と黄色い声援が膨れ上がる。
思わず、舌が出てしまった。

我らが会長さまの登場だ。

引き締まった全身は、無駄なぜいにくがついていない。筋肉はつきすぎておらず、ほどよく鍛えられている。女子の目からすれば完璧に映るはずだ。

ちょっと腕を回すだけで、女子は飛び上がって喜んでいる。
全女子の目線を奪う会長がにくらしい。マジで泳いでいる途中に、足でもつればいいのに。

おれの呪いが通じたのか、会長と目が合った。心の声をごまかすように笑ったら、会長はすばらしく間抜けな顔をさらした。
にらんでいるのとは違う。目を開き、一点を見つめているのだ。

マジで足でもつればいいのに。

スタートが切られた。水しぶきが上がり、薄らと水面に人影が見える。
中央の会長はぶっちぎりの速さで通過していく。

泳ぎ切ったあとの歓声はすごいものになるだろう。女子たちが群がって、それを制止するように親衛隊が立ちはだかる。

そのときばかりはおれも近付けなくなる。何だか淋しいような、ムカつくような、感情がごちゃまぜになるのだ。

黄色い声援が悲鳴へと変わった。

なんと、まだ途中というところで、会長は頭を上げていた。ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿は、情けない。
どうやら足がつってしまったらしい会長は、試合を放棄して、プールから上がろうと横に泳ぐ。
でも、片足だけではうまくいかないようで、あまり進まない。

「何やってるんですか」

おれは海パン一丁(いつ何時、出番が来るかわからなかったから)になって、プールに飛びこんだ。
心のなかでは「女子にアピールできるかなぁ」ではなく、「会長を助けだしたい」という変な気分だった。

会長のもとまで行ったら、腕を背中に回してやった。

「会長、大丈夫ですか?」

一応、顔を出して問いかけてみる。答えは返ってこない。
大体、予想はできていた。格好悪いところを見せてしまって、顔を向けることができないのだろう。
背けた横顔はついさっき水から上がったとは思えないほど、赤く染まっていた。
本当に大事なところでミスをする残念な人だけど、だれも会長を嫌いになったりできない。聞こえていないかもしれないが、今も拍手が鳴っている。会長を応援するように。

「途中までは、まあまあかっこよかったですよ」

「うるせえ」

照れているくせに。

「とりあえず、声援に応えて、ゴールまで行ってみませんか?」

プールの外では「がんばれー」とか「二人でゴールしちゃえー」とか声援が飛んでる。プールで二人三脚はおもしろいかもしれない。でも、男同士だから張り合いがないか。

「仕方ねえな。この声援には応えなきゃな」

会長もやる気になったみたいで、おれの肩に長くて太い腕がのしかかる。

「行きますよー」

こんなに水泳大会が楽しいものだったなんて、知らなかった。
会長が足をつってくれてよかったなんて、口がさけても言わないけど。

「ありがとう」

小声だったから、正面を向いた会長には届かなかったかもしれない。
今だけは会長と一緒に、ゴールを目指す。

〈おわり〉
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