ゆずりあい

end【おもいあい】


好きだとか、告白したいだとか、すべてが他人事のように聞こえた。

けれど、先程起きたことは、他人事ではないらしい。
同姓のそいつはからかいもなく重い口調で告げてきた。
おれに好きと言った。

一番、心にひっかかったのは、忘れてくれと言ったことだ。
そちらのほうが、すごくムカついた。

こっちは別に気持ち悪いとも迷惑だとも言っていない。
確かに戸惑って固まったが、結論は出していない。
強引に勝手に告げたくせに、後は知らないとか。
好きにしてくれみたいな言い方は、いい加減にしろと怒りがわいてくる。

お前が蒔いた種はちゃんと回収しろよ。
おれはどうしたらいいんだ。

そんなことを真面目に考えようとしてバカみたいだ。
なぜ迷うことがあるのか。
言葉に甘えて忘れてしまえばいい。
そうすれば、悩む必要もない。

翌日から、練習を見に行くのをやめた。
忘れるためには時間を置くことが必要だった。
怜奈ちゃんという高嶺の花に近づこうとしたあまり、あんな事態に陥ったのだからと、おれは学んだ。
すっかりあいつとの縁が切れたと安心した。

早々に帰宅の準備をする。
そのとき、暇をもて余した友達が「なあなあ」と声をかけてきた。
肩に寄りかかってくるから、「重い」と言ってやると、「まあまあ」となだめられた。

「お前って怜奈ちゃんが好きだとか言ってたよな」

「ああ、まあな」

「じゃ、かわいそ~」

そのうれしそうに笑う顔はまったくもって、哀れんでいる顔ではなかった。
おれの不幸が楽しいのだろう。

「怜奈ちゃん、付き合いだしたらしいな、同じ部のやつと」

怜奈ちゃんと同じ部というと陸上部だ。それを聞いて、怜奈ちゃんのとなりにいるのはあいつじゃないかと思った。
二人はお似合いだ。
でも、あいつはおれのことが好きって言っていた。
だけど、それも過去の話だ。
一時の迷いで、忘れてくれと言ったし、付き合っても仕方ない。

怜奈ちゃんが好きなはずなのにあいつがおれ以外の人と付き合い始めたらと考えたら、胸が痛かった。



遠退いたはずの足が向いたのは確かめたかったからだ。
この目で確認して、もやもやとした気持ちが晴れるならそれでいい。
フェンスごしに見るまでは本当に思っていた。

見てしまった。
フェンスの向こうに、あいつと怜奈ちゃんが親しげに話している姿がある。
おれと向き合ったときには絶対にこぼさないほほえみが浮かぶ。
何だ、おれがいなくたってあいつはちゃんと笑える。
忘れてくれと言ったのは、本当に忘れてほしかったのだろう。

本当、余計なことすんなよ。
お前がおれにあんなこと言わなかったら、迷わなくて済んだのにと悔しくなった。

怜奈ちゃんにも嫉妬みたいな感情も抱かなかったはずだ。
ブレーザーの空いた胸元のシャツをぎゅっと握り締める。
胸が痛い。
あまりに痛くてうずくまる。
早く離れたいのに。

「大丈夫か!」

何で気付くんだよ。
おれに駆け寄ってくるんだよ。
フェンスを越えて、必死な顔で。
背中をさすってくれる手に不安とかマイナスのものが溶けていった。
本気で心配する姿だった。

「怜奈ちゃんは……」とまで言ってからやめた。
噂の真相を聞きただす立場ではない。
別の話を振らないといけない。
思って、口から出てきたのは。

「忘れないから。お前の告白、忘れてやるのはやめたから、おれの返事、待っておけよ」

こう言えば、あいつがおれのもとに戻ってきてくれる。
バカみたいな期待を持ちながら、勇気を出して伝えた。
もう少し考えて、告白の答えを出す。
だから、待ってろよ。
その目でおれだけを見てろって。

「考えて……くれるんだな?」

おれがうなずくのを待って、そいつは満面に笑みを浮かべた。
笑った顔は子供っぽくて可愛く見える。
あまりにも嬉しそうだったからこちらも照れた。

バカみたいに顔が熱くなってきて、たまらず目線を落とす。
そいつの指がおれの顎を無理やり押し上げる。

「何するんだよ!」と言いたかった口は塞がれた。
そいつのやわらかい唇がおれの声を奪ったのだ。

周りには結構、人がいるっていうのに。
そいつは「いいだろ」と言ってから、またキスをした。

誰かの悲鳴が聞こえた気がする。
この時を境にして、おれたちは校内の視線を集める存在となるだろう。
怜奈ちゃんと付き合うことも到底ムリ。
それなのに、安心したのはなぜだろう。
まるでこのことを望んでいたみたいな?

「部活終わったら、一緒に帰ろうな」

抱き締められた腕のぬくもりは悪くなかった。
もっと、くっついていたいと思ってしまったのは、おれもそいつと同じことを想っているからかもしれない。

〈おわり〉
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