番外編

【クリスマス前】


 朝、教室に来たら、百合本と平出が俺の席に集まっていた。

「ふたりして、どうしたんだ?」

「こいつがさ、どうしてもお前に確認したいことがあるんだってよ」

 平出によれば俺に話があるらしいが、百合本の顔色を見てもわからなかった。人の席に着いて、頬杖をついているだけだ。いつも通りの顔色と、ふてぶてしい態度は相変わらずで、まったくヒントがない。直接、本人に聞いてみるしかなかった。

「俺に確認って?」

「小花はさぁ、“どうせ”日中くんとクリスマスを過ごすんでしょ?」

 百合本が質問で返してきた。日中とクリスマスを祝うのははじめてじゃない。毎年、気楽に日中の家で騒いでいた。用意されたケーキとチキンとアイスで腹を満たして、日中の部屋でゲームするのがお決まりだった。

「毎年のことだし、そのつもりだけど」

「はあ? 毎年のことって? どう考えても去年とは違うでしょ」

「だよな。なんて言ったって、日中と小花はデキてるんだし。去年のようなクリスマスじゃダメだろ」

「そうなのか?」

 親友同士のクリスマスは知っているが、恋人(まだ言い慣れない)同士のクリスマスはまだ知らない。

 ――あれ、不安になってきた。

 考えてみれば、日中からクリスマス一緒に過ごそうと言われたとき、俺って「あー、おっけー」みたいな軽い返事をしていなかったか? 取るに足らないことみたいに扱っていたような気がする。あまりに軽すぎて日中は「そんなもんか」と落胆していたかもしれない。

「やばい、俺」

 悩む俺をよそにふたりは「デキてるとか、古」、「うるせ」とじゃれている。

「全然、クリスマスのこと考えてなかった!」

 バカが爆発する。ふたりはすんとした顔になった。「また、やってんな」、「確認しておいて正解だったわ」とふたりだけで会話する。

「どうしよ」

 クリスマスもあと3日だ。プレゼントはネット通販で買うとして、当日はどうしたらいいんだ? 泊まりは確定だろうが、肝心の気持ちが追いついていない。

「平出は、むつみと遊ぶんでしょ」

「むつみがうっせえから」

「とか言って、毎年プレゼント買ってやってるくせに。毎回、むつみが自慢してくんだけど」

「は? 自慢とかしてんのかよ、あのガキ」

「ガキ言うな。せいぜい2個違いでしょ。つうか、わたしだけかよ、ひとりなのは」

「あーあ、かわいそう。な、小花」

「小花は今何にも受けつけないから、放置しとこ」

 ひどい言われようだが、いつものことだ。今更、このふたりに相談しても何にも変わらないのは明らかだった。

 放課後。日中との帰り道。俺はクリスマスのことで頭がいっぱいだった。日中はどんな気持ちでクリスマスに誘ったんだろう。いつもの公園の前を過ぎた頃、日中は足を止めた。俺も習って、立ち止まった。

「小花?」

「ん?」

「何か悩み事でもあるの?」

 さすが元親友だ。俺のことをすべてお見通しの日中の前では、隠し事なんてできそうにない。

「悩みというか、クリスマスのことなんだけど。日中が誘ってくれた時、俺の態度があんまり良くなかったよな? せっかくつき合うようになってはじめてのクリスマスなのに。俺、全然、頭になくて、申し訳なくて。ごめん!」

 頭を下げた。どうなるものでもないが、日中にはちゃんと誠意を見せたい。拳を握って力をこめるぐらい気合いを入れたのに、日中は笑った。

「そんなことだったんだ」

「えっ?」

「すごい深刻そうだったから、もっと重い話かと思った。別れるとか言い出したらどうしようかって……」

「日中と別れるわけ無いだろ!」

 これには黙っていられない。冗談でも日中と別れるなんて考えたくない。ちょっとでも考えようものなら、鼻の奥がつんと痛んで、涙が溢れてきた。

「ごめんね、小花」

 まだ泣いてないのに、日中の人差し指が俺の下まつげに触れる。ぽろっと落ちたら、日中の指が受け止めてくれた。

「謝りたいのは俺の方だったのに」

「それね、謝んなくていいよ。変に警戒とか気づかいとかされたくないし、いつも通りの小花でいいからね」

「俺が緊張したら、バカみたいなことしそうだもんな」

「緊張してる小花も可愛いから、それはそれでいいんだけど、リラックスした小花も可愛いからなぁ」

「何それ」

 日中の発言に、外の冷気に触れているはずの顔が熱くなってくる。日中の目を透した俺はどんなふうに見えているんだろう。少なくとも可愛くはないはずだが、日中は認めないだろうと思った。

〈おわり〉
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