番外編

【日中と平出】平出視点


 廊下の真ん中できょろきょろと辺りを見回している日中を発見した。どうせ小花を探しているのだろう。暇だから俺が相手してやるよと上から目線で。

「おーい、そこの日中くーん」

 声をかければ、俺を見つけた日中の顔が明らかに曇った。小花の前じゃ、おそらく絶対にしない表情だろう。感情がだだ漏れている。「探しているのはお前じゃない」とでも言いたそうで、俺はマスクの下に隠れて笑った。

 これが王子と呼ばれているなんてこの学校のやつらはみんなおかしい。もれなく俺以外全員おかしい。

 しかし、日中は俺を無視しなかった。利用できるものは利用しようとでも思ったのかもしれない。

「平出、小花を見なかった?」

「うーん、見たような見なかったような」

「どっち?」

「確か、百合本と一緒にいたような」

「へえ」

 百合本の名前を出したら、明らかに顔に影が差した。日中の心のなかは、真っ黒なんだろう。どす黒いものが体中を渦巻いている想像すると他人のことながらゾッとした。小花はよくこんな化け物と付き合えるよなと同情する。

「あのふたりは本当に仲良いね。妬けちゃうくらい」

「小花と仲良いとか百合本がキレそうだな。まあまあ、そんな怒んなって。あのふたりのことは安心しろ。百合本は人のものを奪ったりしねえよ」

 幼なじみで割と近い距離で見てきた俺にはわかる。いつも失恋しているようだが、その度に泣きわめきながらも次に進む強さがある。弟からもそんな話を聞くし。

「うん、百合本さんがいい子だってことはわかっている。小花が僕を裏切ったりしないこともわかっている。でも、わかっていても、この辺がモヤモヤしてくるんだ。小花のことになると、自信がなくなる」

 胸の辺りを押さえて、日中は気持ちを吐露した。イケメンで通っている男も好きなやつの前では自信が無くなるとは、知らなかった。

 幼い恋しかしたことがない俺にはわからなかった。恋ってやつはそんなものなのか。正体不明すぎて、「あーなるほどな」とどうでもいい相づちになった。

「平出も好きな人ができればわかるよ」

「そんな簡単に好きになったりできるもんかね」

「心外だな。確かに恋に落ちたのは簡単だったけど、僕のは10年越しだよ」

「うぇ!」

 10年。月日を考えると気が遠くなった。どれだけ、こじらせてたんだよ。よく待てたな。日中の忍耐がすごい。

「いや、まあ、あれだ、幸せになって、良かったな」

 収まるところに収まって良かったなと純粋に思う。

「うん。だから、この幸せを壊すやつを許せないんだ。もちろん……君であってもね。で、結局、小花は本当はどこにいるの?」

 背中がぞわっとした。日中は相変わらず笑っていたけど、目では俺を殺していた。おそらく。俺はあっさり小花が職員室に行ったことをバラした。先生から呼び出しがあったためだ。

「そっか、わかったよ。ありがとう」

 そう言って浮かべた日中の笑顔は偽物だった。俺は震えの止まらない肩を自分で抱き締めていた。

〈おわり〉
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