窓際は失恋の場所

end【きっかけは窓際】


 はじめて永露に好きと言ってから、1週間が過ぎた。12月に入り、登校時にはマフラーとコートが手放せない日々が続く。

 今日も最低気温を記録したし、そろそろカイロを持った方がいいかもしれない。

 寒さでかじかんだ指をさすりながら、暖房のきいた教室に入った途端、絡まれた。

「おっす、見原」

 朝から人の首に腕を回してくるのは、相変わらずの末久。マフラーごと引き寄せてくる、安定のうざさだ。おれは気だるそうに「おー」と返し、その腕を外しにかかる。

 教室の中だとはいえ、こんなところをうっかり“あの男”に見られたりしたら、いちいち面倒くさい。

 ずっと片想いの相手だった末久相手にも、嫉妬してくる“あの男”のことだ。大体、どんな感じで責めてくるか、想像がつく。

 「ねえ」と幻聴までした。

「うわ、永露じゃん。わざわざどうした?」

 幻聴ではなかったらしい。

 朝、一緒に登校してきて、先ほど教室前で別れたのに、永露が涼しい顔をして立っていた。

 登校時に着ていたグレーのピーコートは脱いでいて、ブレザー姿。おれたちと同じ制服に身を包んでいるはずなのに、何かが違う。

 足の長さか、顔の良さか、たぶん、どれも当てはまる。どこからどう見ても、永露はイケメンだ。

 永露がどんなにイケメンで、涼しい顔といっても、おれにはそれが偽りだとわかる。微笑していても、視線が厳しい。おれの首に巻かれた末久の腕をこれでもかと、にらんでいる。

「ちょっと、離してもらえるかな? 見原に用があるんだ」

 交渉して、末久の腕を掴んで下ろさせる。

「あ、そうなのか? じゃあ、しょうがねえな」

 永露も永露で嫉妬深いとは思うけど、おれもおれで、末久の腕に触れている指を見つめてしまう。触れてんな、離れろよ、と。

「ごめん」

 永露は誰に謝ったんだろう? すぐに末久の腕から手を離して、おれの手を掴んだ。そのまま引っ張られて末久から遠ざけられた。まだ、マフラーも外してないし、コートも脱いでないのに。

 人気のない端っこの階段の踊り場で、永露は足を止めた。日差しがなく、足元から冷えてくる感じだ。コートもマフラーもしていない永露が心配になった。

「寒くないか、永露?」

「すごい、寒い」

 だろうなと思う。鼻先が赤いし、腕を組んで、ぶるぶる震えている。

 たぶん、後先考えないで、おれに話しかけたんだと思う。用なんて無いはずなのに用があると嘘までついて。

「ほら、これ」

 おれは黒のピーコートを着ていたから、マフラーを永露の首にかけてやった。首を一回り巻いてやると、永露はマフラーに手をそえる。

 鼻をすんってするから、おれは驚いた。匂いを嗅がれている?

「見原の匂いがする」

 永露は顔を赤らめて、そんな恥ずかしいことを言った。そう、この1週間で、永露はデレていた。

 登校時にも手を繋ぎたがったり、隙あらば、顔を寄せてきたりする。図書室でも横並びに座りだし、人の肩に頭をのせてくるなど、距離が無くなった。

「に、おいなんてしないだろ。嘘つくな」

 おれはどうしていいかわからず、戸惑うばかりだ。

「するよ。安心する」

 マフラーに頬擦りしながら、目を細める永露は、嬉しそうだ。

 おれの方が顔が熱くなってきた。マフラーなんてもう必要ないくらい、体が熱い。

「ホントお前って」

 言葉が続かない。呆れているけど、呆れよりも恥ずかしい。永露に言われるまで自分の匂いを意識したことがなかった。匂いなんかで嬉しがられたり、安心されたりことなんて、ない。

「俺、浮かれすぎかな? 見原、退いちゃった?」

 そして、この永露は人より不安が大きい。おれがちゃんと言葉にしないと伝わらない。

「退かない。ただ、恥ずかしいだけだから。匂いとかそういうの、はじめて言われて……ただ、どうしていいかわからなくて」

 目線をさ迷わせて、結局、永露の目に戻ってきた。言葉はなくても、優しくて温かい目に迎え入れられる。

 そこで笑うから、おれは「うっ」と胸を押さえた。朝から本当に心臓に悪い。

 永露は平然としているのに、ひとりで慌てている自分が恥ずかしい。

「何だよ、おればっかり情けない」

 言えば、「見原だけじゃないよ」と頭上で声がした。意図しないところから声がしたのは、すでに永露によって抱き締められていたからだ。

 永露の方が背が高いからおれの肩に顎が載る。背中に回った腕がそれなりの力をこめてくる。おれだって、非力じゃない。抱き返して、お互いの隙間をこれでもかと埋める。

 全身で永露を感じることがこんなに嬉しい。

「見原、見原、見原」

 名前を呼ばれるだけでこんなに気持ちが浮く。「なんだよ」と腕をゆるめてのぞきこんでやれば、永露の顔が迫っていた。

 その瞬間、唇に温かいものが当たった。つまり、キスだ。

「お、まえ、不意打ちやめろよ」

「ずっと、こうしたかった」

 永露の目が潤む。

「もっと、抱き締めていい?」

 答えなんか決まっている。

「いいよ。おれも抱き締めるし」

 ぎゅっと強く永露の背中に腕を回した。

〈おわり〉
25/25ページ