眩しい笑顔
end【日中を笑わせたい】
結局眠れないまま、一晩を過ごした。
目はぎらついていて、あくびすら出てこない。重たい体を起こして、ベッドの上で膝を腕で抱える。
眠れない俺をよそに、日中はこっちに背中を向けて寝ていた。寝息に合わせて、横になった肩がわずかに動く。
特に日中は、いびきをかかない。落ち着いた寝息を立てているだけだ。本当にうらやましい。
そこまで考えて、はたと気づく。これはチャンスではないだろうか。
日中には、いつも寝顔を見られるだけ見られてきた俺だ。今日にいたっては、俺の方から眺めても許されるだろう。周りを見渡したって、自分の部屋だ。日中と俺だけで、誰もいないし。よし、見よう。
ベッドからはい出し、布団に近づいていく。回りこんで見下ろすと、日中の横顔があった。枕の上で腕に頭を乗せている。俺みたいに枕に直に頬を押しつけたりしないらしい。
両膝をついて、前のめりになりながら、じっと観察した。
瞼を伏せた縁には、長いまつ毛がびっしり並んでいる。斜めに降りた前髪も、半開きの唇も、無防備な日中だった。おそらく俺だけしか見ることが許されない日中の姿だ。胸の奥があったかくなる。
――好きだな、やっぱり。
俺は日中の笑顔が好きだった。「すっごくいい!」と叫びたくなるくらいに、好きだった。
だけど、今は笑顔だけじゃない。
日中の寝顔も好きだ。俺のことを好きだと言ってくれた日中も。アイスでとろけるような顔をする子供っぽい日中も。浮かれて変なことを言っちゃう日中も。思い出せるだけ全部、好きだ。
きっと、俺がまだ見たことのない日中もいるのだろう。そばにいる限り、見ていけるはずだ。これから少しずつ、知っていけたらいい。
じっと眺めていたら、早く日中に「おはよう」と言いたくなってきた。目が覚めたら、真っ先に俺の顔を見てほしい。きもいかもしれないが、そうしたい。しかも、触れ放題のこの状況。
日中の頬に手を伸ばし、触れていいかどうか迷った。起こすのも悪い気がする。せっかく寝てるのに。
手を引っこめようとしたら、
「小花、おはよう」
と、瞼が開いた。
「う、わっ!」
驚いて後ろにのけ反ると、日中は俺の腕を掴む。普段とは違う強引さに抵抗できない。そのまま引っ張られて、俺は日中に覆い被さる体勢になってしまった。
日中の体に密着しただけで、俺の頭はあっさりキャパオーバー。体を起こそうと、もがく。
もがきにもがこうとするけど、日中に腕を掴まれていて離れられなかった。そんな中で、逆の手を使って俺の頭を撫でてくるのは、反則だと思った。
「小花」と掠れた声で呼ばれて、ドキドキしないわけがない。まさか、キスされんのか。朝っぱらから恋人みたいなことができるんだろうか。それなら、それでいい。
ぎゅっと目をつむり、次の行動に備えた。ほら、来い。
身構えていたら、腕を掴んでいた日中の手は力を失い、俺は解放された。
――あれ?
日中は何にもしなかった。ただただ、寝息が聞こえてくる。目を開けて、見上げてみれば、瞼を伏せた日中はまだ眠りのなかにいるようだ。
――まさか、寝ぼけてた?
日中も寝ぼけたりするんだ。俺じゃあるまいし。おもしろくて笑ってしまった。
一笑いして、くっついていると、何かあくびが出た。温かいせいか、眠くなってくる。このまま目をつむったら、寝てしまいそうだ。
日中が目を覚ましたら驚くだろうに、そんなことも考えられなくなる。うつ伏せになって、心音に耳を傾けて、目をつむる。日中の手に自分の手を重ねた。
「ひなか、すき」
日中の笑顔を瞼の裏に浮かべる。きっと起きたら、日中は今日も一番の笑顔をくれる。それなら俺だって、負けないくらい日中を笑わせてやろう。
〈おわり〉