きみの家と、その周辺の話

end【変わり続ける】


 季節は夏に変わった。連日、日差しは強く、最高気温を記録している。そんな暑い中、俺と渓太は公園にいた。

 思い出の公園で、はじめて父さんに渓太を紹介する。

 唯一、憩えそうな日陰のベンチで3人。その後はレストランに入って、昼食を取るという約束だった。

 父さんと会う前日に、渓太とつき合っていることを母さんに伝えた。それに対して「何となくそんな気がしてた」と言われた。

 「恋する女はそういうの、わかっちゃうのよね」と言っていたので、「あっそ」と素っ気なく返したのは、今でも正解だと思う。

 でも、「寛人が幸せならお母さんはそれでいいの」と言われたのには、ちょっと泣きそうになった。俺も「母さんが幸せならそれでいい」と思っているし、応援したい。そう言ったら「あっそ」と母さんは涙ぐみながら返した。

 問題は渓太のほうだ。これまでの俺の話し方が悪かったのか、渓太は父さんに対してあまりいい印象を持っていないようだ。紹介したものの、返答が短く、続けようという意志を感じられなかった。

 この父さんがそんなぎこちなさに気づくわけもなかった。渓太に対して、学校ではどんな部活に入っているかとか、陸上部の話とか、どんどん質問してきた。臆さないこの姿勢が人を絆すのかもしれない。

 話していくうちに渓太もほんの少し声のトーンを上げた。

「しかし、違う学校に通っているのに、友達でいられるのはすごいな。普通、疎遠になりそうなもんだ」
「渓太がすごいんだよ。卒業しても友達でいようって、本当に行動で示してきて」
「寛人も寛人で、色々相談してくるから、疎遠にならずに済みました」
「お互いにこの関係を守り続けたってわけだな」

 父さんのまとめが一番しっくりきた。どちらも同じくらいこの関係を大事に思っていたから、続いてきたのだろう。そしてこれからも繋がっていけるとしたらどれだけ幸せだろう。

「しかし、お前が友達を紹介するなんていうから、彼女かと思った」

 渓太と目が合って、俺だけ笑う。もしこの関係が続くとしたら、また違ったかたちで父に紹介できるかもしれない。それまではこのままにしておきたかったが、隣の渓太が黙っていなかった。

「彼女ではありません、彼氏です」

 明らかに父さんの笑顔が強張った。我に返ったのか、心臓の辺りに手を置いて、息を飲み込んだ。そして、俺と渓太を交互に眺める。これが一般的なリアクションなのだろう。

「寛人と渓太くんが付き合ってる――で、合ってるか?」

 渓太は真っ先にうなずくから、俺も曖昧に小さく頷いた。内心では「やめてくれ」と慌てていたが、父さんは「そうか」と納得したように言う。結婚するわけでもないのに、この緊張感は何だ。

「俺が言うのも何だが、寛人は自分の気持ちをすぐ隠してしまう。簡単に笑顔で誤魔化せてしまうんだ。笑っててもちゃんと傷ついているときには傷ついている。それを渓太くんにはちゃんと見ててほしい。ちゃんと会話をして、相手を尊重して……」

 父さんは「とにかく、仲良くな!」とまとめた。

「もちろんです」

 先に言われてしまった。恥ずかしげもなく言い切る渓太が恨めしく思った。

 渓太の手が俺の手を包み込む。父さんの前なのに。

「そんなの、言われなくても……する」

 夏の暑さなんて序の口だった。渓太の隣にいるだけで、暑さは増していく。

 父さんは「だろうな」と明るく笑った。



 母さんが夜勤でもない日のこと。おじさんが帰ってくる前に、渓太の家で一緒に風呂に入ることになった。俺が決めたわけでなく、渓太が少しでもいちゃつきたいというものだった。

 男同士がいちゃつくとは何なのか。疑問でしかなかったが、浴槽に同じ方向に足を出しながら、くっついているのがいちゃつくことになるらしい。友達なら、まずこんな距離にはいない。

「渓太、暑苦しいんだけど」
「ん」
「聞いてんの?」
「ん」

 こっちのモードに入った渓太とは、会話にならない。腹の前で太い腕が回る。首筋に当たる渓太の吐息。濡れた舌先が耳の裏をなめてくるのがくすぐったい。

「ん、あ、やだ」
「エロい声。もっと聞きたい」

 しまいには頬を横に向けられて、キスをされた。その間にも、手のひらの感触が胸や腰を這い回る。逃げようと身をよじるたびに、水面に飛沫が現れた。浴槽のなかで擦りつけようとするのは拒否したいが、気持ちよくて止められなかった。

 風呂から出る頃には、湯の熱さと渓太の行為の激しさにぐったりする。俺の息は絶え絶えだった。

「付き合ってるやつらって、みんなこんなことしてんの?」
「さあな。他のやつらなんて興味ない」

 俺がバスタオルで身体を拭いている間も、渓太は腕を伸ばして頬を擦り付けてくる。いやもう、俺のことをペットか何かだと思っているのだろう。

 同性であるし、裸を見られるのに抵抗はないが、変な目的を持って触られるのは抵抗がある。このときの渓太の手には、未だに慣れない。背中をぞわぞわと這い上がってくるものがある。

 不器用な指が胸板をさすってきた。平たいだけの胸も渓太は触りたいらしい。耳元で低く「寛人」と呼ばれると、友達から恋人に完全に切り替わる。

「やめろよ。おじさんが、帰ってくる」
「そうだな。それまでにしないと、この顔を見せることになるな」

 最近の渓太は意地悪く笑うことを覚えたらしい。俺が切羽詰まるとよく出してくる顔だ。その顔が格好よく見えて、さらに憎らしかった。

「そんなことを言っていると、もう一緒に風呂に入らないからな。このいちゃいちゃも禁止……って」

 口にしてみて、馬鹿げていることに気づく。完全に恋人に対する口調だ。恋とかいう熱に完全に浮かされて言わされただけだ。恥ずかしいままに流れる、目の前の沈黙が耐え切れない。

「それは……嫌だ」

 渓太には効果があったようだ。小さく短い声の後、腕から開放された。「お前はそれでいい!」と言いたい。この渓太ならまだ、太刀打ちできそうだ。

「じゃあ、少しは自重してもらって」

 身体を自由に動かせるようになって、着替えるため服に手をかけた。

 そのはずが、大きな熱い手が俺の手を引っ張ってきた。唇に触れた温かさに戸惑う。渓太の息づかいを至近距離に感じる。

 渓太の胸を押しやると、ようやく離れた。

「渓太!」
「これだけはもらっておこうと思って」

 いきなりで心音が暴れ回る。一度振り上げようとした拳を下げたのは、渓太の逸らした顔を見たからだ。うなじや耳が赤くなっている。それは渓太が照れている証拠だった。

「後で恥ずかしくなるなら、やめなよ」
「なってない」
「なってる。耳赤いし」
「うるさい」
「また、すねてんの? 子供か」
「お前だって……」

 ついさっきまで恋人だったのに、今は友達みたいに喧嘩する。

 これが友達――親友だった渓太と付き合うことなんだろう。

〈おわり〉
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