窓際は失恋の場所

20【慰めラーメン】


 ――「忘れなきゃって思うのに、勝手に末久を探しちゃう。ホント、自分でもバカだと思うんだけど、やめられないんだ」

 末久の落ちこみようを見たら喜べないけど、永露にしてみればこれはチャンスだった。失恋した末久を次の恋に走らせるための。

 だとしても、男同士だとか、困難がつきまとう。

 絡み合う糸を解こうとしてきつく結んだみたいに、複雑すぎる。おれは外野なのに、胸の辺りがモヤモヤするのは、きっとそのせいだ。

 図書室に着いたのは珍しく永露の方が早かった。

 すでに自分の席についていて、窓を眺める横顔があった。日差しを受けると少しだけ明るくなる髪、伏せがちの目、きゅっと結ばれたままの口元。

「永露」

 永露に声をかけるつもりじゃなかったのに、本人には届いてしまったらしい。瞳が動いて、こちらに向けられる。結ばれた口元が開く。

「見原、どうした?」

「いや、何でもない」

「何でもないって顔じゃないけど」

「そうか?」

 何でもないって顔って何だ? 自分の顔に触れてみても、特に変化はわからない。鏡がなければ、自分で顔色を確認できないのは明らかだ。

 永露が疲れたようにため息を吐く。

「見原って、自分の話をしないね」

「してるだろ。これは嫌だとか、好きとか」

「してるけど、それは趣味の話だよ。悩みとか、考えていることとかは話してくれない。俺は、結構、見原に話しているから、不公平だなって」

「それは」

 言おうとして口を閉じる。言えるわけがなかった。

 おれの悩みのほとんどに永露が関わっている。本人に相談するには抵抗がある。しかも、今回は末久がらみで複雑すぎた。

「やっぱり、話せない?」

 話してもいいけど、上手く話せるか自信がない。とはいっても、しゅんとした永露の姿に弱くて、簡単には断れない。

 むしろ、話してみるかと思った。自分の心を軽くしたい。目を見て言うのは勇気がいるから、床を見つつ、口を開けた。

「実は今朝、聞いたんだけど、末久が彼女と別れたらしい。それで、めちゃくちゃ落ちこんでる。おれは永露の気持ちも知っているけど、末久の姿を見たら、何か喜べないし。でも永露が諦めきれないなら、末久とのことを応援したいし。その辺で悩んでる」

 全部、話してすっきりしたものの、永露のリアクションが気になった。

 なんて返してくるだろう。「俺のことばっかり考えて気持ち悪い」と言われたら、あまり考えないようにしますとしか言えない。

 一番辛いのは、「あー、そーなんだ」と苦笑されることだろうけど。どっちみち立ち直るには時間がかかりそうだ。

 うつむいていた顔を正面に戻すと、今度は永露がテーブルを見ていた。

「そっか、末久がそんなことになってたんだ。で、見原は俺のことを考えて悩んでいるってこと?」

「うん」

「それは……俺に言っても解決できそうにないね」

 永露は口元を手で覆っているけど、顔が赤い。窓から差す陽の光では、さすがにこんなに赤くなることはないだろう。感情的には照れているか、喜んでいるみたいなものか。

 末久がフリーになって、永露が喜ぶのも無理はない。顔を手で隠しているのは、そういう自分が嫌だという抵抗もあるだろう。

 不自然にならないように話を変える。

「慰めるってことで、その内にもしかしたら、末久とラーメン食いに行くかもしれないけど、永露も行く?」

「……行く」

「おれのおごりなんだけど」

「俺も出す」

「それ、ありがたい」

 永露がどんな気持ちなのかわからないけど、最後まで見守るのが「友達」なんだろうなと納得した。「友達」というのはそういうもんだろう。

 「その内」とか社交辞令のように言っていたのに、部活後の末久が、生徒用の玄関を出たら待ち構えていた。

「よう!」

 おれは大声と末久の出現に驚いて、肩がびくっとした。

 対して、隣の永露はほとんどリアクションなしだった。真顔なのがすげえ。驚かないのか、驚いていない振りをしているのか。たぶん、後者だ。

 何にも動じそうにない真顔の裏で、永露の気持ちの起伏が激しいことは知っている。目だけは感情を上手く隠せないのも知っている。おれはずっと永露を見てきた。

 感情を読み取りたくて長く見つめていたら、先に永露の方から視線を反らされた。おれたちの間に流れる微妙な空気にも末久は気にしていないらしい。

「何、驚いてんだよ」

 末久は部活の疲れなど考えさせないほど、元気そうに笑う。こいつ、朝は失恋で落ちこんでいたはずだよなと、疑問が残る。立ち直ったかのように声に張りがあった。

「ラーメン食いに行くとは言ったけど、まさか今日の今日だとは思わなかった」

「いいじゃん。今日、食いてえの。見原のおごりな。永露も来るだろ?」

「行くよ」

 永露はあっさり答える。末久の隣に位置を移して、二対一になる。隣り合って歩き出すふたりを見ると、胸が痛んだ。

 歯を食いしばって、またかよ、と自分に思う。外野にされたぐらいで、気分が悪くなるのをやめたい。どんだけ自分大好きなんだ。いい加減、慣れろよと。

「駅前のラーメン屋でいいか?」

「いいよ」

 おれ抜きで話が進む。末久に「見原もそれでいいか?」と確かめられて、「おー」と元気を装った。
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