浮気され同士
2 【され同士】
最寄りの駅から、一駅を越えたところに、友人の家があった。
同じ大学に通う友人――
体からは人を寄り付かせない、神経質そうな雰囲気を醸し出している。潔癖な性格で、眼鏡拭きを常備している。万年、同じようなシャツとスウェットしか着ない。ひょろりと高い背は、小さな部屋で立ち上がると窮屈そうだ。
心は貝のように閉じ切っていて、開けるのは容易ではない。それでも一度開けば、どんな話でも聞いてくれる。友人の口から「その話はやめろ」と言われたことはない。話の途中でさえぎらない。ただ黙って頷いてくれる。
俺と同じく、ままならない相手と付き合っているのも話しやすい点だった。
今回も坂根の部屋にお邪魔させてもらった。ベッドと机と小さな棚の配置はいつも通りだった。
ベッドを背もたれにして、缶ビールを開ける。床に置いたチータラやミックスナッツの袋も合わせて。
「また浮気された」
余計な説明は不要だ。それだけで坂根はひとつ頷いた。
「家にまで相手の女を上げてさ。一緒に選んだソファに座らせて、俺の買ったクッションを使わせて、マジであいつなんなの? 現行犯で見つけても、ケロッとしてる。むしろ、怒られるのは俺だよ。あいつの頭の中、どうなってんだろうな。人間じゃないってこと?」
「浮気野郎の心理などわからん。俺たちにわかるはずもない」
「そうだよ。俺たち、浮気なんかしたことないからね!」
酒を一缶飲み干して、一息ついた。意味ありげな目を向けられる。坂根も何か話すことがあるらしい。
「どうした?」
「やっぱり、あいつ浮気してた。ついさっき、金も貸した」
「あー、マジか」
坂根の場合は浮気と借金のダブルパンチ。お相手に軽く挨拶したことがあるが、どこまでも軽い感じだった。堅実な坂根がどうやって好きになったのか、仕組みがわからない。ただ、ヘラヘラと笑う顔は、不思議と憎めなかった気がする。
「大学生に三万は高い」
「今回は何に必要なんだって?」
「さあ。聞いたところで本当のことは言ってくれない。どうせパチンコだろ」
「しょうもな!」
俺が代わりに言ってやれば、坂根の顔色がいくらか明るくなった。溜まったうっぷんを少しは解消できたのだろう。
お互いの話をするようになって、暗黙の了解だが、絶対に言わない言葉を決めている。それは「別れたら」だ。絶対に言わないし、自分も言われたくない。簡単に別れられない理由は、はじめに説明した。坂根も同じような理由だろう。
「あー、腹立つ。いっそのこと、SNSに浮気写真をアップしてやろうかな。モザイクつきで」
「そんなことしたら、報復が怖い。あっという間にお前のほうがストーカー犯にされるかもしれん」
知恵と人脈だけはあるから、狭間が周りを使って、俺を攻撃してくる可能性はある。
「社会的に抹殺されるのは、俺のほうか……」
目の前の想像で暗くなってきたところで、頭に手を置かれた。ポンポンとしてから、撫でてくる。
「大丈夫。他の奴らが敵になっても、俺だけはわかってるから」
酔っ払っているのか、坂根は微笑を浮かべた。不思議と後光が差して見える。拝めば、ご利益がありそうだ。眼鏡をかけた仏は未だ見たことがないので、外して差し上げると、無防備な目が細められた。
「眼鏡ないと変な感じ」
「ああ。お前の顔がぼやけて見える」
そう言って近づいてくる顔に、なぜか胸が跳ねた。一度も揺れたことのない感情が動き出しそうで怖かった。俺は顔を避けて、酒を飲むことにした。酒に集中すれば、この妙な気持ちも忘れるだろうと見越していた。