祈りと喧嘩

【不幸せなこと】R15イノリ視点


「お前はバカか」

 こいつの罵声から、ことははじまる。俺はいつものことかと半分呆れ返りながらも、こいつを床に組み敷く。

「やめろと言っているのに」

 暴れられないように両肩を手で押しつけて、両足を俺の足で挟んでやる。力はまあまあ同じくらいだけど、不意打ちなら勝てる。

 やめろでも何でも、これではもう逃げられない。顔を近付けたらこいつはそっぽを向く。

 そちらがその気ならと唇にキスしないで、わざと遠回りにキスをする。

 耳たぶ、ほっぺ、おでこ、軽く触れていく。鼻の頭まで来て、まじまじと顔を見下ろした。

 何という顔をしているのだろう。恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、目をかたくつむっている。

「恥ずかしい?」

「当たり前だ」

 女性経験豊富なこいつがこんなことで顔を真っ赤にさせる。普段は冷静な顔で書類と見合っているのにギャップだ。

 たまらなくて顎を引き寄せ、唇をふさぐ。鼻にかかった息の音はまあまあ色気がある。

 顔を離すと笑えてしまう。俺はこういう顔をさせたくて、喧嘩をふっかけたのもしれない。きっとこっちを見てほしかったのだ。

 でもそのうちに、俺は男しか好きになれないのに、他の女を見やがって。なんて勝手に一方的にいらだって、とうとう限界を越えたのがこの前のこと。

「怖い?」

「少しな」

 シャツのボタンに手をかけるだけでも、身を震わせる。本当に恐いのだろう。

 ボタンを外し、作った隙間から肌に手をはわせる。「ん」と小さくもらした声に興奮しつつ、脂肪の少ない筋肉に覆われた胸を包む。あったかい。しばらくは気持ち良くしてあげる。

「はあ」

 吐息は大きく、無防備に口を開くから舌を入れてみた。キスに集中している隙に、尻やら大事なところに触れた。

 男のなかで唯一やわらかそうな尻も筋肉で引き締まっている。というか、「緊張してる?」。

「そんなことはどうでもいいだろう」

 目をそらすということは図星だ。内心笑う。緊張をほぐすように両手でもむと、いつもは意志の強い目が伏せられた。

 まつ毛が震えている。見ていたくないのだろう。プライドの高さは変わらない。あとはご機嫌を伺いつつ、繋げた。

 この気持ちはだれかとなんて比べられない。ずっと望んでいてようやく手に入ったのだ。これ以上のしあわせはない。他はすべて不幸せだ。

 心地いい疲労感に、目をつむると、隣から動く気配がした。寝ていなかったようだ。

 なぜかあたたかい手の感触がする。くすぐったいほどのやさしい手つきだ。

 まさか俺にいたずらでもしようとしているのか。いつもは自ら触れようとしないくせに、あいつらしくなくて微笑ましかった。

〈おわり〉
2/4ページ
スキ