窓際は失恋の場所

2 【永露の話】


 名前を知れば、どんな人なのか、周りに聞いてみたくなるものだ。

 翌日、ちょうど登校してきた末久すえひさに、「永露って、知ってるか?」とたずねた。

「永露? ああ、流し目ひとつで女の子を落とせると噂の永露か」

 確かに、永露の外見なら、女子受けは良さそうだ。

 横に流れる髪の毛は、さらさらだった。本を差し出したときに見えた長い指は、爪も整っていた。放課後だというのに、汗の臭いもしなかった。

「有名なのか?」

「有名というか、いると目立つんだよなー。まあ、話してみれば、普通だけど」

「永露と話したことがあるのか?」

「まあ、1年の時、同じクラスだったから、ちょこちょこ」

 末久は短く刈りこんだ後頭部を癖のように触った。

 部活に力を入れているためか、腕や首や顔は日に焼けている。これから来る夏に向けて、どんどん日焼けが濃くなっていくのだろう。

 末久の話は、今はどうでもよかった。

「どんなやつ?」

「んー、本当に普通なんだよな。外見は派手だけど、本人はいたって普通で。格好つけてもないし。話しやすいし」

「そうか」

 まだ2回しか遭遇していない相手だが、末久の話はすんなり信じられた。

 末久は割と人間の本質を見ているし、偏見も少ない。素直な目で見た感想なのだろう。

 ただ、たまにしつこくてうざい。それをおれは忘れていた。

「で、見原みはら。何で永露の話?」

 末久の鋭い質問に、おれは「まあな」と答えにならない答えを返す。

「全然、答えになってねえし」

 末久は満足せず、おれの首に腕を回し、力をこめてきた。

 とはいっても、じゃれついているだけで大して苦しくはない。

「何となく、気になっただけだから!」

「その、気になった理由を聞いてんだけどな」

 末久、本当に聞きたいか。

 ――「2日前、図書室に永露が現れて、窓の外を見ていたんだ。優しい表情で見下ろす永露の視線の先が気になっている」とでも言えばいいのか。

 末久だって、そんな風に告げられてもリアクションに困るだけだろう。

「忘れろ!」

「そう簡単に忘れるか!」

 ふたりでじゃれている間に、ふと視線が気になった。

 おれと末久がうるさかったせいだろうか、一瞬、誰かと目が合った気がした。

 教室の入り口から、ちらっと見えた人影。

 顔を確かめる前に、その人影は入り口から離れて遠ざかっていく。誰だったんだろう。

「おい、話は終わってねえぞ」

「もういいって!」

 しつこい末久は担任が来るまで、おれを解放してくれなかった。

 どうにか末久の追及から逃れ、1日の授業は終わった。

 みんなが部活で慌ただしく準備をする中、おれは帰宅部だから、忙しくする必要もない。ひとりで図書室に向かった。

 リュックをカウンター下に置き、今日読む本を決める。

 気持ち的には、サスペンスでもファンタジーでもいいな。できれば、1冊で完結するものがいい。

 短編集がいいかもしれない。ひとり好きな作家さんがいる。ホラーになってしまうが、まあいいだろう。

 本棚に向かい合い、選んでいるとき。

「あの」

 また、邪魔をされた。誰かがおれの後ろに立っているらしい。

 後ろを振り向くと、永露がいつの間にか、立っていた。

 驚きながらも、おれは末久の話を思い出した。

 ――「外見は派手だけど、本人はいたって普通で。格好つけてもないし。話しやすいし」

 そんなに身構える必要はないのかもしれない。事前の情報のおかげで、いくらか肩の力が抜けた。

「何か?」

「いや、何でもない、かな」

「何でもないのに、呼んだのか?」

 わざわざ話しかけておいて、「何でもない」はないだろう。

 イラついてきたので、にらみつけてやれば、永露は目を泳がせた。答えに迷っていたようだが、やっと決意したように視線をおれに向けた。

「やっぱり、聞いてもいいかな?」

「おう」

「末久とは、友達?」

 「末久」を思い出すのは、簡単だった。朝からじゃれついていた。あの短髪頭は忘れようとも忘れられない。

 それよりも、おれは「友達?」と問われたことに疑問しかなかった。

「何で、そんなことを?」

「朝。教室でふたりの仲が良さそうだったから」

 永露は頬を上げて、笑った。でも、目は笑っていない。凍りつくような冷たい目だった。男子陸上部を眺める穏やかな目とは対照的だった。

 ああ、なるほど。この時、おれは朝の視線の行方がわかった。永露がおれと末久のじゃれ合いを見ていた。

 だが、疑問が浮かぶ。ふたりのじゃれ合いを見たぐらいで、永露がこの質問をしてくるのがおかしい。

「友達というには、そんなに近くないけど」

「ふうん、そっか」

 末久は永露は話しやすいと言っていた。その割に、永露から流れてくる暗いオーラはおれを威圧してくる。

 見せる笑顔も心なしか影になっている。永露は一歩一歩、おれに近づいて、足を止めた。耳元に唇を寄せてくる。

「じゃあさ、その距離から近づかないでよ」
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