窓際は失恋の場所

18【親友の願い】


 突然やってきた淋しさを拭えないまま、放課後になった。

 時間の流れは早いものだと思う。考え事をしている間も、確実に時間は経過しているのだろう。

 季節もそうだ。永露と梅雨の時期に出会ってから、もう4ヶ月は経っている。

 窓の外の枝葉もすっかり枯れて、まだら模様のじゅうたんが風にさらわれて乾いた音を鳴らした。

 いつもの人気のない廊下、階段を上がると、図書室がある。扉の前には意外な人が立っていた。

「見原せんぱい」

「あれ、重岡ちゃん、どうした?」

「すみません。あ、あの、少しいいですか?」

 図書室に入ってから話せばいいと思うけど、そうはいかないらしい。重岡ちゃんはおれのブレザーの端っこを掴んだ。

 見下ろすと、緊張しているかのように張り詰めた顔をしている。浮かんだ汗といい、頬が赤くて「まさか」と、ある可能性が頭をよぎった。

 よぎったものの、いや、あれだけ「無い」と言われたし、やっぱりないと思う。

「いいよ」

 おれの答えに、重岡ちゃんはいくらかリラックスしたらしい。肩の力を抜いて、掴んでいた端っこから手を放した。小さく笑う。

「それじゃ、場所を変えましょうか」

 案内されるままに重岡ちゃんの後を追っていくと、屋上に続く鉄扉の前まで来た。年期の入った立ち入り禁止の紙がめくれている。

 おれはしばらくぼーっと眺めていたけど、重岡ちゃんが「あの」と切り出してきたので、視線を移した。話を聞くだけなのに、こちらが緊張してきた。

「実は見原せんぱいに用はなくて、その……」

 重岡ちゃんは申し訳なさそうに顔をうつむかせていく。

 やっぱり、おれに告白とかあるわけがなかった。少し残念に思いながらも、そりゃそうだと納得する。

 おそらく友達思いの重岡ちゃんのことだ。

「濱村さんに頼まれた?」

「え、あ、そうなんです。わかっちゃいました?」

「うん、何となく」

「空美ちゃんが見原せんぱいを足止めしてほしいって一生のお願いをされてしまって、断れなくてこうなってしまいました」

 重岡ちゃんとおれは、しばらくここで時間を潰さないとならないらしい。

「永露に告るため?」

「はい。図書室でどうしても告りたいって」

「そっか」

 今頃、ふたりは向かい合って、窓から差しこむ光を受けながら、告ったり告られたりしているのだろうか。

「せんぱいは、大丈夫ですか?」

「大丈夫って、何で?」

「永露せんぱいのことです。空美ちゃんが告るって話を聞いて、気が気じゃないだろうと思って」

「確かに気にはなるけど、どっちも幸せになれるなら、いいだろ」

「そうなんですけど」

 重岡ちゃんは何か言いたそうにしている。おれはあえて聞かなかった。

 眠いふりをして、あくびをする。扉の階段の前でふたりしてしゃがみこんだ。

「結果はスマホで知らせてくれるらしいです」

「そっか」

「見原せんぱいは、どう思います? 永露せんぱいは空美ちゃんを受け入れてくれると思いますか?」

 あんまり無責任なことは言えないけど、タイミング的にはないとも言えない。失恋してその穴を新しい恋が埋めたりするんだろう? 知らないけど。

「永露はああ見えて好き嫌いはっきりしてるから、中途半端につき合ったりしない。ちゃんと答えを出してくれると思う」

「お友達――は無理ですかね?」

「永露が良くても、濱村さんがその関係を続けられるかどうかだと思うけどな」

「そうですよね」

 永露が濱村さんをどう思っているのか、正直なところ、知らない。

「空美ちゃん。いつだって一生懸命で、永露せんぱいのことも諦めたくないって。上手くいってほしいです」

「わかるよ」

 頭だけではわかるけど、どうしてもおれの胸のなかは、もやもやしている。

 消化不良を起こしているみたいに胸にとどまって、落ち着いてくれない。

 濱村さんを心の底から応援できないのは何でだろう。

 重岡ちゃんは話をそらすように、本の話題に変えた。いつものようなやり取りをしながらも、実際は暇潰し程度で内容はなかった。

 それでも、何か話をしていたかったのだろう。重岡ちゃんは緊張したようにスマホを両手で握っていた。

 話の途中でスマホの通知音が鳴る。

「終わったみたいです。結果は――」

 重岡ちゃんと別れて、おれは改めて図書室のなかに入った。

 永露はテーブルに突っ伏していた。寝ているなんて珍しい。

 ブレザーを椅子の背にかけて、ベージュのニットと白いシャツ姿だった。首をもたげているためか、うなじがのぞいている。

 おれは声をかけるでもなく、窓際に立った。陸上部の練習風景だ。末久が部員と談笑している。

 永露はずっとこの位置から末久を眺め続けていた。末久の動きのすべてを自分の目で追っていたのだろう。

 ずいぶん昔のことのように思える。

 光に照らされた永露の横顔を浮かべると、胸から鼓動が駆けめぐっていく。

「見原」

 突然、声がかかって、びっくりした。肩が浮いたかもしれない。

「あ、起こしたか?」

 永露は頭を上げて、正面を向いた。

「いや、寝てなかった」

「そっか」

 寝てなかったなら、何でテーブルに突っ伏していたんだか。謎だ。

「結果、知っているんだよね」

「うん、まあ」

 重岡ちゃんから聞いた。

「俺さ、ちゃんと濱村さんを振った。つき合えないって言った」

 その言葉を聞いて、安心したなんてことは、どうやったって永露には知られたくない。おれは興味ないというようにそっぽを向いて「そっか」と返す。

「俺には好きな人がいるからって」

 だろうな、としか思わなかった。意外でも何でもない。永露は未だに末久が好きだってことだ。
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