眩しい笑顔

12【日中の料理】


 気づいたら、7時半を回っていた。もう夕飯時か。飯を意識したら、ちょうど腹がきゅるきゅると鳴った。

 隣にいる日中にも確実に聞かれた。恥ずかしくなったけど、視線が重なったときに笑ってもらえて、気が晴れた。

 さらに、「小花らしくていいよ」なんて言うから、喜びそうになる。長く過ごしてきたから、日中は俺のことを何でも知っている。扱い方も。

「お腹、空いたよね」

「うん、腹減った」

「じゃ、そろそろ食べようか」

「よっしゃー、楽しみ」

 日中の手料理を食べるのは、これがはじめてだ。わくわくしながら、食器棚から白い皿を二枚出した。調理台近くのスペースに行儀良く並べる。

「ありがとう」

 日中は、こんなささいなことでも感謝してくれた。こちらこそ、気づいてくれて「ありがとう」だ。

 炊飯器のタイマーはすでに鳴っていたらしく、保温に切り替わっていた。日中は鍋をおたまでかき混ぜる。そうするだけで、揺れた湯気とカレーの匂いが、食欲を誘う。ご飯と合わせて、早く食べたい。

 俺はしゃもじを手に、ふたり分の皿にそれぞれ盛りつけていく。盛ったご飯のかたちをちょっと、整えればできあがり。

 食べたい予想よりも多めにご飯を盛るのは、いつもの癖だ。カレーなら何杯もいける。日中のにも足して、これでおっけー。ご飯の上からカレーをかける担当は、日中だ。

「いっぱい、かけてあげるね」

「やったー」

 日中がカレーをかけてくれている間に、冷蔵庫から冷えたボウルを取り出した。曇ったラップの下からポテサラが見える。日中との共同作品だし、こっちも早く食べたい。

「ほら、できたよ」

 日中が俺のカレーライスを調理台横のスペースに置いた。

「うわっ、うまそう」

 カレーをかけてもらって、ご飯も喜んでいる気がする。福神漬けまで皿の端っこに用意されて、至れり尽くせり。

 俺は皿の両端を持って、さっさとダイニングテーブルまで持っていった。

 スプーンとフォークを並べている間にも、日中は働いていた。自分の皿にカレーを盛ったり、小鉢にポテサラを取り分けていく。

 俺が日中のカレー皿をテーブルに移すと、すぐ後に、日中が小鉢を持って近づいてきた。

「少ないかな」

「大丈夫、おかわりするし」

「うん、そうして」

 向かい合うように皿と小鉢があって、ちょっとくすぐったかった。

 さっきの「新婚さん」発言を思い出して、顔が熱くなってくる。あれは冗談だし、笑い話だし。首を振って、そんな考えは、頭からさっさと追い出した。

 ふたりで席についた。胸の前で手を合わせて、「いただきます」と言う。「いただきます」が重なっただけで、おかしくて、お互いに笑い合う。

「タイミング良すぎ」

「仲がいいってことじゃない?」

「かもな、俺たち」

 改めて「いただきます」をして、カレーとご飯をスプーンですくって口に運ぶ。

 スパイシーな香りが口から鼻へと広がっていく。程よい辛さが癖になりそう。ジューシーな牛肉がうまい。じゃがいも、にんじんの厚みも食べやすくて、うまい。トータルしての感想は、もはや、これのみ。

「んまい!」

「そう、良かった。ちょっと不安だったんだ」

「え?」

 あんな完璧な日中でも不安を感じることがあるのか。信じられなくて正面を向くと、日中は瞼を伏せて物憂げな表情をしている。それすらも、日中がやると様になっていて、格好いい。

 見とれていたら、視線が合わさって、にこっと笑いかけてきた。ぐっと胸を掴まれたみたいに苦しくなる。

「小花が満足してくれるかなって。いっぱい愛情、こめたからね」

 ただただ、嬉しかった。好きな食べ物でしかなかったカレーが、輝いて見える。丁寧に切られた具材が日中の優しさを映している。

 視界がぼやけていたのは、俺が泣きそうになっているからだろう。きっと、鼻水が出そうなのも、湯気のせいだけじゃない。

「すっごい、嬉しい」

「僕も」

「何だよ、それ」

「小花が美味しそうに食べてくれて嬉しいってこと」

 日中はもうスプーンを置いて、俺だけを見ている。頬杖なんかついて、行儀悪いだろ。そう思ったけど、目も細めて幸せそうな顔をしているから、何も言えなくなる。

 綺麗だとしか思っていなかった笑顔を見るだけで動悸が激しくなってくる。身体中が熱くなってきて、腕を捕まれたみたいに身動きが取れなくなった。

「ひ、日中も食べろよ。片づかないだろ」

「そうだね」

 やっと、日中はスプーンを持って、食べるの再開してくれた。捕らわれた体が解放されたみたいで、軽い。

 スプーンをいったん置いて、フォークに替えてポテサラをすくって食べる。これも「んまい」。全部、うまい。うますぎる。

 もぐもぐと食べていけば、一気に皿が空になった。

「おかわりする?」

「ん、いいや」

 ご飯を盛りすぎたせいか、腹がいっぱい。胸もいっぱいだった。

「そう、残念」

「明日も食べるし」

 明日も日中のカレーが食べられる。こんな幸せがあるだろうか。

「ふふ、そっか」

 日中は席を立って、俺の皿を片付けようとした。小鉢も重ねていく。俺は手で止めた。

「あ、俺が洗うから」

「えっ、いいのに」

「これくらいさせてくれよ」

 日中に料理もしてもらって、片付けまでさせたら、申し訳ない。

「じゃ、僕は、お風呂を沸かしてくるね」

「へ?」

 俺の言葉を待たずに日中は行ってしまう。お風呂って、日中も入ったりするんだろうか。いや、泊まるんだから当たり前だよな。

 だけど、日中がお風呂に入るところを想像してしまい、危うく皿を手から落としそうになってしまった。
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