窓際は失恋の場所
17【好きなものの話】
おれと永露はアプリでメッセージをやり取りする仲になっていた。
何でそんな流れになったのかは、はっきり覚えていない。「やっておくか」くらいの軽い気持ちだったと思う。永露も永露で拒否する感じもなく、「まあ、いいけど」と快く受け入れてくれた。
放課後の短い時間と、スマホでのやり取りを通じて、少しずつお互いの好みがわかりかけてきた。
永露は音楽が好きで、おれがあんまり聞かないようなジャンルの曲をすすめてくれた。それが、おれにはしっくりきて、動画のMVの話で盛り上がるのも多かった。
「よく、見つけるよな」
「1曲聞き始めると、ずっとオススメを追いかけて、聞き続けちゃうんだ。色んな曲に出逢えるけど、知らない間に深夜になってたりする」
「あー、おれも知らない間に深夜になってること、あるわ。で、寝落ちしたりな」
「そうそう」
永露と話していて、漠然と「いいな」と思うときがある。胸の辺りがほっこりしたりとか、笑っている自分を遠くから観て、この時間を楽しんでんなーと感想が浮かぶ。今もそれだった。
ずっと、話していたい。なんて真面目に口にしたら、友達にしては重いだろう。言葉にはしないで黙っておくけど、割りと本気で思っている。
ふたりで話していると、「こんにちはー」と濱村さんが近づいてきた。
「何を話しているんですか?」
濱村さんが横から話しかけてくるのもマストになりつつある。
「ああ、ちょっとふたりだけの話」
永露が笑いながら濱村さんを先ほどの話に入れないことにちょっと嬉しく思う。我ながら器が小さい。
「えー、教えてくれてもいいじゃないですか」
「まあ、大した話じゃないから」
「そうなんですか? あ、そういえば……」
濱村さんが話を回し始めると、おれの入る隙はなくなる。おれには興味のないお勉強の話だ。この時ばかりは永露も、面倒見のいいせんぱいになる。
最近、濱村さんと永露が話しているのを間近で見ていられなくて、おれは席を離れるようにしている。邪魔だから――とかではない。
3人での遊園地の時に感じたようなモヤモヤが胸の奥にうずまく。この感覚がすごく嫌だ。それを嫌だと感じる自分も嫌だ。ややこしさが手伝って、ますますふたりから遠い場所にいたくなる。
しかも、永露が「大した話じゃない」と言ったことにショックを受けていた。確かに、好きなMVの話をしていただけだし、大した話じゃない。
だけど、永露の口からは聞きたくなかった。本当に細かいことが気になるのはどうにかしたい。
逃げるようにカウンター前の席に座った。作り出したばかりのため息を吐く。息苦しくて、何度か呼吸を繰り返した。
ある程度、心を落ち着かせてから、スマホを取り出した。イヤホンを耳の穴にねじこむ。さっきまで永露と話していたバンドの曲を流した。
そうすれば、ふたりの会話を聞くこともできない。意識は音楽のなかに沈む。おれはひとりきりになる。雑音も聞こえなくなった。
別の日。朝のHR前の時間に末久と話していた。
結構、コアなバンドを末久が好きだと話していて、おれが知っているというと驚かれた。最近、永露からすすめられて聞いたからだ。
「お前ら、どれだけ仲良くなってんだよ」
「仲良くねえよ」
「永露がそのバンドを知っているって話、初耳だし」
末久とはそういう話にもならなかったのか。おれだけなのか。末久の知らない永露を知っているのは、嬉しかった。
「仲良いのか、おれと永露は」
「どう見てもそうだろ。永露って何か、人と線を引いてるやつだから、そこまで誰かと仲がいいのも珍しいっていうか」
「濱村さんとも話しているけどな」
「うわ、マジか。永露もとうとう女の子とお付き合いをはじめちゃうかもな」
テンションを上げてくる末久を見る目が冷たくなるのは仕方ない。永露に好かれていたくせに、まったく気づかない男だ。
それでも確かに、永露と濱村さんが付き合う可能性はないとは言えない。末久に片思いするよりも、濱村さんを好きになった方が簡単に結ばれるだろう。
もし、永露が失恋を忘れられるとしたらいいことだと思うし、反対する理由もない。元から口出しする権限もないし。永露がしあわせならそれでいい。
なのに、イライラしてくるのは何でだ。胸の奥が軋むように痛いのは、気のせいで片づけられるだろうか。
「末久は、彼女ができてしあわせか?」
「何だよ、急に?」
「いや、興味がわいたから」
「すっげえ、しあわせだ。本当に良く俺とつき合ってくれていると思う」
蕩けるように崩れた末久の顔は、間違いなくしあわせに溢れていた。
「この前なんか、手作り弁当くれたんだ」
「マジかよ」
「ますます、好きになったね、あれは。完全に心を掴まれた」
末久は胸の辺りをシャツごと掴む。シワになるだろうが。そう思いながら、ちゃんと恋愛をしているこいつが、うらやましかった。
おれにもいつか、そんな日が来るんだろうか。誰かを想って、だらしなく笑うことができるんだろうか。