窓際は失恋の場所
16【重岡ちゃんのこと】
重岡ちゃんは濱村さんに関係なく、図書室に来てくれていた。週一程度だけど、本を返して借りる時に感想を聞いたりしていた。
「見原せんぱい。空美ちゃんと何かありました?」
「え、何で?」
空美ちゃんとは、濱村さんで。宣戦布告というか、そんな場面があったのは事実だけど。
「空美ちゃんが見原せんぱいのことを聞いてきて、めちゃくちゃ目を座らせてたんですよ。『見原せんぱいだけには負けたくない』って」
「うっわ。まだ、そんなことを言ってんのか」
考えるだけで遠い目になる。
永露と濱村さんとのことにおれを巻きこまないでほしい。勝負っていったって、付き合うかどうかを判断するのは永露のほうだろう。
他人の気持ちを簡単に操作できないのは、永露を見ていたらわかる。そんなに人の気持ちっていうのは簡単じゃない。
一目惚れしたり、勝手に幻滅したり、こっちを見てくれないかとアピールしたり、見ているだけでいいって満足したことにしたり、それでも告白だけはしておきたいってなったり、相手を困らせたくないから諦めたり。
人それぞれだ。
おれなんかと勝負する時間があったら、永露の視界に少しでも入りこんで、話を聞いてやればいい。濱村さんらしく、遠慮なく首から突っこんでいけばいいと思う。
「しまいには、わたしに見原せんぱいと付き合えって言ってきたり。本当に空美ちゃんと何かあったんじゃないですか?」
「マジか」
重岡ちゃんとおれが。考えたことがないわけではないけど、重岡ちゃんを見る限りその可能性はない。
せいぜい友達。週一ぐらいの間隔で、本の感想を聞くくらいで十分だ。
「せんぱいとは無いですけどね」
「あはは、おれも無いよ」
お互いが「無い」っていうから、気が合いすぎて、おもしろくて笑った。重岡ちゃんも口元に手を当ててくすくす笑うから、思うところは一緒なのだろう。
ふたりして笑い合っているところを永露がちょうど通りかかる。
「よう」
「こんにちは」
おれと重岡ちゃんの声が重なる。それもまた、おもしろくて笑えた。
真顔な永露はやる気なく「ちは」なんて、世間話もなく、奥の決まった席まで行こうとする。
割りとカウンターごしでも永露ととりとめない話をすることが多いから、何もなく素通りというのは珍しかった。
「何だよ、あいつ。態度、悪すぎだろ」
「あー、何となく察しました。空美ちゃんの行動の意味も。なるほど。親友のことながら、ちょっと面倒になってきました」
「え、どういうこと?」
「いえ、わたしから言えることは何も。本当に人対人って面倒ですね」
重岡ちゃんは何かを悟ったように遠い目をしていた。重岡ちゃんの面倒って何なんだろう。
「おれにも教えてほしいんだけど」
「他人が恋するのは勝手ですけど、巻きこまないで欲しいです。恋に興味ないわたしみたいな人間だっているんですから」
「う、うん」
重岡ちゃんはちょっと怒っているらしい。なぜか、こっちを見て言ってくるから受け止めるのはおれしかいない。
おれだってつい最近は恋なんて興味なかった。だけど、永露の姿を見ていたら、それだけ他人のことを考えられるのは「すげえな」と単純に思えた。
「全員が幸せになるなんて無理ですし。何で、人って恋をするんですかね」
「何でだろう」
恋をしたことのないおれには、まったく想像できない。
「空美ちゃん、大丈夫かな」
長くため息をついた重岡ちゃんは、冴えない顔をしながら、図書室を出ていった。よくわからないけど、重岡ちゃんは重岡ちゃんで面倒なことに巻きこまれているらしい。
どうも元凶は濱村さんのようだっていうのはわかったくらいで。
――何か、おれもため息を吐きたくなる。
重岡ちゃんがいなくなると、他に本を借りる人もいなくなる。つまり、かなり暇だ。
暇潰しに永露を構ってやるか。重岡ちゃんが返してきた本を手に、カウンターを離れた。
永露は奥のテーブル席に座っていた。バッグを隣の席に置いて、ご本人は頬杖をつきながら、本をめくっていた。
文庫本じゃないそれは、ファンタジーでもハイのつく、長編のシリーズだった。ちょうど重岡ちゃんが読んでいるやつの1巻。
永露が興味あるとは思えない。興味があったって、分厚さに手を出しにくいだろうに。
「永露、それ読む気なのか?」
おれは気になって、たずねてみた。
「読もうと、めくってはみた」
「だろうな」
「でも、まったく頭に入らない」
1ページ目から全然進まないところを見ると、永露には無理そうだ。
「無理すんなよ」
「いや、重岡さんが読めたなら俺でも読めるかもしれないし」
「はあ、どういうことだよ。重岡ちゃんはかなりの本好きだから、読めるし。お前とは違うだろ」
「確かにね。重岡さんはこの本だって簡単に読めるよね。見原も読めたんでしょ?」
重岡ちゃんやおれと張り合う永露が謎過ぎて、よくわからなくなってきた。
「読めたから何だよ。そんなもの、何の自慢にもならねえし。永露はおれがすすめた本だけ読んでおけばいいだろ。ほら、これ」
なぜか、そこで永露は黙りこむ。本を差し出したものの、受け取ってくれない。おれ、変なこと言ったか? そんなつもりは、まったくない。
「見原は、これからも俺に本をすすめてくれるんだ?」
「お前が良ければだけどな」
永露が嫌なら無理にすすめたりはしないけど、という意味をこめた。
「ふうん、じゃあ、これからも俺は見原のすすめてくれる本だけを読むよ」
「お、おう」
「ふふ」
永露の笑いどころがまったくわからなかったけど、機嫌は良くなったようだ。おれがすすめた本を受け取ると、そちらのページをめくり始めた。
やっぱりというべきか、永露は途中で読むのをやめた。