甘くない話

12【約束】


学園祭のときの約束。会長にあんなことを言ったものの、どうしようか迷っていた。
感動の卒業式といえば合唱、かけあいしか出てこない。
そのせいで大掃除もろくにできないくらいだ(これは言い訳だ)。

一年間のことを振り返るとやっぱり思い浮かぶのが会長の悔しそうな姿だった。
プールで足をつったり、金魚を獲れなかったり、球技大会で負けたり。会長としたら散々な結果だったろう。
もしあの日に戻れるなら、リベンジさせてちゃんと自分も応援したい。

そこまで考えてようやく「これだ!」とガッツポーズを決めた。
周りには訝しげに見つめる家族。じいちゃんにいたってはあんぐりと口を開けていた。

「お兄ちゃん、変」

妹の言葉でわれに帰る。
でも、いい考えを思いついたときの体中の興奮は、止められない。

「ごめん」

頭を下げておいて、速攻でスマホを手に取った。おそらくはじめて連絡をする。
大晦日の忙しい時期に思いついてしまった考えを、すぐに伝えたかった。

「どうしたんだい?」落ち着いた声が言った。
本当に本人か確かめたくて「副会長ですか?」と聞く。相手は「そうだよ」と電話口で笑った気がした。

「ぼくのスマホにかけたなら、ぼくが出るのは当たり前じゃないかな」

「そうです、ね」副会長と話すと少しイラっとくる。その理由は性格の不一致というやつが関係していると思う。

「書記くん、用件は何かな? 今忙しいんだよ。会計くんがたずねてきてね、まったく」

「あ、そうでした。あのですね……」

会計の話は今のところどうでもよくて、おれは思いつくかぎりの考えを副会長に伝えた。
自分のできるかぎりの気持ちをこめたけど、副会長に伝わるかどうかは自信ない。
もしダメなら、クリスマスにやられたことを持ち出すつもりだ。
副会長と会計のおかげで会長とおれは二人きりのクリスマスを過ごすことになったのだから。

電話ごしの副会長はしばらく沈黙したあと、「わかったよ」と最高の返事をくれた。
クリスマスの件は使わなくてもよくなった。

「すべてはぼくが手配しておこう。でも、無理はしないようにね。書記くん、よいお年を」

「ありがとうございます! 副会長もよいお年を」

やった! と玄関先でもガッツポーズを決める。
これで会長を泣かせることができる!
テンションを上げていたら、ちょうど雄犬のティアラが通りかかった。
「ごめん」ガッツポーズを下げたおれから逃げるように、ティアラは居間に入っていった。何だよ。

とにかく副会長のおかげで、新年から寮に戻ることができた。
いろいろと面倒な手続きをショートカットできたのは本当にありがたい。

「あけおめ」と友達にメッセージを送ったのは学園からだった。
とはいっても、寮には帰らないで大半は生徒会室のなかで過ごす。
卒業式まであと二ヵ月しかない。立ち止まる余裕はなかった。

こうしてまた一日、生徒会室で夜がやってきた。窓の外は暗闇で、この部屋だけが明るく光っている。白いものがぽつぽつと降り始めている。

「雪だ」

外に出たら寒いのはわかる。でも、雪を近くで眺めたくてベランダに出た。腕を組みながら、空を見上げる。額や鼻を刺すように雪は落ちてきた。

学園祭のときも何だかんだおれはここにいた。となりには当たり前のように会長がいて笑っていた。
きれいな花火だった。

意外と忘れていないものだ。

背後からこつんと音がする。何だろう。反射的に後ろを振り向くと、そこには指があった。
たぶん窓を弾いたのだ。おれが身動きをとらない間も、人影は動いてベランダに立った。

「会長じゃないですか」

「いたら悪いのかよ」大きな手のひらで俺の髪をぐしゃぐしゃにする。最低。

「悪くないです。やめてください」

両手で止めたら、あっさりと会長の手は離れていく。

「寒いだろうが、中入れよ」

会長はあったかそうなコートのなかにいて、まるで寒そうじゃなかった。動こうとしないおれの腕を取り、部屋のなかに戻す。あたたかい場所に入るなり、

「ほら、差し入れを持ってきた」

「ありがとうございます」

高級な店のものか、紙袋に入ったものを差し出してきた。差し入れを受け取ると、重くてほかほかしている。差し入れをひとまず机に置く。

「でもよくわかりましたね。おれがここにいること」

「会計が教えてくれたんだよ。書記がおれのためにがんばってるってな」

「別に会長のためじゃない」と言おうとしたけど、実際おれが生徒会室にいるのは会長のためだ。違うとは言いきれない。

とたんに照れ臭くなって頭を下げる。

「あ、あけましておめでとうございます」

自然と口から出た。

「ああ、おめでとう。今年もよろしく」

おれの頭を軽くたたく会長は、こんなに大人っぽかっただろうか。久しぶりに会った親戚みたいな気持ちになる。

長く見つめすぎていたかもしれない。会長は真顔になった。
とまどいがちな指でおれの髪に触れ、「濡れてる」とつぶやく。先程の手つきとは違い、おれ自身少し戸惑ってしまう。

「え、あ、雪が降っていたから」

言い終えない間にも会長の手のひらが頬を包んだ。
このあたたかさはやばい。
夏休みで海に行ったときのことを思い返す。
キスされそうになって、あのときはちゃんと抵抗できた。今はどうだろう。

しかし、会長は唇を通り過ぎて、おれの体を抱き締めた。
「冷たいな」背中に置いた手で上下にさすってくる。
男にすっぽり抱きこまれるのは同性としてどうなんだろう。嫌だと思うのが妥当か。
だから、「や、やめろよ」と会長の胸を押した。
本当はやめてほしかった……なんてことは思ってない。

「そうか、すまない。嫌に決まっているよな」

離れていった顔は傷ついたわけもなく、アホなくらいほほえんでいた。
むしろおれの方が胸が痛くて、傷ついていた。

「もう行くわ」

「え、もうですか」

「ああ、そういえば明日から副会長と会計も合流するって言ってた。よかったじゃねえか。じゃあな」

会長は素っ気なく言って背中を向ける。

「あの、会長!」引き止めたくても、今の会長には届かない気がして口を閉ざした。
呼べなかったのに会長の足が止まる。

「“書記”、せいぜいがんばれよ」

言い残して会長は去っていく。姿が見えなくなっても、おれはドアをしばらく見つめていた。

「そうだ、差し入れ」

紙袋を開くと、
買い出しのときにおれがよく飲んでいたやつと、クリスマスのときに「おいしい」と言っていた焼きたてのチキンがそろっていた。
こんなのいちいちシェフに作らせたのかよ。
さすが金持ちだ。
しかも、おれなんかのために。

「ありがとう、会長」本人はここにいないけど、こぼさずにはいられなかった。
頬に触れた自分の手がベランダのときより冷たく感じた。

〈おわり〉
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