眩しい笑顔
10【日中が好き】
「あのさ」
日中が声をかけてきたのは、公園の入り口に近づいた時だった。足が止まったから、俺も同じようにする。
「何だ、日中?」
こちらを振り向こうとしない日中は、何を考えているんだろうか。さらさらと風に流れる日中のサイドの髪を眺めていたら、ふふと横顔が笑った。
「この公園で、よく遊んだよね」
「そうだな。懐かしい」
日中と一緒によく遊んだ。学校の放課後、約束しなくてもここで集合していた。あの頃は、ただの友達、親友ぐらいにしか思っていなかったのに、今じゃ。
日中がこちらを向く。くしゃって頬を上げて、笑うんだ。
「公園、入ってみない?」
見惚れてから、一気に胸が苦しくなった。喉に何かが詰まったように、「うん」としか返せなかった。
子供の頃には大きかったベンチも、今座ってみたら、割りと小さいものだったと気づく。
日中と横並びに腰を落ち着ける。目線を合わせなくていいのは助かった。ただ正面を見ていた。
「小花、さっきの話だけど」
やっぱり、話そうってことなんだろうと、薄々感じていた。日中は優しいから俺を傷つけない言葉を探すために、「頭のなかを整理させて」と言ったんだろう。
いきなり親友だと思っていたやつから、「顔を見ると変になる」と言われたんだ。困ったに違いない。
俺にできることといえば、日中を逃がすこと。真剣に考えるなって言ってやることだろう、たぶん。
「ごめんな、変なこと言って」
「謝らないで。驚いたけど」
「だよな、驚くに決まってる、親友からあんなこと言われてさ。俺も笑って流してもらった方が傷は浅くて済むし」
冗談で済ませて欲しい。なんて言いながら、鼻の奥がつんと痛くなる。顔が熱くなる。眉の中心に力を入れないと、泣く。
泣いたりしたら、もっと、優しい日中を困らせる。だから、俺はがんばって、意識を公園の風景に逃がした。
「笑えないよ」
うつむいた俺の頭に手のひらが置かれた。堪えきれなくなった涙がぽろっと落ちる。この指から伝わる温かさは何なんだろう。日中の優しさとか?
「小花」とかけられる声の優しさと心地よさに、涙が止まらなかった。
「俺、日中が、すきなんだ……友達とか、もう、そんなんじゃ、なくて」
つっかえつっかえに伝える。泣いたらダメだったのに。
せめて、距離を取って、不細工な顔は見せないようにしよう。今この時、日中からの同情を受け止める自信がない。
横に避けようとしたら、できずに終わった。俺の肩を日中が引き寄せたからだ。
日中と俺のブレザーが擦れる音。ふんわりと日中の匂いが俺を包みこむ。
気づいたら、俺は日中の腕に囲われていた。胸板に頬を寄せる感じになってしまい、驚くしかない。
「日中?」
「すごい嬉しすぎて、どうしたらいいか、わからない」
「え? 嬉しい?」
日中の胸に耳を当てると、どくどく音が聞こえてくる。
だとしても、俺は頭に浮かぶ、能天気な考えを1つずつ潰して回った。日中も俺と同じ想いだったりするなんて、あるわけがない。日中は俺なんかが手を伸ばしたって届く相手じゃない。そうなのに。
「嬉しいよ。僕だってずっと、小花のことを好きだった」
日中の「好き」を聞いたら、その言葉を疑わないで済んだ。これまでの日中は、ちゃんと言葉で、行動で俺を好きだと言ってくれていた。今の今まで俺が気づいていなかっただけで。
「日中が、俺を好きなんて、夢みたい」
笑い声が出た。日中の背中に手を回してみたら、もっとくっつける。どくどくと早くなっていく音に、俺はさらに笑ってしまう。緊張してるのは日中も一緒だって、安心できる。
「小花、ずっと、こうしていていい?」
「うん」とか言いつつ、むしろ、温かくて心地いいから、こうしていたいのは俺の方だ。
「今日、小花の家に泊まってもいい?」
「それは……」
どうなんだ。ようやく両思いになって、つき合いたてで。泊まるって、まったく想像がつかない。日中に聞いてみたらいいんだろうか。
真面目なことを考えていたら、頭の上で笑われた。日中もよく笑う日だ。
「無理しなくていいよ。僕が勝手に舞い上がってるだけだから」
「ね」と念押ししつつ、日中は体を離した。せっかくくっつけたのに、ぽっかりと距離ができて無性に淋しくなる。温かさを体験した後で、知らない振りはできない。
「日中」
俺は日中のブレザーの裾を掴んだ。さすがに手を繋ぐことはハードルが高すぎたからだ。
「小花、どうしたの?」
「うち、泊まってけば」
「いいの?」
「うん。それと、もうちょっとだけ、日中とくっついていたいなって……」
恥ずかしくて顔が見られない。言葉も小さく消えそうで、すごい緊張してる。顎から上の日中の顔は、呆れているかもしれない。
お前、何言ってんの? そう言いたいのは、一番、俺自身だ。
「小花、ちょっと、それ、反則」
「ダメか?」欲張りすぎたか。
「ダメじゃないよ。ほら、おいで」
日中は腕を広げている。俺から抱きつくのを待っている。「おいで」なんて、甘やかされている自分に気づいて恥ずかしくなる。
だとしても、好きな人と、くっつけるなら何でもいい。俺は全身で日中に抱きついた。
「やばい、幸せだ」
日中がそんなこと言うから、「俺だって」と言い返してやった。