きみの家と、その周辺の話

14【カツカレー】


 木曜日は母さんが夜勤で家にいない日だった。夕飯は渓太とふたりきりだ。

 そこで少し贅沢を考えた。2日目のカレーに豚カツをのせて、カツカレーにしようということになった。

 事前に渓太からも了承を得た。「楽しみにしてる」と言ってくれた。

 学校帰りにスーパーに寄った。豚カツと唐揚げ(渓太の好物)。それぞれ入ったパックを手に取った。会計後、サブバッグに入れて、スーパーを出た。

 ちょうど歩道に出たタイミングで、自分と同じ色の制服を着たふたりに会った。とっさに目を逸らしたのは、あまり会いたくない相手だったからだ。

「あれ、海和?」
「なにしてんの?」

 同じ高校に通うふたりは、基本的に声がでかい。手の中のスマホの音量も声と同じく、バグっている。ショート動画でも観ていたのか、こんな店前の通りでも音が鳴っていた。

 「買い物」と答えたが、スマホの音がうるさくて伝わらなかったのだろう。ようやくスマホの音を消した。

 お前のターンだとでもいうように、ふたりは黙ったまま待っていた。目配せされる。もう一度、言い直さないと伝わらない気がして、改めて話した。

「買い物を母親に頼まれてて」
「へえ、親孝行してんの?」
「まあ、そんな感じかな」

 ふたりともニヤニヤと笑い続けている。おもしろいというよりかは、そういう笑みを顔に貼り続けているだけなのだろう。心の底からおかしいとは思っていないような顔だった。

「そんなことより、最近、付き合い悪いよな」

 聞いておいて、つまらない答えだったのか、すぐに話を変える。最近といっても、たった1週間くらいの話だ。渓太が家に来るというので部屋の掃除なり、布団なりを準備していた。

「ホントホント」

 ひとりは左側から肩に手を置く。あとひとりは右側に立った。

「あー、ごめん。色々あって」

 ノリを合わせて、ヘラヘラ笑う。これがいつもの俺だ。

「色々って何だよ」
「家事じゃね。親がうるさいんだろ」
「そう。家事をやらなきゃならなくて」

 やらなきゃならないということはなかった。何ならカツカレーにするために、自らすすんでこのスーパーに来た。

 それでもふたりは軽い嘘に気づくことなく、ゆるく同情してきた。

「親の言いなりなんて、大変だなー」
「お前の親って結構、厳しいのな」

 ふたりの前では、あまり親の話をしなかった。動画だったり、ゲームの話だったりが主で、どういう親なのかも知らないだろう。俺が片親であることも知っているかどうか、わからない。それでもこれくらい浅いほうが、付き合うには気楽だった。

 その時、通知音が流れた。スマホを見れば、渓太からで「早く帰れるかも」というメッセージだった。「おっけー」とスタンプを送る。

 スマホから顔を上げれば、「ふーん」と目を合わせるふたりがいた。

「何だよ?」
「ほう、彼女ができたと」
「だから、俺たちは遊んでもらえなかったってことか」
「何でそんな話に? 彼女はいないよ」
「ホントかよ」
「こいつのことだから、いたら自慢するかもよ」
「あー、マウントとってきそう」
「あのな!」

 あるわけないことを言って、人の怒りを引き出す。からかうのを楽しんでいる。ふたりはニヤニヤではなく、ケラケラ笑っていた。

「おい、そろそろ行かね?」
「お、そうするか。じゃあな、海和」
「おー」

 この軽さがよかった。ふたりといると、特に考えずに振る舞える。

 ただ、適当にふるまうのも、ちょっとだけ疲れた。頬の筋肉が強張りそうだ。しかし、カツカレーのことを思うと、足取りは軽くなった。



 渓太が帰る頃を見計らってカレーを温める。昨日と同じく、どこにいるのかどうか、逐一メッセージで――「部活が終わった」「今から自宅に戻る」「着替えてから、そっちに向かう」――実況された。

 渓太は「ただいま」とは言わず「お邪魔します」と、リビングに現れた。自宅で着替えてから来るといっていたので、紺のスポーツウェア姿だった。

 無駄な言葉は使わない。面白くなければ、笑わない。にぎやかなふたりに出会った後だから、余計に渓太の落ち着いた態度が心地よく感じられた。

「もうちょっとできるから、待ってて」
「ん、スプーンとフォークを並べておく」

 炊いた白飯にまな板で切ったカツをのせる。その上から2日目のカレーをかければ、できあがりだ。

 ダイニングテーブルにカツカレーを並べる。真ん中には唐揚げを盛り付けた皿を配置して、食べたいときに摘めばいいようにした。

 席に着くと、同じタイミングで「いただきます」と手を合わせる。

 やはり一口目は味わうようにゆっくり食べる。カレーの染みたカツが昨日と違って美味しい。渓太も頬を膨らませながら、「んまい」と感想を言った。

「カツカレーってこんなにうまいっけ」

 俺の感想に、渓太もうなずいた。

「ん、昨日もうまかったけど、これもこれでうまい」
「な」

 カツカレーを食べ終えた渓太は、フォークで唐揚げを突き刺して口に入れていた。ここでも頬を膨らませていた。渓太に起きる小さなギャップが、おもしろくてずっと見ていられる。

 渓太の方から、軽やかな通知音が鳴った。

「ん?」

 夕飯中なのに、渓太は食べる手を止めた。ポケットから取り出して、スマホをにらみつける。

 眉間に寄せていくシワを観察するのは興味深かったが、固まったままの渓太が心配になった。

「渓太?」
「ちょっと、ごめん」

 そう言って、リビングから出ていく。あの様子だと、渓太にとってはいいことではないのかもしれない。

 戻ってきた渓太にそれとなくたずねると、連絡してきた相手について明かした。

「昨日、女子から呼び出されて、好きだと言われた」
「で、どう答えたの?」
「付き合えないとはっきり断った。さっきのは、『ちゃんと最後まで聞かずに逃げてごめん』という女子からの謝罪だった」

 渓太の口から聞かされても、気持ちは晴れなかった。

 その告白したという女子は、少なくとも渓太の連絡先を知っている。渓太の周りには、今どれだけの恋人候補がいるのだろう。

 今回は断ったが、もし渓太好みの子が現れたら付き合うことになるだろう。そして、すべてが事後報告になるはずだ。

 学校も違う。接点は、夕飯を食べるというだけ。特別とはほど遠い。俺の知らないこともたくさんあるのだろう。

 ここまで考えて最後にたどり着くのは、「何かそれ、寂しいな」ということ。何も言わない俺を変に思ったのか、渓太は「寛人?」と声をかけてきた。

「……一緒に風呂に入ろう」

 以前は冗談で言ったが、今回は本当に口からこぼれただけだった。渓太の特別になるためにはどうしたらと考えていたら、真っ先に風呂が浮かんだ。

 渓太は目を丸くさせていたが、「ああ」と受け入れた。
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