甘くない話

11【思い出】


一年の行事もとどこおりなく終わり、冬休み前まで来ると、生徒会の仕事はめっきりと減る。

秋の行事ラッシュにあった生徒会室は人々が行き来し大変だったが、いざやりきると少しさみしい。

しかも今年ももうすぐ終わりだ。カレンダーを眺めると、ため息も出てしまう。
ちなみにカレンダーは、生徒会のみなさんがモデルとなったバージョン。
最後の12月は生徒会全員が映った記念写真だ。
来年になれば、このメンバーとも別れることになる。

はじめは姑のごとくいびられた。おれだけ仕事の量が多かったり、嫌がらせされたこともあった。

何度も生徒会やめたい、学園やめたいと思ったかわからない。
でも今は、すべて思い出に変わった。生徒会室の空間が好きだったりする。

部屋の中央でなごやかに副会長と会計が話をしている。あの二人は生徒会のなかでも仲が良い。
眺めているおれに気付いたのか、副会長が声をかけてきた。

「今度クリスマスパーティを開くけど、きみも来るかい?」

内容はふつうなのに、わざわざ副会長はキザっぽい言い方をする。
クリスマスパーティか。
彼女もいないおれには、男同士のパーティがお似合いということなのか。
ためらっていると、

「女の子も来るよー」

会計のひとことが決定打になった。
もう迷うものはない。
会計が天使のように見えてくる。いや、背中に生えた姿を想像したら気持ち悪かった。

「行きます! ぜったいに行きます!」

「よかった。じゃあ、12月24日は会長の家に集合だよー」

会長の家?
初耳だ。たずねる前に副会長と会計はどこかへ行ってしまう。本当に仲が良い。
女の子とクリスマスパーティとはムフフな予定だというのに、会長の家だと聞いた途端、うれしさが消えた。何でだろう。

しっくりこない気持ちを抱えながら、当日を迎えた。
視界には会長の屋敷が入っている。
プールもあるし、どれだけ大きいのかと想像していたが、問題はそこではなかった。
家自体は思ったより巨大ではない。敷地が広大なのだ。

裏山も大草原もプールも池も、一軒家のオプションをはるかにこえて庭園レベルだ。

敷地内を車で走行するのもよくわかる。歩きだったらどれぐらいかかるか考えるとぞっとする。

窓から運転席へと目線を移すと、

「あの、運転手さん。他の人は?」

屋敷に入る前からの疑問だった。車内にはおれしかいないし、副会長などは自家用車で現われるのだろう。
しかし、こんな庶民が、高級車を独占しているのが少し不安なのも事実だった。

「他の方、ですか? 申し訳ございません。存じ上げません。ぼっちゃまからは、あなた様をお迎えにあがるようにとのご命令でしたので」

「そうですか」

運転手さんは本当に申し訳なさそうに、何度も頭を下げた。
むしろ、頭を下げずに前を見ていてほしかったけど、また謝られそうで何も言わなかった。

家の細部まで見えるくらいに迫ってくると、車は速度を落とし、完全に停まった。
家の玄関先には会長が待ち構えている。副会長と会計の姿はここにもなかった。何かがおかしい。
それでも車から降りたおれに「よう、本当に来たな」と会長は笑顔を送る。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

他人行儀にあいさつしたが本音はこうだ。
朝早くから叩き起こしてくださり、ありがとう。今日は女の子たちと遊ぶので、できるだけあなたは地味にしていてください、だ。

「まさか、こんな手に引っ掛かるとはな。今度から使わせてもらう」

何か聞き捨てならないことを言っていた気がする。

「会長?」

「いや、何でもない」

頭をひねったが「いいから入れ」とうながされ、考えは消した。扉が開かれるとうるわしきメイドさんの列が、おれを歓迎してくれたのだ。

メイドさんの面々はすさまじく美人ぞろいだった。

シャープな顎にくりくりした目の子、涼しげな目元をした切目の子もいる。

顔だけでなく胸と腰とのメリハリもすっごいある。男としてたまらない。

お辞儀をした角度からでは胸の谷間の奥まで見えた。
両側から押し潰された真っ白な胸。
その隙間をじっと凝視すると、横から邪魔が入った。

会長は「見てんじゃねえ」と言いつつ、メイドさんの肩を抱く。
おれに見せないようにするメイドさんへの独占欲の強い会長に苦笑がもれる。
いいじゃないか、少しくらい。
舌を突き出した会長にいらっとくる。

あんたはいいよな。
肩を抱くだけでメイドさんの顔を赤く染めさせられる。
日常的にメイドさんに囲まれているだろうし。
たわわな胸も見慣れた姿なんだろうよ。

「お前はこういうタイプが好きなのか?」

「へ?」いきなりおれの話になって、気が抜ける。

「お前より背が高くて、横幅もある女がいいのか?」

「それは、背が高くて胸の大きい女子に抱き締められたら、天国に逝ってもいいですね」

どうせなら胸に顔を埋めて逝くのもよさそうだ。

「ふーん、背が高いのがいいか」

妙に声のトーンを上げる会長。一人納得してメイドさんの肩を解放した。

会長の真意がつかめない。

メイドさんをもう少し眺めたかったが、会長からのたびたびの催促により、ようやく歩きだすことにした。

通された部屋は会長から「おれの部屋だ」と紹介を受けた場所だ。

深い赤を基調とした落ち着いた内装。

一番星が輝く巨大なクリスマスツリーには、雪やモールが巻かれ、可愛いサンタが吊されていた。

ツリーの下にはプレゼントがたくさん積まれ、山のような形を作っている。まるで本場のクリスマスを再現しているみたいだ。
フライドチキンやケーキで祝う我が家のレベルでは、とうてい太刀打ちできそうにない。

「今回は少数のパーティだから地味にした」

「へえ」これが地味か。
会長の部屋が地味ならおれの部屋は何なのだろう。
質素か?
もうひがみしかない。

「座れ。何か持ってこさせる」

まだ人が来るだろうからソファの端に座ると、会長は変な顔をした。何だって言うんだ?

「失礼いたします」

お茶を持ってきたメイドさんを見たら、そんなこともすっかり忘れる。金持ち万歳だ。
一部始終見ていた会長からは「だらしない顔」と頬をつねられた。

今気付いたが、部屋の隅にはクリスマスとしては場違いな水槽があり、夏祭りの金魚が仲良く泳いでいた。

「金魚、大事にしてくれているんですね」

「まあな」会長が顔をそらすのは照れている証拠だ。
約束どおり、大事にされている金魚に顔がほころんだ。

水槽の金魚をつんつんしたり、会長の部屋を見渡したりしても、まだ、みんなは来ない。

「それにしても遅いですね」

時間厳守と言った副会長も、楽しそうにはしゃいだ会計も、いまだに姿を現わさない。

「電話したほうがよくないですか?」

「いや、いい」

その話をすると会長の瞳は右を向く。まるで見透かされたくないみたいに。

「女の子は来るんですよね?」

「来る? おかしいな。いるの間違いだろう。うちのメイドが」

「変なこと言わないでくださいよ」

頼むから人を哀れな目で見るな。副会長も会計も、うるわしい女の子を連れてやってくるはずだ。

「すまない。お前は副会長と会計にはめられたんだ。今日はおれとお前の二人だけだ」

あの会長が低く頭を下げた。本当に申し訳ないと思っているようだ。しかし、納得がいかない。

「何で、はめる必要があるんですか? 会長とおれを二人きりにする意味なんてないでしょう?」

まさか男女でもあるまいし。
クリスマス。ふたりきり。
意識しだしたら、何か急に体が熱くなってきた。
顔も熱っぽい。

「顔が赤いな。風邪でもひいたか?」

なんて言いながら額を覆う大きな手。こんなに大きかったのかと少し驚く。

「大丈夫です。風邪じゃなくて」

風邪じゃなかったらこの熱はどこから来る?
自分の体なのに説明は難しい。考えを切るように首を振った。

「とりあえず、パーティしましょう!」

「二人だけでいいのか?」

「違いますよ」会長はぽかんと口を開ける。

「メイドさんも一緒です」

「ダメだ」

「何でダメなんですか?」

「お前と二人きりがいいんだよ」

ほんのりと顔を赤らめて会長は言った。女の子だったらかわいい場面のはず。でも、がっかりはしなかった。

「はじめてなんだよ。他のパーティを断って、たった一人の人と過ごすなんてな。じいやにはさんざん怒られた。
でも日本にいるのは今年が最後だから。留学の前にわがままを聞いてもらった」

留学。来年は日本にはいない。単語だけが頭のなかをぐるぐる回る。
会長が遠くの人になってしまう。
生徒会会長をやめると言ってきたときのように苦しかった。

おれの気持ちも知らず、会長はいつもの自信満々な顔を崩し、「ダメか?」とすがるような目をしてくる。仕方ない。

「わかりました。二人きりでパーティをしましょう。そうそう、おれ、会長にプレゼントを持ってきたんです」

バッグから取り出したのは生徒会室にあったカレンダー。
一年のスケジュールを細かく書いたカレンダーは会長のすべてを表している。だから、持ってきたのだ。

「これがプレゼントとか、お前なあ」

「じゃあ、返してください」

「いや、もらっとく」

カレンダーを一月から順番にめくりながら、会長はなつかしそうに目を細める。

「このとき」
「そんなこともありましたよね」

思い出話に話を咲かせる。こんなクリスマスもいいかもしれない。
とにかく今年の七面鳥がいかに魅力的だったってことを、家族に言いふらそう。

〈おわり〉
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