甘くない話

10【学園祭】


ベッドに倒れこみながら、スマホを耳に当てる。
通話の相手は「ヨリ」。決しておれの彼女ではない。ただの幼なじみだ。
学園祭をひかえたおれの体は会話よりも睡眠を欲している。
だから「もしもし」と言った声が低くても、機嫌が悪いわけではないのだ。

「わたしー、ヨリだけど、今、大丈夫?」

「んー、まあ」制服を脱ぎはじめているけど、大丈夫だろう。見られているわけではないし。
ヨリのくぐもった声が「よかった」と続けた。

「あのね、学園祭ってあるんでしょう?」

「んー、あるけど」

「わたしも行っていい?」

といいつつ、ヨリの疑問系はすでに答えが出ている。
迷いながらのおれみたいのは、「行ったらまずいよな?」と否定的で対し、ヨリみたいのは肯定的で聞いてくる。
おれの答えは「はい」しかない。それを確かめたいだけだ。

「ねえ、いいよね?」

「ああ、いいよ」

「よかった! わたしの友達も連れていくからね」

友達。ヨリの友達。
間違いなく女子だ。
うるおいのない日々に落とされた一滴のしずく。断る理由なんてない。

「楽しみにしていてね」

当たり前だ。楽しみに決まっている。
体の疲れが一気にとれて、その場でジャンプしたくなった。
寸前でやめたのは同室のやつがひからびた顔をして帰ってきたからだ。

学園祭までの道のりははるか遠かった。
各クラス・部活の出し物決定、会場(といっても学園内の教室など)の手配、予算の修正や決定、屋台や芸能人、花火の手配など。
毎年やるわけではないにしても、ぎりぎりまで仕事は終わらなかった。

しかも、当日はもっと忙しい。学園祭を楽しむ余裕があるかどうか。女子と回れるかも怪しい感じだ。

でも生徒会室にて、会長がすばらしい申し出をしてくれた。

「提案なんだが、二組に分けて昼と夜の交代制にしないか? そうすればおれたちも学園祭を楽しめる」

「いいね~。んじゃ、じゃんけんで決めよう」

会計は決めごとに関してはじゃんけんが強いのだ。しかし、今こそはそのジンクスを破りたい。勝ってみせる!
夜に当たるのは勝った方、負けた方は昼に当たることになった。
副会長も加わって、「じゃんけんぽん」と生徒会室で行う。なかなかレアな景色だ。

「じゃんけん」「ぽん」

「くっそ」とうなだれる会長。「やりー」と拳を突き上げたのは会計。「フッ」とだけ笑ったのは副会長だ。

おれは会長よりも数倍低く落ちこんだ負け組だった。これで女子との夢は絶たれた。
後夜祭まで(まだ見ぬ)彼女がいてくれたらいいけど、ヨリは門限厳しいし(お嬢様だから)、頼むのは無理そうだ。

いまだ立ち直れないおれに会長は、「そんなに嫌か?」と顔を難しくさせる。

「嫌ではないです」

確かに言葉のとおりだが、会長の表情は晴れなかった。

「本当に嫌ではないですけど、後夜祭を楽しむ相手がいなくて」

「相手が、いないのか?」

だからいないと言っているのに、おいうちをかけるように聞いてくる。
しかも口元には笑みすら浮かべて、クソくらえだ。

あんたは相手なんて五万といるのだろう。むしろ多すぎて選ぶのが大変というところか。
ムカつく。

後夜祭。おれのとなりにはだれがいるのだろう?

答え。
学園祭当日。
後夜祭がはじまり、おれのとなりには同じ制服を着た人が立っている。
決してヨリの友達でも、可愛らしい女の子でもない。
悔しいけれどおれよりも頭一つ分高い背、ベランダのてすりの上で腕を組む姿は様になっている。会長だ。

生徒会室のベランダで二人並んで花火を見上げている姿は、どうなのだろうか。

そんなことも忘れてしまうほど花火は美しく夜空に散った。
一瞬、静けさを取り戻す空に、あざやかな色の名残さえ残していく。

「生徒会っていいもんだな」

しみじみ語る会長に「そうですね」とあいづちを入れる。

「これでおれもきっぱり生徒会を引退できる」

「え?」花火よりも会長のほうに気が行った。会長の横顔は花火に照らされ、赤や青、さまざまな色を映している。
今、なんて言ったのだろう? 混乱するおれをよそに会長はたんたんとしていた。

「おれももうすぐ卒業だ。これが会長としての最後の仕事……」

「会長が生徒会をやめるなら、おれもやめます」

はじめはあんたの気紛れだったのかもしれない。
勧誘するときに、「ひとりぐらいイモを入れたらどうなるか、おもしろそうだよな」と言われた。
しかしもう、おれだって意志のある人間だ。反発もできる。

「バッカじゃねえの、お前」

会長の声が胸を貫いた。

「やめんじゃねえよ。おれはお前や生徒会のあいつらに卒業式を手がけてほしい。特にお前にはな」

「会長」

「会長はしりぞいても生徒会室には居座ってやるなら覚悟しておけよ」

ニヤッとのぞかせる白い歯を見たら、肩から気が抜けた。
何だよ。会長との関係が壊れるような気がして、恐くなったのは嘘ではない。そんなおれって、本当に「バッカじゃねえの」。

また夜空に顔を戻した会長。おれも花火を見るふりをして、意識は会長に向けた。

「会長が泣いちゃうくらい感動的な卒業式にしますから。だから……そっちこそ覚悟しておいてください」

「ああ、楽しみにしておく」

会長の笑い声が夜風とともに流れて妙に心地よい。あとは無言で花火を眺めた。そろそろ後夜祭も終わる。

〈おわり〉
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