甘くない話

9 【球技大会】


生徒会が華やかなものだとはもはや言えなくなっている。
人気投票で選ばれただけのイケメン集団という間違った認識もやめた。

彼らは容姿だけの人間ではない。同性から認められるほどの能力を持った選ばれるべき人間だ。

しかしおれは違う。選ばれるべき人間じゃない。
学校のすみでひっそりと生き延びてきた人間。
地味に何かを主張するでもない。主張するタイミングをじっと待ち構えているわけでもない。
朝から放課後まで何が起きることも期待しない人間だ。

そんなおれが生徒会に入るなんて、はじめから間違っていたのだ。正しく直す必要がある。
だから球技大会が終わったら、生徒会をやめようと思う。
そうしたらあの生徒会のメンバーだって少しは淋しがるかもしれない。特に会長は意外とやわだから。

でも、決意は揺らがない。揺らぎたくない。何としても生徒会はやめる。
これはもう決めたことだ。


球技大会の執行部をまとめるのは結局、生徒会の仕事になっている。
何が悲しくて放課後や休日のほとんどを仕事に費やすのか。
愚痴すらこぼさない生徒会のメンバーを見てそんな疑問は忘れた。

おれ以上に会計は(予算の計上やらで)パソコンに向かっていたし、副会長は大会の段取りや調整のため会議をまとめた。
会長にいたっては書類に目を通すだけでなく、各メンバーに的確な指示を出していた。

夏休みが終わってからの生徒会室はまさに戦場。残暑の影響もあるらしく、熱気がただよっていた。

おれもようやく熱気のなかで「球技大会開催のお知らせ」やら、「球技大会のチーム表」やら、プリントを印刷機に回した。
たった二枚のプリントに放課後を費やしてしまった。

何枚も刷った「お知らせ」プリントをクラスごとに分け、ふせんも貼っていく。
地味な作業も生徒会のお仕事。これが終われば、全校生徒に配られる。
作ったプリントも、一日のうちに丸められたり、ごみ箱行きになっちゃうんだろう。
頼むからおれの目の前で丸めたり、破ったりしないでほしい。明日だけは頼む。
小さな願いはむなしくも横から来たおばかいちょーによって、「ここ、違ってる。やり直し」と丸められた。


球技大会当日はあいにくの青空だった。
昼には暑すぎて野球やサッカーの観戦は断念した。
女の子がいればもう少し涼しく過ごせるだろうが、周りはどこを見渡してもむさくるしい男どもしかいなかった。

とりあえず、日差しから遠ざかろうと体育館に移動する。体育館ではちょうどバスケの決勝戦が行われるところだった。
バスケと言えば、二年の我がチームは一年のチームに負けた。おれもいくつかポイントを決めたものの、勝利には結び付かなかった。

決勝はおれたちに勝った一年のチームと会長率いる三年のチーム。試合ははじまった。

やっぱり一年のチームはミスが少ない。的確にポイントを決め、着実に差を広げていく。あの会長でさえ、そのチームワークに押され気味だ。

ボールがラインをこえ、三年チームのボールになったとき、会長の目が観客席を探し、一点に止まった。
両肩から呼吸して、上気した赤らんだ頬。おれの両横から黄色い声が上がる。
会長は目を伏せてから、もう一度、おれを見つめ返した。

何だよ。会長らしくない。まさか弱気になっているのか。
あんたは残念だけど、おれの横にいるようなファンたちに愛される人間だろう。

みんなあんたを応援している。
だから止まってるんじゃねえよ。走れ。

「会長、走れ!」

命令口調だとか、横のファンがにらんでいたとか、そんなものどうでもいい。ちっぽけなことだ。

「ぜったいに勝てよ!」

声だけじゃない。気持ちが届くように腹から声を張り上げた。

会長が「わかった」と言ってくれたのかは定かではない。歓声がうるさすぎるのだ。ただ微笑を浮かべ、うなずいたのが見えた。

ホイッスルとともに止まっていた試合が動きだす。

駆け出した会長を包みこむように、一層、歓声が大きくなる。声援はやさしく、ときには熱く選手をあおり立てた。

三年チームは流れをつかみ、ポイントを重ねていく。
会長がスリーポイントを決めるや、会場はお祭騒ぎ。
このまま追い付いて逆転だ。
会場はみんな勝てるものだと思っていた。もちろんおれもだ。声をからしながら勝つための応援を続けた。
じわじわと追い付くポイントに安心しはじめる。大丈夫、勝てる。
弧を描いたシュートは決められない。時間はあともう少し。
足りるか、足りないか。

ホイッスルが鳴り、ゴールに弾かれたボールが床にバウンドする。
選手がうなだれたとき、会場のすべてが負けたことに気付く。

反撃が遅すぎた。

負けた。会長が負けてしまった。

会長はただ一人、床に転げたチームメイトを起こしに回った。
三年最後の球技大会。悔しがりもせず、冷静に試合後の儀式をこなし、体育館から去っていく会長。目が離せない延長で、おれは彼の背中を追った。

体育館脇のコンクリート。閉会式のため、体育館に集まる人の波は時間とともに途切れていった。

会長はコンクリートに腰を落として閉会式をふけるつもりらしい。
生徒会長なのに?
予定によれば会長のあいさつは開会式だけだった。出なくても支障はなし。その辺りのことはぬかりない。
書記のおれも閉会式の必要性がないので、となりに座った。

「まただ」

小さい声が耳に届く。完全に人がいなくなってようやく聞こえるほどだ。
両手で顔を隠す会長は痛々しい。

「今日はぜったいに勝ちたかった」

悔しい気持ちはわかる。おれも一回戦敗退の敗者だから。

「その気持ち、わかります」

「お前にはわからねえよ」

「わかりますって。負けて悔しいのは何も会長だけではないでしょう? 勝つ人がいる一方で負ける人もいる……」

言い終わらないうちに、「やっぱりわかってねえな」と、さえぎられた。
顔を上げてもため息を吐く会長。何だかバカにされているようでムカつく。

「おれはお前に『ぜったいに勝てよ』って言われたんだ」

「あれは、別に」

「だから勝たなきゃいけなかった」

まるでおれの命令がすべてみたいな言い方をする。あきれた。あんたは人の言葉で左右される人間じゃない。

「おれは会長の何ですか?」

目を丸くした会長の顔が飛びこんでくる。口を開こうとする前に手を突きだした。

「答えはわかってます。たかがイモの書記ですよね。
そのおれが『ぜったいに勝てよ』って言ったからってこんなに落ちこまないでください。
会長のこんな姿見たら、言った本人(おれ)はもっと落ちこみます。それと」

勢いでぶちまけてしまおうと思った。生徒会をやめるということ。
だけど、次を話す前に会長は大きなため息を吐いた。

「やっぱりわかってねえな」

「何がわかってないんですか?」

「わかってるけど、わからないふりしてんのか。どっちにしろ、ムカつく。
おれにとってのお前は何なのかだったよな。ああ、答えてやるよ。
大事な仲間だ。それくらいしか今は言えない」

あの会長がおれを「仲間」と呼ぶなんて、天地が引っ繰り返るような感覚だ。
でも感覚だけでちゃんとコンクリートの上に座っている。
それが乱暴な言い方でも素直にうれしい。

「本当は球技大会が終わったら生徒会をやめるつもりでした」

「そんなこと、おれが許さない」

それでこそ、会長だ。
しおらしい表情はどこへやら、切目を鋭くさせて、にらんできた。

「はいはい」

「くそ、何でこんなムカつくやつが気になるんだよ」

「それはおれのセリフですよ」

何で会長のことが気にかかるのか。二つしかないはずの目は集団にいるあんたを即座に見つけられるのか。
たとえオーラが出ているにしても、声まで聞き分けられるのだ。
よく考えなくても変だろう、ふつう。

「お前、今なんて」

おれの言うことにいちいち目を丸くするのは笑える。

「何にも言ってないですよ」

きっと会長は納得しない。「嘘つくな」とか「もう一回言え」とかしつこく聞いてくるだろう。
こちらがげんなりするくらいに。
体育館内では球技大会の閉会が宣言される。外では、考えを改めたおれが、生徒会に居座る決心を会長に宣言した。

〈おわり〉
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