眩しい笑顔
7 【日中が尊い】
最近の俺はおかしい。日中の笑顔を直視できない。視界に入れたとたんに、身体中が熱くなって、胸の奥が騒ぎだす。これは、病気に近い。
俺はそんな発作が出るのが恐くて、日中の笑顔をまともに見られなくなってしまった。
「どうしたの?」なんて、日中にも心配された。どうしたのか、俺の方が聞きたいくらいだ。
何で、日中の笑顔を見られなくなったんだろう。こんなに胸の奥がうるさいんだろう。「何でもない」としか言えないんだろう。
わからない。わからないけど、変になったきっかけは何となくわかる。
――1週間前のことだ。百合本が日中に告白した。その事実に俺は打ちのめされた。
知らない女の子だったら全然平気なのに、あの百合本というだけで、混乱した。
そして、日中の好きな人の出現まであって、もう目の前が真っ暗になった。
しかし、百合本はそんな俺を見かねて、「考えろ」と言ったんだ。日中の好きな人を考える前に、自分の気持ちをはっきりしろと。
確かに、親友として日中を見ているのか、自信がなかった。親友にしてはやたら気にしすぎている感じもするし、変な焦りもある。
だから、真剣に考えることにした。俺は日中をどう思っているのか。
日中はただただ、すごい。不器用でミスばかりの俺をフォローしてくれる。面倒をかけているはずなのに、嫌な顔ひとつしない。
「小花」と呼ぶ、その声を聞くだけでホッとする。俺よりも大きめな手に触れると、嬉しくなる。
最後に日中の笑顔を瞼の裏に浮かべたら、胸が苦しくなった。吐く息が熱い。目元も熱くなってきて、「日中……」と呟くだけで、胸の奥がぎゅっと潰れるみたいに痛くなった。
笑顔に殺される。
それからだ。一時だけで終わると思っていたのに、毎朝、日中を見るたびに発作がやってくる。
「ねえ、小花、大丈夫?」
「何でもない!」
下手くそな誤魔化しをしても、日中はそれ以上、踏みこんでこなかった。何でもないという俺の言葉を信用してくれているのか、「そっか」と返すだけでやめてくれる。
――何でもなくないのに。
部屋を出ていく背中に「本当は違うんだよ!」と言いたい。言いたいけど、違う理由と、このわけのわからない感情を伝えることはできない。
だから、心のなかで「ごめん」と言って諦めた。
今日も並んでふたりして歩く。
朝の通学路はいつもの光景、隣の日中も普通だ。
たわいない話をしつつ、眩しい笑顔を振りまいている。その笑顔に心臓が貫かされそうな人間が隣にいるとも知らないで。
申し訳ないけど、言葉が頭に入ってこない。日中は相づちの少ない俺に気づいたのだろう。
「話聞いてた?」
「あ、ごめん、聞いてなかった」
見ないように意識を別のところに置いていたから、すっかり聞いてなかった。そんな俺にも日中は苦笑するくらいで、責めたりしなかった。本当にいいやつだ。
とりあえず、顔は見ないようにうつむきながら、耳だけ意識を向ける。
「だから、今日の夕飯は僕が作りにいくから」
「えっ?」
「小花のとこのおじさんとおばさん、いないんだよね? うちの母さんから聞いた」
俺も母さんから聞いたような気がする。夫婦でデートするとか言っていたかもしれない。まったく忘れていたけど。
「それで、日中が来てくれんの?」
「うん、後は小花次第かな」
答えなんてひとつしかない。
「いいに決まってるよ!」
ひとりじゃ心細いし、日中の手料理も気になる。俺の好きなカレーを作ってくれないかなと、下心もあったりする。
「そっか、良かった」
にこっと日中が笑う。炎天下でもないのに、とろけそうな甘い笑顔だ。ちょっと前のやりとりみたいなことをして、油断していた。
ぐっと変な声が出てきそうで、慌てて胸を押さえた。すっごい息苦しい。発作が出た。
日中の笑顔を少しでも見るとこうなってしまう。これ以上、見るのは良くない。
「日中、俺、先に行く」
「えっ?」
俺はできるだけうつむいて、視界に入れないように進む。立ち止まっていた日中を素通りしていく。
「小花?」
日中にすれば、意味のわからない行動だろう。でも、俺は自分を守らなければならない。この破壊的な笑顔から自分自身を。
「ごめん、用事思い出したから」
用事なんてなかったけど、一緒にいるのが嫌だった。日中の隣が嫌なんて、はじめてだった。