窓際は失恋の場所

12【むしゃくしゃした気持ち】


 わざと歩く速度を遅らせてふたりの後を追う。

 さっき感じた苦しさは、いくらか緩和された。気の迷いというか、一瞬のことだったのだろう。

 お化け屋敷やゴーカートでのふたりを眺めていても、嫌な気分にはならなかった。

 むしろ永露に対しては、末久の前でもわかりやすく笑顔を浮かべてみろよと思った。ちゃんと笑ってやれば、楽しんでいることも伝わる。末久も悪い気はしないだろうに。

 今日だけでふたりの距離が縮んできた。会話も続いているし。おれ無しでもふたりきりで、うまくやれるはずだ。

 メシを食べて、ゲームコーナーで適当に遊ん後で、「これからどうするか」と末久が聞いてきた。ジェットコースターやゴーカートといった末久の乗りたかったものは制覇したらしい。

 おれとすればラッキーだった。「おれ、帰るわ」と切り出すならここだ。しかし、永露の方が早かった。

「あ、あのさ、最後に観覧車、乗ろうよ」

 クレーンゲームでとれたぬいぐるみの首をホールドしていたおれは、永露の提案に驚いてますます力を入れた。

「観覧車か」

 末久がうーんとうなる。

「俺、高いところが好きなんだ」

 本当かよ。疑いたくなるけど、永露は必死に食らいつく。

「じゃ、乗るか。この遊園地だって、永露へのお礼をこめてだしな」

 末久はお似合いの太陽の下でニカっと歯を見せて笑う。このおおらかな性格が永露の心を射止めたんだろう。今のおれにとっては迷惑な優しさだけど。

「おれはパス。高いところ苦手だし。ほら、ふたりだけで行ってこいよ。ぬいぐるみといるし」

 がんばれば大丈夫かもしれないけど、無理してがんばる気にはならなかった。おれの応えに永露だけが「え?」と、目を見開く。やっと、おれが存在していることに気づいたみたいな顔をしている。完全にわすれていたくせに。

「そうするか。じゃ、行こう」

 末久はすんなりと受け入れて、永露をうながす。当の永露は戸惑っているのか、ちらちらおれを見てきた。

 さっきまでおれ抜きでちゃんと話せていたくせに、いざふたりきりになったら「助けて」みたいな顔をしてくる。いらないだろ、おれなんて。

 いい加減、おれに頼らずに末久と向き合ったらいい。できたら、そのまま告白もしてしまえ。

 なんて、乱暴に考えながら、おれは永露の視線を無視してベンチに腰かける。

 今から行列に並びだしたら、ジェットコースターよりも長い時間を待たされるだろう。それでも、観覧車のなかに押しこめられるよりはマシだ。ふたりの会話の橋渡しなんてごめんだ。

 それなのに、ふたりが観覧車のなかに消えていくと、急にむしゃくしゃした。落ち着かずに、観覧車がゆっくりと回っていくのを見た。にらみつけても全然、進まなくてイラつく。

 「くそ」と、腕のなかのぬいぐるみをぎゅっと潰す。これは末久がとったやつだ。なぜか、おれが受け取ることになり、永露は落胆していた。

 後でこっそり永露に渡すつもりだった。ぬいぐるみを受け取った永露はきっと、部屋に飾るに違いない。ぬいぐるみを見るたびに今日の日を思い浮かべるのだ。

 その思い出のなかにおれはいない。永露のなかに、おれはいない。

 また、嫌な気持ちになってくる。帰りたい。家のベッドの上で昼寝して、せっかくの夏休みを無駄にしたい。

 ベンチから立ち上がると、自分の座っていた場所にぬいぐるみを置いた。スマホを取り出して、文字を入力する。

『ちょっと、気分が悪くなってきたから、先に帰る。ぬいぐるみはおれの代わりにベンチにいるから』

 気を回したわけじゃなく、単純にここにいたくなかった。

 何でおれは永露のことばかり考えているんだろう。向こうは末久のことしか考えていないだろうに、不公平だ。それでもやめられなかった。永露の顔が頭から離れてくれない。

 その後のふたりがどうなったのか、聞くことはできなかった。というか、おれはグループのメッセージを見ないようにした。通知も切ってしまえば、まったくおれには届かない。それでいいと思った。

 夏休みは足早に過ぎていき、2学期がやってきた。

 1ヶ月ぶりの末久はますます日焼けをしていた。少しだけ伸びた短髪の下で満面に笑う。教室で目を合わしてすぐに、「よう、見原」と人の肩に腕を回してくる辺り、何にも変わっていない。

「おい、暑苦しい」

 腕を外そうとするけど、末久は押さえつけるように力をこめた。

「そんなこと言うなよ」

 人にくっついてきて、いつにも増してニヤニヤ顔なのは、なぜなのか。

「何かあったのか?」

「あ、わかっちゃう?」

 白々しい。聞かれたかっただろうに、嬉しそうににやけてくる。

「やたら、にやついているけど、いいことがあったのか?」

 もし、永露が関係したとしたら?

「ああ、聞いて驚くなよ」

「じゃあ、聞かない」

「いや、待てよ。聞いてくれよ。お前には驚いてほしい」

 手を擦り合わせてでもお願いしてくるから、おれも仕方ないなと許してしまった。

「わかった、言えよ。驚いてやるから」

 大して驚けなかったら、抗議してやる。そんな気持ちで末久の言葉を待った。

「あのな、俺、彼女ができた」
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